5.1.封殺封印・解
大陸と大陸の間にある海、テラオーム海峡。
北から南へと南下する様に続いている海峡であり、ここら一帯の海は暖かい。
ここに封印されている鳳凰のせいで、環境が大きく変わったと言われている。
鳳凰は海の中に封印されており、そんな場所の近くに住むのは嫌だと、昔棲んでいた先住民は既にこの場から退去していた。
海に近い村は既に失われており、更に四百年以上経っているので住んでいたであろう営みの跡もほとんど失われている。
それほど、鳳凰は恐れられていた。
すべてを燃やす力を有し、燃え移ったら最後、全てが燃え尽きるまで炎は消えないという。
彼が持っていた技能『絶炎』。
絶対に燃やす炎というのは、水の中でも燃え続ける驚異的なものだった。
それが体に纏わりついているのだから、危険なことこの上ない。
実際、鳳凰が封印されている場所は……赤かった。
丸い結界の中にその存在が眠っているのだが、中は見えない。
永遠に燃え続けている炎が結界を埋め尽くしている。
常に海を温め、昼夜問わずそこだけは明るく不気味に光っていた。
意外と早く見つけることができたと、それを初めて目にする天使は安堵する。
合計四人の天使が空を飛んでおり、封印を解くための道具を手に持っていた。
「一番厄介なのを、最初に倒しとかないとね」
そういい、小柄で幼さの残る天使が銀色の鍵を魔法袋から取り出した。
これこそが封印を解くための道具であり、鳳凰の一番厄介な能力を消し去ることができるとされている魔道具だ。
確かに、あの四人の中では応龍が一番強いだろう。
しかし、生命力に関しては鳳凰が頭一つ抜けている。
死んでも灰になって生き返り、魔力すらも回復させてしまうのだ。
応龍は倒せばそれで終わりだが、鳳凰はそうではない。
何度死んでも、どれだけ致命的な攻撃を与えても、拘束具で拘束しようと、持ち前の不死の力と『絶炎』という炎ですべて無効化されてしまう。
そんな相手といつまでも争っているつもりは毛頭ない。
それに鳳凰は灰がなければ復活はできないそうだ。
過去の人間には、この場所に鳳凰を封印したことを感謝しておかなければならないだろう。
もし『封殺封印』の能力が鳳凰に効かなかったとしても、この辺りは潮の流れが速いので灰は海流に乗って散らばってしまうはずだ。
これで、鳳凰は始末することができる。
こんな事に時間を使いたくはなかったが、敵陣営が『封殺封印』の能力を無効化する術を持ちだしてきたのだから、これはしておかなければならない重要な仕事だ。
銀の鍵が、鳳凰を封印している『封殺封印』の上に落とされる。
それは見事突き刺さり、カチリと鍵を開けるようにしてゆっくりと回った。
決壊が消し去り、余った空間に大量の海水が流れ込んでいく。
次の瞬間、ドンッ!! という音を立てて海が爆発した。
あまりの威力に空を飛んでいた四体の天使もよろめいたが、何とか体勢を立て直して爆発の起こった場所を警戒する。
この手で、鳳凰の封印を解いてしまったのだ。
相手は不死だというし、警戒していて損はない。
二度、三度爆発が起きてようやく静かになり、海面に立った白波も収まっていく。
海の中に赤味は存在しておらず、無事に鳳凰を殺すことができたということが、それで分かった。
しばらく警戒していても何も起きなかったので、天使の内の一人が大きなため息を吐く。
「は、はぁ~~……! よかったぁ~……!」
「なんだ、びびってたのか?」
「怖いよそりゃあ!! あんなくそデカいのと戦うかもしれなかったんだよ!?」
「ああー……」
今は空を飛んでいるので分かりづらいが、よく考えてみれば鳳凰は確かにとんでもなく大きかった。
まるで一つの小さな島だったようにも思える。
あれと戦うのは、やはり想像したくない。
だがなんにせよ、これで鳳凰を殺すことには成功した。
しかし、銀の鍵という魔道具をここで使ってしまったのは痛い。
あの魔道具はリスクなしで『封殺封印』を解くことができる鍵なのだ。
銀の鍵を再構築するのには、少しの間時間がかかる。
今も懸命に研究班が制作に取り掛かっているだろうが、必要なものが多すぎるため、しばらくは使用できなさそうだ。
なので、これからの方針としては……。
「よし、復活した応龍を何とかしに行こう」
「できるんですか!? 無理だと思うんですけど!」
「時間稼ぎだけはしないといけない」
これが、今天使側で話されている作戦の内の一つだ。
銀の鍵を作る間、何とかして復活した応龍の足止めを行わなければならない。
それに、霊亀の息子と技能持ちの子供の捜索も同時に進行する。
やらなければならないことは少ないが、その難易度はどれも高く危険だ。
できる限り死なない様に、立ち回らなければならないが……。
それは、少し難しそうだった。
「ばぁっはぁ!! なーんっだこれ!! なんっだこれー!!」
「「「「!!?」」」」
急に、海面から子供の声が聞こえた。
短い手足でばちゃばちゃと水を搔いている。
あまり泳ぎは得意でないらしく、何かをしようと大きく息を吸った。
その間、天使の内二人は胸をなでおろす。
いきなり声が聞こえてきたので何事かと思ったが、見てみればただの子供。
緊張して這っていた糸が急に緩み、思考が散漫になっていた。
だが残りの二人は、その異様な光景に目を瞠っていた。
子供が海から出てくるはずがないのだから、当然だ。
では、あれは……一体何なのか。
子供は大きく息を吸った後、力んで拳を海面に叩きつけた。
その瞬間、ゴウッ! と炎が周囲に広がり、その衝撃で子供が宙に飛び上がる。
そして……炎の翼を広げた。
「なっ……?」
「まじか」
見たことはない。
だが、その技能は“知っている”。
「なんで死んでねぇんだよ」
一人の天使が、心底憎たらしそうな表情を持って、唾を吐いた。




