5.2.情報を整理したい
口の中が塩っ辛い。
何度か唾をため込んでぺっぺ、と吐きだしたあと、これまた塩辛くなった服で口元を拭う。
なんとも気持ちの悪い感触が続いたが、ここが海であるということに気付いて首を傾げた。
「んん? あれ? 僕は……たーしーかぁー……」
うんうんと記憶の引き出しを片っ端から開けていき、納得のいく答えを探し出す。
しかしどうしてこういう状況になっているのかさっぱり分からず、もう一度深く首を傾げるしかなかった。
ただ、覚えていることはいくつかある。
自分は昔、人間の手によって封印された事。
そういえば零漸の子供はどうしているだろうか。
そこまで思い出して、事の重大さを理解した。
「なーーーーんで封印解けちゃってんのおおおおおお!?」
自分が封印されることで、平和が取り戻されたはずだ。
それだというのに、こうやって外に出てきているのは非常にマズいのではないだろうか。
だが自分ではどう頑張っても封印を解く力はない。
内部からではなく、外部から封印を解いてもらわなければならないはずだ。
となれば、何処かにその首謀者がいるはずである。
ババババッと周囲を見渡し、封印を解いた人物を探し出す。
しかし近くには何もいない。
見えるのは広大に広がっている海と、遠くに見える大陸だけだ。
はて、と首を傾げたところで、上から物音がした。
なんだろう、と見上げてみる。
その視界の中に入った人物を見て、瞬時に事の顛末を理解する。
先ほどまで年相応の表情、仕草の一切合切を消し飛ばし、スッ……と深い憎しみを込めたような、冷たく冷徹な目線を向けた。
「……ああ、そういうことね」
急に真剣な表情になった子供を見て、襲い掛かろうとしていた天使の背中にうすら寒いものが走った。
急停止しようと白い翼で風を付け止めたが、その時には子供が目の前に迫っていた。
手にグッと力を入れ、爪で引っ掻くような構えを取る。
たかが子供の攻撃、と油断してはいけない。
すぐに退散しようと翼を動かしたが、やはり……彼の攻撃速度は異常だった。
片手に炎が宿り、それが鳥の爪のようになる。
鋭い炎の切っ先がこちらを睨みつけ、迫った。
「『紅蓮爪』」
ボジュアッ!!
腕を振るった軌道が炎で作られ、肉を抉ると同時に肉を焼き、炎上させる。
服から服に、肉から肉に炎が移り続け、あっという間に火だるまになった。
肩から横腹に掛けて引っ掻かれた痛みを感じる前に、炎が全身に回って灼熱の苦しみを感じる。
火だるまになった天使はそのまま海へと落ちてしまったが、水中の中に入っても尚、炎は燃え続けているようで赤い光が未だに見えていた。
「……天使か。そういえば、始末してなかったっけ」
子供とは思えない鋭く冷たい視線が、残っている三体の天使へと向けられた。
背筋にぞわりとした悪寒が走る。
やるべきことは既に決まっていたはずだが、体がまったく動かない。
だが、一人の天使が叫び、指示を出す。
「報告しに行けホルス!!」
「りょっりょりょりょ了解!!」
ホルスと呼ばれた天使は機動力に優れているようで、その場からすぐに消えてしまった。
それを見て顔をしかめたが、どうせすぐにばれてしまうことだからと思い直し、残りの二体をどう始末するかを思案する。
だが、そんなに難しい事ではないように思える。
先ほどの天使は弱かった。
技能を使う間もなく落ちていったが、もしかすると技能を使えない個体だったのかもしれない。
であれば、勝負にすらならないだろう。
「あの子をこの目で再び見られる時が来るとは思わなかったけど、それはあとでいい。平穏を脅かす天使を始末することが、僕の最後の仕事だろう」
天使は、敵である。
彼らが動いたから、“何か”は復活し、この世界を滅ぼしかけた。
応錬の『応龍の決定』の代償により自分たちが完全悪となってしまったが、応錬が眠っていた六年間、悪魔と共に情報を収集し続けていたのは他でもない自分だ。
一体どこに隠れていたのか分からないが、出てきたのであれば叩くに限る。
宥漸とカルナの姿を思い出し、手に炎の槍を生み出す。
あの二人が平和に暮らせない未来が天使のせいで引き起こされるのであれば、自分の存在を大っぴらにしてでも殲滅する。
「覚悟しろ天使共……。これより先、あの二人には指一本触れさせはしない!!」
ぼう、と槍を振るった瞬間、子供は天使二人の目の前に現れた。
「「!!?」」
「『炎操』」
炎の槍が形を崩し、それが一気に天使へと降りかかった。
成す統べなく飲み込まれ、火だるまになって海へと落ちていく。
翼はあるが、機動力はないようだし、そこまで強くもないらしい。
あっけなく終わった戦闘に呆然とした。
あまりにも弱すぎる。
「……調べないとな」
やることは山積みだ。
すぐに炎の翼を大きく広げ、風を拾って飛んでいく。
生け捕りにして情報を得てもよかったかもしれないが、一体に逃げられた以上同じ場所に滞在しているのはいい判断とは言えない。
それにこの近くには陸地がないので、拘束し続けるのは所持している技能だけでは難しかった。
「だけど、目覚めたばかりだっていうのに、やることがすぐに出てくるとはね。僕もまだ鈍ってないかな?」
そんなことを口にしながら、まずは魔族領へと飛んでいくことにした。
あそこになら、幾つか有益な情報が眠っているはずである。
鳳凰・鳳炎は宥漸たちと完全にすれ違う形で、大空を飛んで行ってしまったのだった。




