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ナイトクラブ

ナイトクラブ、ナイトに営業する何らかのクラブ(会員制)のことを指す用語で、時代や国や地域よってその指し示す内容にはかなりの違いがある。 


 金曜日を迎えた鈴木は平田に連れられて、クラブへと来ていた。

黒を基調としたモダン調の造りの店は、大人の社交場として様々な顔ぶれが見え隠れしている。

 あまり他社のお偉いさんを知らない鈴木でもテレビや財界の雑誌などで取り上げられている有名人ならば顔くらいはわかるというものだ。


「本当に場違いなところにきたな」

「そんなことないですよ。課長はこれから大手企業とも取引をしていくんですから、これぐらいの店を知ってなくちゃ。でも今日は僕の奢りなんで早々に切り上げましょう」


 平田の本音を聞きながら鈴木は苦笑いする。

平田の言い分も金額を見て目が飛び出しそうにある。

一杯3000円のビールが一番安いのだ。

 席に案内されるだけで席料が発生しているらしい。

すでに二人で席に着いただけで、一万を超えていると言うんだから目が飛び出そうだ。


「この辺はクラブに来たら当たり前ですよ」


 鈴木はこういう場所に慣れていないので戸惑うばかりだ。


「あら、平田さん。久しぶりじゃない」


 鈴木達が席に座ると、紅いドレスに身を包んだ。一重瞼の綺麗な女性が席に座ってきた。

若く見えるが落ち着いた雰囲気に一瞬年上かと誤認してしてしまう。

 平田はその女性と知り合いらしく女性の言葉に手を振って応えた。


「バラさん、久しぶりです。バラさんについてもらえるなんて今日はついてるな」

「ふふふ。お世辞が上手いのね。今日は新規様を連れて来てくれたのね。ありがとう」


 バラと呼ばれた女性は片目にかかる髪を掻き上げる。

長いウェーブがかかった髪を掻き上げれば女性特有のふんわりと柔らかな香りが鈴木の周りに漂う。

 クラブの雰囲気がここまで様になる女性も珍しいものだと鈴木が感心して見ていると、バラが名刺を差し出してくる。

 黒い紙に赤い字で薔薇と書かれた名刺は何ともクラブの女性らしい物だと思った。


「初めまして、バラです。今後もご贔屓ください」

「初めまして、鈴木です」


 鈴木も発注したての課長と書かれた名刺をバラに返した。


「鈴木 太郎さん?ふふふ。平凡だけど珍しい名前ね」

「そうですか?あいきたりな名前だと思うけど」

「ありきたりで皆が知ってる名前だけど、そんな名前の人にあったことないもの」


 バラにそう言われてみれば、確かに鈴木自身も鈴木 太郎という人物に自分以外あったことがない。


「今日は香苗カナエさんはいないんですか?」

「あら?平田さんは香苗さん目当てだったかしら?」

「いえ、気になったもので」


 平田のハッキリしない物言いにバラは何かを察したように笑みを作る。


「そう。香苗さんは最近決まったお客様がいるからなかなか難しいかもしれないわね」


 バラの視線についていくと、ウエーブのかかった金髪をしたスレンダー美人が座っている席だった。

鈴木もついバラの視線を追って、その席に視線を向けてしまう。

 そこにはクラブには珍しい若い男性が客として座っていた。


「最近成り上がってきたブルースクエアっていうIT会社の社長さんよ。香苗ちゃんを気にいられてね。毎日来ているの」


 バラは頬に手を当てて困ったみたいなことを言っているが、全く思っていないことは鈴木にもわかった。

 平田がどんな目的で香苗さんという女性について聞いたかは鈴木にはわからないが、平田の顔には落胆が見て取れた。

 どうやら、ここにきた理由の一端は香苗という女性にあったようだ。


「そうですか……」

「今日は私が相手をするから、ゆっくり楽しんで」


 バラに勧められて平田が煙草に火を点ける。

鈴木は煙草は吸わないので、丁寧に断りウイスキーの水割りを頼んだ。

 

「鈴木さんは平田さんの上司の方よね?」

「そんですよ。今年新しく課長になられたので、今日は昇進祝いと親睦会ってことで二人で飲みにきたんです」


 バラの質問に平田が応答しながら、鈴木は頷いていた。

 バラは不思議な雰囲気を持った女性だった。

年上のような落ち着いた雰囲気があるかと思えば、笑うと快活な姉御肌のような気持ちよさがあり、お酒を注ぐ姿には女性らしい柔らかさがある。

様々な魅力的な姿に鈴木も目を奪われることがしばしば訪れた。


「そんなに見つめられたら穴が開いてしまいますよ」

「鈴木さん、バラさんの美しさにやられましたか?」


 バラの言葉に平田が鈴木をからかう。

鈴木は普段から絶世の美女といるので、容姿でバラを見ることはないが、バラの一つ一つの所作が美しいとは思えた。


「そうだな。バラさんは姿が美しいね」

「姿?」


 鈴木の回答に二人は首を傾げる。


「ああ。一つ一つの動作が綺麗だ」

「あら?じゃ私自身は綺麗じゃないんですか?」

「いやいや、十分綺麗だよ」


 さらりと美人と口にできる鈴木も大分雰囲気に馴染んできていることだろう。


「まぁ鈴木さんの彼女さんが超絶美人ですからね」

「へぇ~超絶美人なんですか?」


 一瞬、バラの瞳に炎が宿ったような気がした。


「えっと……綺麗だと思うよ」


 鈴木は照れながらもハッキリと望の顔を思い浮かべて綺麗だと告げた。


「やら、妬けちゃうわね」


 そんな鈴木の態度に言葉で茶化しているが、バラの様子が少しおかしくなっていた。


「いやぁ~今日は久しぶりにこれてよかったなぁ~」


 平田が立ち上がり会計を済ませる。

本当に平田のおごりで良いものかと財布を出していると。


「本当に今日はおごりです」

「そうよ。今日は祝いなんでしょ。奢ってもらいなさいよ。それとこれ」


 バラは赤い名刺を突きだしてきた。


「これは?」

「またいらしてね」

「なるほど」


 鈴木は名刺を受取りながら営業されていることに気付いた。

但し一枚目に渡された名刺とは違い、裏面に携帯番号が書かれていた。


「壺井さんもバラさんに名刺もらって喜んでいたなぁ」

「壺井?」

「はい。尊敬していた先輩であり、僕に仕事と、この店を教えてくれた人です」


 鈴木は壺井のことを思い出していた。

自分が営業に異動になったキッカケであり、同期であり、問題を起こし、鈴木と交代で総務課に異動した者だ。


「平ちゃん?」

「ねぇ課長。壺井さんはバラさんに惚れていたんですよ。だから取らないでいてあげてくださいね」


 平田は笑っているが、その目は笑っていないような気がした。

いつも読んで頂きありがとうございます。


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