4.34.内容
事も無げにそういった応錬さんは、首を傾げながらウチカゲお爺ちゃんを見る。
驚いた様子でその羊皮紙を今一度改めるが、やはり読めなかった様で首を横に振った。
「私は、読めませぬ」
「ああ、そりゃそうか。俺たちは特別だしな。んじゃ読むぞー」
応錬が羊皮紙をまっすぐに広げた。
ここに書かれていることは技能を掛けて隠すほど重要なものだ。
それを読むことができるというのは、まだ分かっていないことを理解する手掛かりになる。
だからこそ、ウチカゲお爺ちゃんはこれを大切に持っていたのだろう。
だけどどうして読むことができるんだろう?
技能を解除したとか、そういうわけではなさそうだった。
現にウチカゲお爺ちゃんは読むことが今もできないみたいだし、多分僕たちが見ても分からない。
なので首を傾げながら、本人に聞いてみる。
「なんで読めるんですか?」
「ん? ああ、俺たちはこの世界の文字を基本的に読むことができなくてな。その代わり、何故か理解することができる」
「……え? どういうことですか?」
「んー、そうだな」
すると、応錬が水を使って文字を宙に書き始めた。
書かれた文字は『応錬』。
だが僕とアマリアズは、その文字を読むことはできなかった。
「な、なんて書いてあるんですか?」
「これが俺の名前だ。こう書いて“おうれん”と読む。それでだ。俺が言いたいのは、自分が明らかに初めて見る文字だとしても、それをなぜか読むことができるという力を持っている」
「な、なるほど?」
知らない文字を読むことができる能力。
便利なことこの上ないが、非常に地味なもののように感じる。
しかし今はとても頼りになった。
こんなところで役に立つとは思わなかった、と応錬本人も笑いながら口にしている。
だが……そこの羊皮紙には未だに技能が掛けられており、文字という文字には見えないはずだ。
だというのに読めるというのは、なんだか変な話だった。
僕はすぐにその疑問を口にする。
「でも技能が掛けられて普通は読めないんですよね……? なのになんで?」
「さぁ、なんでだろうな。まぁ“文字を読めなくしている”のであれば、そこにあるのは“文字”だから、どんな姿をしていても俺なら読めるってことじゃないか?」
「分かりません」
「俺も説明はできません……。さぁ読むぞ!」
気を取り直して、書かれていることをそのまま口に出す。
「えーっとなになに……? 四天教会?」
「「「四天教会?」」」
その場にいる全員、その名前に聞き覚えがなかったらしい。
だがウチカゲお爺ちゃんは、そこで小さく嘆息した。
「教会か……」
名前に聞き覚えはないが、何かを知っていたらしい。
それは応錬も同じであり、なるほどな、という表情をしながら読み進める。
「極秘調査依頼。この時代に来ているはずの霊亀の息子……を、捜索……せよ?」
「えっ」
そこで一気に視線が僕に集まった。
一番驚いているのは僕なのだが、その前に天使がなぜそのことを知っているのか、という疑問が三人にはあった様だ。
僕は、応錬さんによって四百年後に飛ばされた。
それはお母さんの話からしても確実だろう。
だがこれは公にされている話ではないはずだ。
応錬は眉を顰め、また唸る。
ウチカゲお爺ちゃんは腕を組み、何かを思い出すようにして人差し指を額に置いた。
「ウチカゲ、何か心当たりは?」
「ありませぬ。何故天使がそのことを知っているのかも、皆目見当が尽きませぬな……」
「いや、目的は分かるぞ」
「何か書いてあるのですか?」
「ああ。『もしくは技能持ちを回収せよ。それらを擬似技能開発に使用する』って書いてあるわ」
「擬似技能……」
そこでアマリアズが苦い顔をした。
技能の神様ということもあって、何か嫌な予感がしているのかもしれない。
だが、技能持ちを使って擬似技能を開発するというのは、どういうことなのだろうか?
なにかの研究に使われるということは明白であり、恐らく人体実験のようなことをされるのだろう。
捕まれば、研究材料にされるということだ。
碌なことにはならないだろうと予想はしていたが、まさかそんなことのために僕たちが狙われていたのには驚いた。
だが天使の目的はこれでようやくはっきりした。
失われた技能を取り戻すために、技能を所持している者を集めている。
僕たちが狙われていた理由も、これでようやくわかった。
「応錬様、続きを」
「ああ。『この文書には技能が掛けられており、他の者には読むことができない。探知技能もかけているので、何かあっても燃やさないように。指定された魔力以外の者がこの文書を解読した時、その者を抹消するため殺戮天使が召喚される』……?」
「「えっ??」」
「……応錬様、今なんと?」
「やべぇやっちまったかもしれねぇ」
突然、羊皮紙が急に重くなり、応錬の手から滑り落ちた。
地面にぶつかるとズンッという音を立てて少し沈む。
それが羊皮紙の今の重量を表しているようだった。
「やっちまったぜ」
にこりと笑って親指を立てていた応錬の姿は、羊皮紙から放たれる強力な光で見えなくなった。




