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【完結】霊亀の息子は硬度最高  作者: 真打
第四章 魔族領へ
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4.19.Side-ウチカゲ-鬼たちの総意


 宥漸とアマリアズが前鬼の里を去り、復興が行われている最中のことだ。

 あれからは何事もなく一夜が過ぎたのではあるが、やはり被害は大きかった。

 怪我人は思ったよりも多く、鬼である彼らは物理耐性がそれなりにある筈なのではあるが……どうしたことか重傷者が後を絶たない。

 あの場所で戦っていたタタレバも、あの二人の手当てが遅れていたらどうなったか分からない程の怪我だった。


 そして地面に空いた小さな穴。

 土塊がその辺に散乱していることから、何か妙な引っ掛かりがあったのだが、それをウチカゲはようやく理解した。


 天使が現れたという場所へ赴き、復興や片付けをしている鬼たちを遠巻きに見ながら、地面に落ちていた土塊を拾い上げる。

 少しほぐせば手の隙間からぼろぼろと落ちていってしまうのだが、微かに魔力が込められた形跡が残っていた。

 鬼の力でギュッと握りしめると、凝縮されて固形が生み出されたが、摘まめるほどの大きさでしかない。


 次に家屋に空いた穴を見る。

 散弾銃が打ち込まれたかのように小さな穴が無数に空いていたり、耐えられずに大きな穴が開いてしまっているところも多々散見できる。

 そしてその家屋の中に足を踏み入れて居間へと上ると、持ち込んだ覚えのない感触が足の裏に伝わった。

 足を滑らせてみると、細かい砂が畳の上に残っている様だ。


 屈んで手で触れてみると、砂を撫でるような感触が伝わってくる。

 その手を見てみれば、確かに細かい砂が肉眼でも見ることができた。


「……ふむ」


 明らかな魔法使用後の痕跡。

 不自然な土、家屋に空いた穴。

 そして居間に残り続けている、砂。

 最後に天使というタタレバが残した言葉。


 天使がまだ生きているということは、ここで使われた魔法が技能であることが非常に高い。

 もう少しタタレバから敵の情報を聞きたかったのだが、何故生きているのか分からない程重症だと医者に言わしめるほどの重体だったらしく、もう喋らせないように、と釘を刺されてしまった。

 彼女が吹き飛ばされて家屋もいくつか倒壊しているし、それほどの攻撃を喰らったのだから確かに生きているのが不思議なほどだ。

 まだ息がある内にあの二人が手当てをしてくれたことに感謝するしかない。


 しかし、そのような医術を教えたことはあっただろうか?

 だがあのアマリアズがいるのだ。

 いつの間にか役に立つ技術を覚えていたとしても、なんら不思議なことではない。


 ウチカゲは思考を戻すように、家屋を出て再び地面に目を落とした。

 小さく唸った後、怪訝な表情を露わにして目を閉じる。


(なぜ今になって仕掛けてきたのか……。それも、このような回りくどい手で)


 思い返すほど、不可解なことが浮上してくる。

 天使が宥漸とアマリアズのことを察知したのは、恐らく五年前の刺客を送ってきた時だ。

 彼が持っていた読めない資料。

 あれには技能と思われる魔法がかけられており、魔道具ではないということが判明している。

 天使の存在が露わになった以上、技能を扱えるのは奴らしかいないためあの人間が天使の刺客であることは間違いないだろう。


 そう考えると、天使はテキルが作った魔道具の生産に成功していることになる。

 あの刺客は彼が作った防具を装着していた。

 何処で流出したのかも考えなければならないが……数百年以上前のことになるかもしれないので、それを調べるのは意味がないように思われた。

 調べるとしても何が流出したか、程度で十分だろう。


 これはこれで問題なのではあるが、一番よく分かっていないのが刺客を送ってから五年後に天使本人がやってきたということ。

 宥漸がたまたま悪魔の姿をしている天使を拾ってきたのではあるが、あれは果たして本当にたまたまだったのだろうか?

 そしてキュリィはなぜ急に正体をさらけ出したのか。

 敵意があるようには思えなかったし、何か邪な考えがあれば気付くはずだ。

 長年生きていると、そういうのが分かったりする。


 しかしその気は一切なかった。

 妙な技能に侵されていたとはいえ、感覚が鈍っていたわけではない。

 アマリアズと同じように注意は払っていたし、警戒もしていた。


 だが、キュリィからは、本当に何も感じ取れなかったのだ。

 まるで、記憶に封をされて気配を断っているかのように。


「ふむ……」

「ウチカゲ様」


 思考にふけっていると、ふと声を掛けられた。

 そちらを見てみれば、共にここへと視察に来ていた家臣のケンラが合口拵えの日本刀を携えて会釈していた。

 相変わらず狐のような細い目をしており、服装もなんとなく狐を思わせる色合いをしている。

 だがいつもの優しげな雰囲気は纏っておらず、常にどこかを警戒しているようだった。


「予想していた事ではありますが、ガロット王国の兵士がこちらへ向かってきております。中にはスレイズ様のお姿もあるようです」

「あいつがいるのであれば、少しは穏便な話ができそうだな」

「……ですが、動きが速すぎませんか? 昨日の今日ですよ?」

「確かにな」


 前鬼の里が襲われたのは、数時間前だ。

 まだ一日も経っていないというのに、朝っぱらから兵士を上げるとはご苦労なことである。

 だが、それだけ天使の情報伝達能力が凄まじく、更にガロット王国の早急な兵士の動かし方に感心をせざるを得ない。


 ウチカゲは眉間に皺を寄せたまま、ガロット王国のある方角を見る。

 天使というのは、今のところ何の情報もなく未知数だ。

 タタレバの話からするに、宥漸が邪神とされている霊亀の息子であることは、既に彼らに伝わっていると思った方がいい。


 この一件は、それだけ急を要する案件だと彼らに伝わってしまったのだろう。

 厄介なことこの上ない、と舌を打つ。

 ケンラも難しい表情のまま、日本刀に手を置いた。


「ウチカゲ様が宥漸君を大層可愛がる理由は分かりました。我ら鬼一同、初代、二代目白蛇様にはこの国を繁栄させていただいた御恩があります。伯母上様からも二代目様のお話は聞いておりました」

「ランは鬼の本質に気付いたが、案外早くに逝ってしまったからな。今頃、宥漸の顔を見られず悔しがっているだろう」

「はははは、確かにそうかもしれませんね」

「それで?」


 ウチカゲはケンラを見る。

 彼が険しい表情というのはやはり似合わないが、それだけ事を重く受け止めている証拠であった。

 話を区切ってしまったので、その続きを催促する。


 ケンラの表情はそのまま変わらず、真剣な表情のまま口を動かす。


「……二代目様のお話は、他の鬼も知っております。伯母上様はよく子供たちに紙芝居なるものを作ってお話を作っていましたしね。自分は、彼らが邪神だとは思いません。故に、宥漸君のことも、守り通す所存です」

「……」

「つまり、何かあれば、自分たちは武器を持って戦う覚悟があるということです。他の鬼たちを代表して、そう伝えてくれと皆に言われました」

「そうか」


 これが鬼たちの総意である。

 であるならば、自分もそれなりに立ち回らなければならないと思いながら、短い言葉で締めくくる。


「ガロットの王を、向かえる準備をしておけ」

「はっ」

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