4.20.Side-ウチカゲ-スレイズとの対談
ケンラからガロット王国の兵士が向かってきているという報告が上がってから数時間後。
ガロット王国の国王であるスレイズが訪問してきた。
だがやはり、訪問するだけという割にはその戦力は過剰すぎる。
ざっと見ただけでも七千はいるのではないだろうか。
だが鬼にこの戦力だけで立ち向かうのが無謀だということは、スレイズ本人が一番よく分かっている事だろう。
友好な立場にある彼は、この里にたまに遊びに来るのだ。
そこで鬼の力などをその目で見ている。
接近戦では人間は勝利できない、と彼が零していたことをウチカゲは覚えていた。
今回の訪問は、決して穏やかなものではないだろう。
それは覚悟していたし、現にスレイズを取り囲む護衛の数が異常だ。
こちらは何も武装していないというのに、向こうは全身を銀の鎧で身を包み、さらに三百人ほどの精鋭部隊を引き連れているらしい。
前鬼城大手門に集まっている彼らは警戒心を一層強くしており、スレイズを守り通そうと常に武器を手に握っている。
天使から一体どういう話を聞いたのだろうか。
明らかにこちらを敵視しており、鬼が完全悪であるという説明をしたということがありありと伝わってきた。
だが、その中でもスレイズは冷静だった。
殺気だつ兵士たちを命令して下がらせる。
しかし下がらなかった兵士も何名かいた為、強く叱責して他の兵士に強制的に引っ張らせて下がらせた。
ようやくウチカゲと対面したスレイズは、やはり防具を身に付けている。
不本意であるということが表情から読み取れるが、懸念を抱いている事もまた確かだった。
「久しぶりだな」
「ここまでの大所帯でやってくるとは。どういった風の吹き回しだ?」
「当の本人が一番分かっていると思うが」
そういいながら、スレイズは少し申し訳なさそうな顔をして、目線だけ動かして兵士の方を見る。
国王という立場上、ここは強く出ておかなければならないのだろう。
威厳を示すためにも必要なことだし、彼らは今現在前鬼の里に敵対意識を持っている。
ここで砕けた話し方をする訳にはいかないようだ。
すぐに察したウチカゲは、二度頷いて好きに話せばいいと意思表示をした。
スレイズもその表情と動きで何を言っているか察したらしく、少しだけ表情をほころばせた。
そして表情を真剣なものに変え、仕事モードに切り替える。
「邪神の子供を匿っていたという話がガロット王国で広まりつつある。一夜にして結成された団体がその話を城に持ち込んできてな。その団体の代表がアトアの親御さんだ。今すぐに彼を返せという要求が一つ。それとその邪神の子供を何処に匿っているのかを調査しに来た。友好関係を結んでいる以上、妙なことはしたくない。大人しくこちらの指示に従ってくれるのであれば、穏便に事を済ませよう」
「返せというのは心外だな。それではまるでこちらが誘拐したように聞こえるではないか」
「親御さんは、そう言っている」
「難儀なことになっているようだな、お主の国も」
「まったくだ」
なんとなく話が分かってきた。
天使は邪神の子供を匿っていることを伝えただけだっただろうが、国民には不安が募り、国王へ要求するために一つの団体を立ち上げたのだろう。
だが些か早すぎる。
恐らくこれも天使が何か誘導していたからに違いないが、その中で代表となったのがアマリアズの両親だという。
前鬼の里に我が子が連れ去られている事を今も根に持っていたのかもしれない。
実際はガロット王国を守るために保護しただけに過ぎないのだが……。
まさかここであの両親が立ち上がってくるとは、スレイズも思っていなかったらしい。
苦笑いを浮かべて乾いた笑いを零す。
夜中に何故か多くの国民が一致団結して抗議の声を上げてきたらしく、翌朝には調査をする為に前鬼の里に来ることになったようで、今に至る。
「なんにせよ、この国を調べさせてもらいたい。何もないのであれば、協力はしてくれるはずだが」
「無論だ。だがアマリアズに関しては難しいかもしれん」
「何故だ?」
「今は修行の最中でな。一人の鬼の下で山籠もりをしている。二週間に一度帰ってくるはずなので、それまで待ってほしい」
「無事ではあるんだな?」
「保証しよう」
これが嘘かどうかはスレイズには判別できなかった。
だが、彼自身がこの前鬼の里にアマリアズを送り込むことを了承した本人なのだから、逆に戻ってきてもらうのは困る。
なんなら、技能を使う者たちに狙われやすくなることは明白。
天使が現れたことをまだスレイズは知らないが、少しでも時間を稼いでおかなければアマリアズが危険に晒される。
そう考え、とりあえずその話に合わせておくことにした。
アマリアズはここに置いておく方が、双方にとって重要なことなのだ。
だが何も知らない国民は、それに異を唱えるのは、当たり前かつごく自然の反応だった。
「では、調査をさせてもらう。あとは任せるぞ」
「承知いたしました!」
スレイズは近くにいた兵士に声をかけ、数名を下がらせる。
これから数日間の調査が入るだろうが、あの二人は今ここにいない。
鬼たちも守ってくれるはずなので、心配は要らないだろう。
だが、スレイズとはもう少し腹を割って話す必要がある。
彼もそのつもりだったようで、兵士をすべて下がらせるように指示を出した。
「!? な、なりませんスレイズ様!! このような里に……」
「このような、だと?」
「っ……」
怒気を含ませた言葉をその兵士に浴びせ、更に鋭く睨みつける。
その視線に耐えかねたのは、謝罪してその場を後にした。
他の兵士も心配そうにしながらすごすごと下がっていく。
ようやく肩の力が抜ける、とスレイズは大きなため息をついた。
「すまないウチカゲ……このようなことになってしまって……」
「覚悟はしていた。それに、話さねばならぬこともある」
「ああ、私もだ。部屋を借りたい」
「すでに用意している」
向こうで何が起きたのか気になる。
早急に事態を飲み込むため、二人は足早に密会の場へと急いだのだった。




