4.23.出発
時間が経つのはなんだかとても遅かった。
魔族領に来て特に何もすることのないまま、悪魔たちとの交流が続くだけ。
今は危ない状況にあるということをつい忘れてしまいそうになったが、ふと前鬼の里のことを思い出しては危機感を呼び起こさせた。
この五日間ここで過ごしてきて分かったのだが……。
悪魔、結構……温厚。
僕が霊亀の息子ってことで特別扱いしている悪魔も結構いるようではあったけど、それを抜きにしても悪い人たちはあまり見かけない。
まぁガラの悪そうなのは何人かいたけど……。
それ以外は本当に普通で、鬼や人間とあんまり変わらないような気がした。
ダチアさんはちょっと怖そうに見えるけど、ただ仕事のし過ぎで眠そうなだけだし、アトラックさんは見た目に反してとても優しいお爺ちゃん。
中級悪魔や下級悪魔にも優しく接しているけれど、彼らからすると恐怖の対象であるのには変わらないらしい。
多分上下関係を気にしているだけだと思うけど。
だけど……。
ここでの生活で一番苦労したことがある。
それは食事だった。
「不味い……」
「あ、やっぱり?」
「分かってて食べさせたんですか……? アブスさん……」
「いやぁ~悪魔の食事って、他の種族の口に一切合わないらしいんだよね。本当だったんだ、って思って」
「僕たちで試さないでくださいよ……」
提供してもらってる立場で何だが、思わず口に出してしまう程に不味い。
魔力で育てた作物は悪魔にとって高級品であり、更にどこでも育てられるというメリットがあるが、日持ちはしない。
なので今も魔族領の至る所で魔力を注ぎながら作物が育てられている。
種さえ持っていれば、どこで行っても食料不足に陥ることはないという優れモノではあるのだが、悪魔以外の口に合わないのが問題点に何度か上がった。
何処かと協力して戦争をしていない今、それはあまり関係のない話だが。
育て方がどうであれ、僕たちには食べられない。
アマリアズも苦虫を噛み潰したような顔をしているし、相当不味いのだろう。
今出されている食事でまともに美味しいと感じるのは、お肉だけだ。
これが五日も続いているのだから、さすがに堪える……。
ああ、前鬼の里のお米が恋しいなぁ……。
こう考えると、二の丸御殿で出された食事ってすごく美味しかったんだ。
知らなかった。
とりあえず唯一食べることができる肉だけ頬張って、果実を絞った飲み物で流す。
そして立ち上がり、外を見た。
新月。
空の色はいつもより暗く、風が強い。
良い傾向だ、とダチアは満足そうに準備をしにどこかへと行ってしまったが……。
そういえば、どこから出発するんだろう。
僕たちアブスさんに連れてこられたから、この城の間取りあんまり分かってないんだよね。
悪魔にとって玄関は意味のないものだとはわかっているけど、出口が分からないというのは致命的な気がする。
とはいえ来た時と同じ様に外出するのであれば、知っていなくても特に問題ないのかもしれないけど。
「んよーっし! それじゃあ行きますかぁ~!」
アブスが立ち上がり、大きく伸びをした。
アマリアズは、すっ……と静かに食器を避け、何事もなかったかのように立ち上がる。
技能を展開して、周囲にいる悪魔の数を数えていった。
「わぁ、結構多いんだね」
「そうだよー。総出で頑張るからね。じゃあとりあえず外に出ようか」
そう言って、下半身を白い肉塊へと変化させて僕とアマリアズを掴む。
箱のような形になって、そこに僕たちは入っている。
形が整う前にアブスは外へと繰り出したようで、気付けば既に空高くにいた。
顔を覗かせてみると、アマリアズの言った通りずいぶん多くの悪魔たちが各々の武器を手に持って森の方へと飛んで行っている。
そんな光景を眺めていると、アブスが声を掛けてきた。
「それじゃあ二人とも、行くけど大丈夫?」
「私は問題ないよ」
「僕もいいけど、現場に着いたら降ろして欲しいな。探せないから」
「なるほどなるほど。じゃあ僕たちは地上部隊として動いてみようか」
地面に足を付けておかないと、僕の『大地の加護』は発動しないからね。
できれば歩いながらその魔物を探したいな。
その提案を飲み込んだアブスは、すぐに翼を広げて移動する。
以前魔力石を持つ魔物を倒した付近が良いだろうと、頭の中で考えて目的地を決定して、飛んでいったのだった。




