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episode03
二人の出発点
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それから二日後の早朝。私とレオニスは、北西にある国境付近を目指して出発する。
道中で必要になりそうな装備類は、宣言通り彼が全て準備してくれた。食器などの小物から、テントのような大物まで。重い荷物は率先して持ってくれるなど、まさに至れり尽くせりだ。
お客さんか。私。
枯れた遺跡と言っても、魔物が巣くっている可能性は捨てきれない。二人とも、戦闘に備えて武器を携帯した。レオニスが所持していたのは、広刃の長剣と円形の盾。一方で私は長槍と、予備の武器として小剣を携えた。
寝ぐせのついた髪を撫でつけ、ちょいとばかり渋い顔になる。
「どうした?」と彼が尋ねてきたので、拗ねた心を隠して「なんでもない」と答えた。
普段から、私は化粧をする習慣がない。身だしなみに、気を遣う方でもない。
だが、高そうな革鎧に身を包み、朝日をバックに爽やかに笑った彼の姿に、どうでもいいことで劣等感をため込んでしまう。
せめて、髪の毛くらいはブラッシングしておくんだった。
伏し目がちに、レオニスの顔を窺い見るが、彼の瞳はこちらに向かない。
勿論それで構わない。女の子らしいと見られたいわけでもないし、可愛いと思って欲しい訳でもない。そんな下心があるのなら、最初からもっと見た目に気を遣う。
でも。それでも……。全く異性としては見られていないのかと思うと、胸中はやや複雑だ。
幸いにも天候には恵まれた。夏らしい強い日差しが容赦なく降り注いでいる。
日焼けしちゃうかな──と一瞬だけ不安を感じたが、今朝彼が見せた態度を思い出して、その考えも引き取った。そこはかとなく、苛々を募らせながらの出発となった。
道中は、ただひたすら街道を進むのみだ。たまにすれ違うのは、行商人と思しき荷馬車と、バックパックを背負った旅人だ。
往来にはこれといった問題もない。陽が西に傾き始めた頃合いに、街道脇の開けた草地を選択して、初日の野営地と定めた。
森からは一定の距離を置く。獣からの襲撃に備えるためだ。
レオニスが、持って来た簡易テントの組み立てを始める。複数の柱を組立てたのち、手際よく幌を被せていくと、ややあってテントは完成した。
「意外と手際良いじゃん」と褒めると「これでも一応、冒険者を目指しているからね」と、照れくさそうに彼が笑った。
てっきり、騎士か傭兵になる目的で訓練所に入ったのだと思っていたが、違ったんだな。今更のように私は、彼のことを全く知らないことに気が付いた。
彼がテントを組んでいる間に、着火しやすそうな落ち葉や枯れ枝を集めて小山にした。
さて、火起こしだ、と思った段階で、どうやるのかとはたと困る。火をつける道具もなければ、やり方もわからない。
困惑している私の傍らに来て、レオニスが言った。「ちょっと貸してごらん」と。
懐から火打ち石を取り出すと、それを何度か打ち鳴らす。ほんの一挙動で、私が準備した落ち葉の山は、赤々とした炎を躍らせていた。
「わ~……、凄い」
感嘆の声が、思わず漏れる。
──冒険者、か……。
彼らにしてみれば、火起こしなんて、造作もない事なのだろう。そして彼も、冒険者を目指していると宣言していた。冒険者としての知識や技量も、既に一部備わっているようだ。将来設計を明確に描き、日々、邁進しているのだろう。
私とは全然違う。そんなことを認識すると、素直に「羨ましい」と感じた。
夕食は私の担当だ。これでも一応女の子。せめて、この位はやらねばと思う。焚き火の傍に腰を下ろし、ささやかな晩餐の準備を始めた。
包丁とまな板と食材と。ひと通り並べてしばらく悩む。
ジャガイモの皮って、どうやって剥くのかな……。
想像していた通りのとろみが出ない。水加減がおかしいのだろうか?
