シャドー
シャドー、 影を意味する英単語 、「もうひとつの」「裏の」などという意味を持つ。
テレビの中では相変わらず、五人のヒーローと宇宙怪人が戦っている。
鈴木はふと疑問に思うことがあった。
いつも宇宙怪人の周りには黒い全身タイツのシャドーと呼ばれる集団がいる。
戦えばヒーロー達にやられる雑魚キャラなのだが、いつもシャドーが現れる。
宇宙怪人と決闘という方式を取っているが、ヒーロー達も五人いるので、それ自体は問題ないと思うのだが、彼らは毎回どこからきて、どこに帰って行くのか。
「今日は豚の宇宙怪人か。オークに似ているな」
暴れている宇宙人はピンクの肌にでっぷりとした腹を揺らしながら、下衆な笑みを浮かべている。
たまにシャドーに近づいて体を触っているようだが、あれは何をしてるんだろうな。
「課長、的場部長が話しがあるから開発部にきてほしいとのことです」
鈴木が休憩所でテレビを見ていると、溝口 秀美が鈴木を呼びに来た。
「ありがとう。すぐに向かうよ」
「はい。お願いします」
溝口はあまり話をしない無口な子だ。
用件を伝えると早々に去って行った。
ちなみに望は一時外出していて、昼過ぎに戻ると連絡があった。
「的場さん、なんの用だろうか?」
鈴木は握りしめていた紙コップをゴミ箱に入れて、休憩所を後にした。
その頃には宇宙怪人は巨大化していた。
「失礼します」
鈴木は開発部がある階へと移動して、的場が個人的に使っている部屋の扉を叩く。
「はい。どなたでしょうか?」
中から女性の声で返事が返ってくる。
一瞬間違えたかと思うが、部長以上に成れば専属秘書がつくことを思い出して、秘書の声だと納得する。
「第三営業課課長 鈴木 太郎です。的場部長に呼ばれてやってまいりました」
「はい。伺っております」
扉が開かれ、綺麗な女性が立っていた。
グレーのタイトスーツに身を包んだ女性は、仕事が出来そうな雰囲気と女性らしい柔らかな笑みで鈴木を出迎えた。
「どうぞ。的場は奥に居りますので、中にお入りください」
鈴木は通されるがままに、奥の扉を開く。
そこには机に向かってパソコンを打ち込んでいる的場がいた。
「おう。鈴木君きたな」
「元さん、どうしたんですか?」
的場 元は相変わらず、土木関係の職人風の雰囲気をしている。見た目とは違いロボット工学に置いて右に出る者はいないと言われるほどの天才なのだ。
現在は中小企業の開発部部長をしているが、本来は親会社である黄島重工業で働いていてもおかしくない人材なのだ。
「おう。早速だな。いやな、耄さんが引退したことで幹部席が空席になったからな。俺はお前を推薦しようと思う」
「幹部席?」
「うん?鈴木君はうちの中小企業の仕組みを知らないのか?」
仕組みと言われて考えるが、思い当たることがなかった。
「うちはちょっと特殊な階級制度なんだよ。本来の会社はな。会長がいて次に社長、副社長、常務、専務、取締役と続く。その下が部長だな。だが、うちは少し違う。幹部を常に十人設置して幹部会をする。会長、社長、副社長、常務、専務、各部門の部長4人、そして特別枠だ」
「特別枠?」
「ああ。本来は耄さんのために作られた制度なんだけどな。あの人は上に昇進できたのに、都合によって降格した。だから相談役として特別枠を作ったんだ」
的場の話を聞いた鈴木は気乗りしなかった。
正直、鈴木は出世とは程遠いところで仕事をしてきた。
しかし、営業に転属され課長に就任した。
そこでの仕事に慣れるのにもちろん大変な思いをしている。
それ以外でもプライベートで彼女の実家への対応にも疲れている。
そんな状態で、更なる重圧がかかることをしたいとは思わない。
「いえ。僕には荷が重すぎですよ」
鈴木の言葉に的場は笑い出す。
「出たよ。鈴木君のそのセリフ。君はいつもそうだな。凄いことをやっていると言うのに、それを誇るわけでも自慢するわけでもない。鈴木君。それは君の美徳かもしれないが、今ここに至っては、やり過ぎだと言われても仕方がないぞ」
的場の真剣な顔に、鈴木は本当に嫌なのにと顔を顰める。
しかし、的場からすれば力を持っているのに発揮しないということは、本人にとっても会社にとっても損なことなのだ。
「何より、俺は君にその力があると思っている。そんな俺の言葉を疑うかい?」
的場の言葉に鈴木は反論できずにいた。
それを反論してしまえば、自分を否定するのではなく。
的場の人を見る目を否定したことになるということだ。
「まぁまずはやってみればいい。その後でダメだったらダメだと上が決めることだ」
的場は鈴木の煮え切らない態度に助け舟を出すが、鈴木は困った顔のままだった。
「この話は終わりだ。今度の幹部会に鈴木君を押しておくよ」
そういうと的場は鈴木に退出を促した。
鈴木は気乗りしないまま、幹部会に自分の命運がかかると思うと気が重くなっていた。
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