両天秤
両天秤、どちらになっても自分は損のないように、両方に関係をつけておくこと。
ナイトクラブに到着した鈴木達は藤井の姿を探す。外に藤井の姿はなく、表に立っていた黒服に聞くと、すでに中に入っているということだった。
「アイツは……鈴木さんが来るのに待ってられなかったのか」
平田は怒り気味だが、鈴木的にはどちらでもよかった。藤井という人物に鈴木はかかわって来なかったので、どういう人物か考えてしまうぐらいだ。
「とにかく入りましょう」
平田に促され店に入ると、藤井が三人ほどの女性に囲まれて楽しそうに笑っていた。
「藤井君。どうして待っていなかったんだ」
そんな藤井に平田が、怒鳴るように話しかけた。
「あっ、課長。それに鈴木部長。先に着きましたので、勝手に始めさせていただいてますよ」
陽気な様子で、藤井が鈴木と平田を手招きする。平田の怒りなど全く気にしていないようにひらひらと手を振られる。
「君は上司を敬うということを知らないのか」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。平田課長、どうせ会社のお金で飲むんですから堅いこと言いっこなしですよ」
藤井の物言いに、平田も怒りを爆発させるどころか唖然としていた。
「藤井君。待たなくてもいいが、そういう言い方はダメだよ」
「これは鈴木部長直々の指導、ありがとうございます。肝に銘じておきます」
鈴木が注意をすると、藤井はあっさりと自身の非を認め頭を下げた。平田とのあまりの態度の違いに、鈴木も唖然としてしまう。
「まぁ、平ちゃん。座ろうか」
立ってやりとりをしているので、どうにも目立って仕方ない。鈴木は平田を宥めながら席に着く。
「鈴木さんも大変ね」
テーブルについてくれていたホステスは、バラと、ユリ、そして新人の女の子だった。
「そうでもないよ。こうして平ちゃんたちと飲むのも久しぶりになってしまったな」
「そうね。うちに来てくれるのも大分お久しぶり」
「そうだったかな。今の仕事が忙しくてね」
「意地悪な人」
バラと会話している間も、平田が藤井に何か言っている。藤井は聞き流しているようで取り合ってすらいない。
その藤井も新人のユリちゃんにメロメロなようで、「今晩空いてる?」など軽口を聞いていた。
「本当に大変そう」
「そう思うかい?」
「ええ。あの藤井さんって人、結構な遊び人よね?」
「私も平ちゃんの話しか聞いていないから、ハッキリは言えない。女性関係で大分揉めているようだね」
「やっぱり。そんな雰囲気でているわ」
バラ曰く。藤井は見た目でモテるタイプではないが、ノリがよく面白い。話していても女性への気遣いも感じられるし、平田のような真面目な人間とは違いユーモアも含んでいるという。
「女性はやっぱり色々なことを見ているね」
「私達は特別。色々なお客様を見ているから……それで今日はどういう組み合わせなんですか?」
藤井はこの店が初めてなのだ。さらに、平田は課長に就任してからきているらしいが、鈴木は部長になってからは初めての来店となる。
「ああ。今日は藤井君の女性問題についてね」
「女性問題?三角関係とか?」
「凄いね。当たりだ。どうも藤井君が……」
酒を飲みながらバラに平田から聞いた藤井のあらましを説明する。こういう店の女性は外部に情報を漏らすことはない。
取りわせ、ここに長く務めているバラぐらいになれば、話したとしても守秘義務の重要性をわかっているはずだ。安心して話すことができる。
「なるほどね。でも、それって本当かしら?」
「本当って?」
「う~ん。多分藤井さんが両方の子に手を出したのは、本当だと思うんだけど。山本さんに結婚を前提にとか、溝口さんが言う様に身を引くとか、どちらの話も本当だとは思えないわ」
「そういうものかい?」
「ええ。女性は生まれつき嘘つきなのよ」
バラの意味深な言葉と笑顔にドキリとする。
「あ~鈴木部長!!!バラさんを一人占めしてる。ここは皆で共有するものですよ」
大分酔いが回ってきたのか、ユリに袖にされた藤井が鈴木に絡んでくる。
「飲み過ぎだぞ。藤井君」
「鈴木部長はいいですよね。あんなにも美人の彼女さんがいて。俺なんて……言い寄ってくる女は大抵ブスばっかり。ちょっといいなって思って手を出しても、結局しつこく付きまとってくるだけで上手くいかないし」
藤井の愚痴を聞きながら、鈴木は今なら藤井の本音が聞けるかもしれないと思った。
「藤井君は山本さんと付き合っているんだろ?」
「はっ?何言ってるんですか、部長。確かに付き合ってましたけど、昨年別れましたよ」
「えっ?別れた?じゃあ、今は溝口さんと付き合っているのか?」
「うん?溝口?ああ、秀美ちゃんですか?彼女とは付き合っていませんよ。彼女とは一度酒の勢いで寝ただけです」
藤井の物言いに鈴木は意味がわからなくなる。
「ほらね」
そんな鈴木の耳元で、バラが勝ち誇ったような声を出す。
「じゃあ。君は、付き合っている人はいないのか?」
「ええ。絶賛募集中ですよ」
藤井の言葉を聞いて、平田を見れば酔いつぶれて寝ていた。
「平田課長は、酒が弱いので。鈴木部長に付き合ってもらいますよ」
藤井の女性問題は本人の知らないところで展開していたようだ。本人はモテないことを嘆き、愚痴を溢すだけ溢して酔いつぶれた。
「大変ね。鈴木さん」
バラのそんな言葉を聞きながら、二人をタクシーに乗せて送り届けた。
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