散々悩んで四苦八苦して。人参やジャガイモを四半刻ほど煮込んで、ようやく『それ』は完成した。
器からひとさじ口へ運び、「うん、悪くないね」と表情も変えずに彼が呟いた。
考えた末の言葉、という雰囲気が、口調にありありと現れる。
自分でも一口食べてみて、彼が「悪くない」としか言えなかった理由を悟った。食べられない、ということはなかったが、感想を一言でいえば不思議な味。とにもかくにも、私が作ったつもりのシチューなどでは決してなかった。
それでも──二人で黙々と食べた。誰かと過ごす久方ぶりの団欒は、存外に悪くないものだった。
これといって会話はなかった。時間だけが、ただ穏やかに流れていた。
夜半近くにもなると、眠そうに彼が目をこすり始める。「横になって休んでいいよ」と私は促した。「その代わり、後で野営を代わってね」と付け加えておく。
「申し訳ない」とだけ呟き、その場で彼は毛布に包まった。一刻ののち、静かに寝息が響き始める。
──寝付くまであっという間なのね。余程疲れていたのだろう。
火を絶やさないように、焚火を突いて空気を送り込む。炎の存在は目立ってしまうが、獣の襲撃を防ぐためには、むしろ必要なものなのだ。
ぼんやりと、焚き火の炎と、立ち昇る細い煙とを交互に眺めていた。
数刻が経過して、レオニスと夜営を交代する。テントの中に潜り込んで、薄い毛布に包まったのだが、目はすっかり冴えてしまいまったく寝付けそうにない。気持ちが昂っているのだろうか。
同じ場所で、異性と一夜を過ごしている。
ただそれだけのことを自分ひとりが過剰に意識しているんだ、とそう認識すると、なんだか無性に腹が立ってくる。
もうちょっと、デリカシーってものを覚えなさいよね。自分だけ、気持ちよさそうに眠っちゃってさあ。
結局。寝付いたと思っても眠りは浅く、ちょっとした物音で何度も目を覚ました。徹夜明けのような心地悪さで朝を迎える。
ああ、気分は最悪だ。
「顔色がいまいち良くないようだが、大丈夫か?」とスッキリした顔で尋ねてくる彼にまた苛々してしまう。
「なんでもないよ。大丈夫だから!」
吐き捨てるようにそう言うと、私は足音も荒く歩き始める。
──人の気も知らないで……。
最低でもあと一回は夜営が必要なんだという事実を思い出すと、憂鬱な感情が頭を支配した。
* * *
二日目の行程も、特に問題は起こらなかった。
国家間では、今なお緊張した関係が続いているとはいえ、進んでいるのは主要な街道なのである。そうそう厄介ごとが起きても困るのだが。
野営地は、昨晩とよく似た草地を選んだ。違うとしたら、近くに丘陵があることか。
野営の準備担当は、概ね昨日と同じとした。二度目の挑戦となるシチューは、昨晩のものより見た目としては良い出来だ。
焚火を挟んで腰を下ろすと、食事の入った器を彼に差し出した。
「うん。昨日よりはおいしいね」
「もうちょっと、別の言い方ないの? じゃあ昨日はどうだったのよ?」
正直すぎる彼をいさめると、背中を丸めて「ごめん」と小声で謝った。
基本的に、嘘が付けない性格なのだろう。そこに思い至ると、声を出して笑ってしまう。そんな私の顔を不思議そうに覗き込んだのち、いったん視線を外してから彼が言った。
「うん、やっぱりそうだ。ユーリは、笑ったほうが可愛いよ」
不意打ちの発言に、瞬間頬が熱を帯びる。
「と、突然何を言うのよ!」
「う~ん」としばし腕組みをして考え込んだのち、「君が楽しそうに笑った顔を、僕は見た事がない」と、言葉を選ぶように彼が言った。
笑ったことがない、か。
……言われてみると、否定はできない。ここ最近は笑ったとしても、どこか引きつった顔になっていた気がする。大きな声で、心の底から笑ったのは久しぶりのことだし、日々、惰性のように生きてきた私は、「前回思いきり笑ったのはいつか?」と問われたところで、上手く答えを返せそうにない。
我ながら、随分渇ききった生活をしてきたものだ。
「……少し訊いてもいいかな?」
「別に、いいけど? なに?」
「以前、手を抜いて戦うことが『私なりのやり方』だと言っていたが、あれはどういう意味なんだ? そうする事に、メリットがあるとは到底思えないんだが」
向けられた真剣な眼差し。一方で私は答えに窮した。その問いかけに対する回答は、私の胸の内を支配している陰鬱な感情の正体だからだ。
自分の過去をさらけ出すことに抵抗を感じる。だが同時に、吐き出してしまえば楽になる気もした。どうしよう、と暫く悩んだ末に、たどたどしく私は語り始める。
「話は少し、遠回りになってしまうけれども」と前置きをした上で、本題に入った。「私には、家族が居ないのよ。唯一の肉親だった父も、私が十一歳の時に亡くなってしまった」
* * *
今の訓練所に入るまで、私はディルガライス帝国の首都、カーザスに住んでいた。傭兵訓練所からさらに北の方角に位置する、大きな街だ。
エルフだった母親は、私が幼い頃に失踪したと聞かされていた。だから母の顔は覚えていないし、どんな理由があっていなくなったのかも分からない。
物心ついたときには、肉親は父親だけだった。父はとある貴族の屋敷で、使用人として働いていた。私たちの生活は決して裕福ではなかったが、それでも私は、慎ましくも暖かく過ぎていく日々に、ささやかな幸せを感じていた。
