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16 捕捉

 それから、“占い師リゼ”は一躍有名となった。

 力を使った後の疲労を考えれば、一日で五人を視るのが限界だ。

 ジュールの訓練に合わせてすっかり朝方になった私には苦ではないが、夜通し舞踏会だの晩餐会だのに現を抜かす貴族たちは、こぞって眠そうな顔をしている。だが、キャンセルすれば次はいつになるか分からないので、皆目をこすりながらも朝早くからこのお屋敷にやってくる。

 金払いの良い客ばかりのせいで、自立するには足りないが蓄えもできた。


 だけど、一つ、重大な問題があって……。


「懐中時計が見当たらなくてね」

「馬車の中に落ちていると思いますよ」

「大事にしていた宝石が見つからないの。誰かに盗まれたかどうか分かるかしら?」

「それなら、先日お召しになった赤いドレスの裾に引っかかっているはずです」

「お気に入りのパイプが見つからんのだが」

「結婚記念日を忘れられた腹いせに奥様が隠されたようですね。今日は贈り物でもされてみてはいかかですか」


 ん? もしかして、私、“失せ物探しのリゼ”になってる?


 訓練を終えて帰ってきたジュールに相談してみることにする。

 彼とは舞踏会以来、不思議な関係が続いている。深い話などは一切しない。仲良くなりもしない、したくない。だが、会話は以前よりもするようになった。

 私の話を聞き、ジュールは軽く頷いた。


「そうだろうな。俺の軍でもお前の噂で持ち切りだ。“失くしたものを見つけてくれる女神”ってな」

「やっぱり……」


 私は肩を落とした。女神と呼ばれることには元々不満があったが、そんな便利な女神扱いされるのも心外だった。簡単なものばかりで負担は少ないが、この先ずっと失せ物探しばかりだと思うと張り合いがない。

 そこで「あれ?」と首を傾げた。

 私は占いで生きがいを得たいのだろうか? 両親を殺されたのに? 復讐だけを支えに生きてきたのに? この前まで、死にたいと思っていたのに?

 人間とはどこまで強欲なのだろうか。いや、人間じゃなく、女でもなく、私という生き物が強欲なのかもしれない。




 一週間後、再びオフィーリアが尋ねてきた。今度はアビーディア子爵夫人抜きで。


「ようやくお会いでき光栄です。リゼ様は大変な人気のようで、なかなか予約が取れませんでした」

「それほどでもないわ。それよりも、お手紙をどうもありがとう」

「いえ……お忙しいのに度々お送りして、申し訳ございません」


 オフィーリアは美しい所作で頭を下げると淡い菫色のドレスが揺れた。

 彼女は先日ここに来て以来、何度か手紙を寄越していた。そのどれもがもう一度私に会って説明したいという内容だった。彼女の婚約者の素晴らしさを知って、アビーディア子爵夫人に彼との仲を取り成して欲しい、と。


「お返事にも書いたけど、私が何を言っても無駄だと思うわ。アビーディア子爵夫人はこうと決めたら自分の意見を変えないはずよ。違う?」

「ええ、その通りなのです。あれから何度考え直してほしいと言っても取り合ってくれなくて……」


 オフィーリアの母親は彼女を産んですぐに亡くなったそうだ。その後父親は後妻を迎えたがオフィーリアとはそりが合わず、実母の妹である子爵夫人があれこれとオフィーリアの世話をしてくれたようで、今でも頭が上がらないらしい。

 おそらく子爵夫人は由緒正しい相手を彼女にあてがいたいが、エリーシュの財産が魅力的に映り、悩んでいたのだろう。このご時世ではたとえ貴族といえども実情は火の車という家が多いのだ。


 「叔母は私が彼の容姿に惹かれているのだと考えていますが、それだけではありません」


 そして彼女はエリーシュとの出会いを語り始めた。


 二人が出会ったのは、今から三ヶ月ほど前のこと。とある慈善事業の場で彼の落としたハンカチを拾ったのがきっかけだった。最初は彼の美貌に引け目を感じてうまく話せないでいたが、お互いの慈善事業に対する意見が驚くほど似ており、すぐに意気投合したそうだ。お目付け役である付添人がすぐ傍にいることも忘れ、声を上げて笑ったのは久々だったという。


「あなたも叔母さまも誤解しているのです。もしかするとあなたの言う通り、彼は今までに人には言えないようなことをしてきたかもしれません。ですが、それもすでに過去のこと。これからは私が彼の支えとなり、正しい道を二人で歩んでいきたいと思っています」


 オフィーリアはしっかりとした眼差しでそう言った。彼女を恋に夢見る少女だと思っていた私は、心の中で反省する。同じくらいの年頃だというのに、彼女はすでに愛を知っている。私よりよっぽど大人だ。