それが一変してしまったのは、私が十一歳になった頃。
貴族の家の屋根を修理していた父は、足を滑らせて二階から地面に落下した。打ちどころが悪かった為、そのまま帰らぬ人となる。突然にして訪れた、唯一の肉親との死別だった。
前の日の晩、私は些細な理由で父と喧嘩していた。いや、今にして思えば、喧嘩と呼ぶほどのものでもなかった。一方的に、私が拗ねていただけの事。その日の朝。部屋に閉じこもっていた私は、出かけていく父に声を掛けなかった。昨日の夜、吐き捨てるように言った酷い罵声が、父と交わした最後の言葉になった。どんなに後悔しても取り戻せない過去があるんだと、この日、私は初めて知った。
父の死後、身寄りの無くなった私は、父の唯一の知り合いだった大商人の家に引き取られることになる。
それが──本当の不幸の始まりだった。
裕福なその家から見れば、突然やって来た招かれざる客は、疎ましい存在だったのだろう。
毎日続く陰湿な虐め。
屋敷に居ても聞こえてくるのは、私の陰口ばかり。主人の実子と待遇が違うのはしょうがないとしても、満足に食事すら与えて貰えない生活は、じわじわと、けれど確実に、私の心を蝕んでいった。
次第に屋敷に居ること自体が苦痛になると、目を盗んで屋敷を抜け出し、街でパンを盗んで食べては空腹を紛らわした。そうして家に戻るたび、盗みをしたことを手酷く咎められた。空腹、盗み、虐待、空腹、盗み、叱責……心が満たされることのない毎日が、負の連鎖のように繰り返されていく。
やがて帝国による侵略戦争が勃発すると、ただちに今の傭兵訓練所に放り込まれた。商人家にしてみると丁度良い厄介払いだったのだろう。
入学金は負担して貰えたし、食事について困ることもなくなった。しかし、卒業して傭兵になった暁には、儲けの全てを屋敷へ渡せと言付されていた。これまで掛かった生活費や入学金を、『返せ』という意味なんだと、私は受け取っていた。
商人家の言付を、守るつもりも破棄するつもりもなかった。分かり易くいえば、どっちでも良かった。
卒業して傭兵になり、どれだけお金を稼いだとしても、やりたいことも無ければ、護るべき家族もいないのだから。私が、なんとなく卒業を先延ばしにし、怠惰な生活を続けている理由が、天涯孤独なこの身にあった。
* * *
ひと息に吐き出すと、らしくもないため息が落ちた。
「辛気臭い話になっちゃって、ごめんね。同情を誘うつもりも無いから、自分の話は滅多にしないんだけど」
「なるほど」とレオニスは神妙な顔で俯いた。「他に頼れる親戚は居なかったのかい?」
「……どうだろ? 父は奴隷階級の出自らしいから、たとえ居たとしても、誰も名乗り出てはくれないかもね」
「そうか。すまない、辛いことを言わせてしまった」
罪滅ぼしのつもりだろうか。謝罪しながら、空になった器を差し出してくる。昨日はお代わりしなかったよね、と思いながら受け取ると、シチューをよそって彼に戻した。「別に、問題ないよ」と否定の言葉を添えて。
「でも、それと手を抜いて戦うことは別問題なんじゃないのか? 冒険者にでもなってさ、見返してやれば良いじゃないか。その商人家の奴らを」
確かにそれも正論だ。でも、と私は苦々しく笑う。
「あの訓練所は、傭兵隊への斡旋先を、出自によって操作しているからね……。私みたいな奴隷階級出身者なんかは、危険な戦場へ送られるのが関の山なのよ」
「そんな事はないだろう?」
「と、思うでしょ?」と私は首を横に振った。「ところが、あるのよ。私、実際に見てきたもん。絶望的な戦線に送られて、そのまま戻ってこなかった人を何人も」
私は知っていた。あの傭兵訓練所が、大嫌いだった商人家の息が掛かった施設であることを。彼に直接説明はしなかったが、これが陰鬱な気持ちになっている、真の理由とも言えた。
いっそのこと、死ねたら楽になるのにと考えて、模擬戦でわざと強い一撃を受けた事もあった。
でも……やっぱり凄く痛くて。凄く怖くて。結局死ねなかったんだ。私はワガママを言って拗ねてるだけの、子供に過ぎなかった。
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赤く澄んだ炎が踊る。ぱちぱちと枝が爆ぜる音が、驚くほど鮮やかに耳に届く。珍しく、饒舌になっている自分に気が付くと、気恥ずかしくなって顔を伏せた。焚き火の炎に照らされた私の顔は、想像以上に赤味を帯びてるんじゃなかろうか。
「……それはそうと、レオニスのことも教えなさいよ!」
反撃とばかりに、話の水を向けてみる。
「僕は……帝都カーザス出身の普通の男。ただ、それだけだよ」
「なにそれ……、自分ばっかり誤魔化してずるい!」と更なる追求を試みるが、彼は「勘弁してくれ」と両手を広げてみせた。
「この旅が終ったらさ。──もっとちゃんと聞かせてよね?」
旅が終った後の約束を取付けようとしていることに気づき、慌てて顔を背ける。表情の変化をこれ以上悟られるのは、いくらなんでも恥ずかしすぎる。
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作風が合わなかったら☆1。面白いな、と思って頂けましたら☆5等、段階的に入れる事が可能です。
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