「そこまで想い合っているのなら、私から言うことはもうないわ。子爵夫人にはもう一度ちゃんと説明するべきよ。今あなたが私に言ったように、ね」 

「そうですね。私も今あなたと話していて、そうすべきだと思いました。今日お会いすることができて良かったです。ようやく決心がつきました。何があっても彼についていきます」


 オフィーリアはまるで雨が止んで空に現れた虹を見つけたような晴れ晴れとした表情をしていた。

 私は特に何もしていなかったけれど「それは良かったわ」と頷いてみせる。人はもうすでに心を決めていても、あと一押しを誰かに押してもらいたい時があるのだ。

 私は彼女をとても美しいなと思った。恋には女性を美しくする効果があるらしい。娼館では恋する女なんて滅多にお目にかかれないので、初めて目の当たりにした私はひどく驚いていた。


「リゼ様には恋人はいらっしゃらないの?」

「ええ、残念ながら」

「まあ、そうですの。想い人などもいらっしゃらないのですか?」

「……いないわ」


 オフィーリアからの無邪気な問いに、私は口ごもった。一瞬――ジュールの顔が浮かんだからだ。すぐに打ち消したけれど、胸にモヤモヤしたものが残っていた。これ以上このお屋敷に滞在するのは、危険かもしれない。


 そんな私の胸の内には気付かず、オフィーリアは足取りも軽く帰っていった。

 

 私は全ての占いの客を帰し、応接間で一息ついていると、ジュールがやってきた。


「大変な人気だな」

「まあね」


 早くに帰宅したジュールは、からかう様子もなく感心したようにそう言った。そしてそのままこちらをじっと見ている。


「何? まだ私の力を疑っているの?」

「お前の力はあの夜会の時に嫌という程理解した。だが」

「だが?」

「いや……妙なことに巻き込まれなければいいがと思ってな」

「妙なことって?」


 ジュールの方こそ妙なことを言わないでよ。そう言おうとした時、家令のハリウスが「お客様です」と告げに来た。


「誰だ、こんな時間に」


 ジュールが尋ねるが早いか、アビーディア子爵夫人が応接間に飛び込んできた。取次ぎを待っていられなかったらしい。普段なら無作法に眉をひそめるところだが、彼女の尋常じゃない表情に気圧され、何も言えなかった。


「ああ、リゼ様、どうかわたくしを助けてくださいませ!」

「た、助ける?」

「どうしたんだ、アビーディア子爵夫人」

「今お茶を淹れますので、どうぞ落ち着かれて」


 アビーディア子爵夫人はハリウスの言葉を遮った。


「姪が、オフィーリアがいなくなってしまったの……!」


 そこで用意されたお茶を一気に呷るアビーディア子爵夫人。過分に熱いだろうに、そんなことにも構っていられないらしい。


「まさか、誘拐!?」


 裕福な貴族の子女を攫って身代金を得ようとする事件は、いくつもある。そのどれもが子供を対象としたものだったが、非力な女性がそんな目に遭っても不思議はない。


「いいえ、書き置きがあって……」


 アビーディア子爵夫人が差し出した手紙には“この家を出ていきます。私のことは死んだと思って諦めてください”とある。


「家出? 駆け落ち?」


 子爵夫人は首を振る。どちらとも取れる文章だ。彼女は大人しそうに見えて気性が激しいところもあるようだったから、結婚を反対されたせいで家出したのかもしれない。とすれば、彼女の行先は求婚者であるエリーシュのところで間違いないだろう。だが、駆け落ちならば二人で国外逃亡もありえる。その場合、二人の居場所を突き止めることは至難の業だ。

 どちらにしても、貴族のご令嬢にとっては醜聞である。このことが広まれば、子爵家の権威も失墜するほどに。


「お願いよ、リゼ様。オフィーリアを見つけて!」

「……」


 そんな無理難題を、とも、分かりましたきっと彼女を見つけてみせます、とも言えずに逡巡する。

 そこでようやくジュールが口を開いた。


「アビーディア子爵夫人」


 そこでようやく子爵夫人がジュールをはっとしたように見上げた。今の今までその存在が目に入っていなかったのだろうか。かれは死神と恐れられているほどの存在だというのに。きっとそれほどまでに彼女は私に会うことに必死だったのだ。


「そのようなこと、ここで言われても困ります。事は一刻を争います。警ら隊に連絡するので、今日のところはお引き取りを」

「……ええ、そうね。ごめんなさい、わたくしったら取り乱してしまって」


 アビーディア子爵夫人の背中に手を添える。


「このことは伏せておくように子爵にも伝えてください。こちらも内密に進めますので。いいですね?」

「分かったわ」


 ジュールは子爵夫人を馬車まで送っていった。そしてすぐに戻ると上着を手にして出かける準備をする。


「いいか、絶対に余計なことをするなよ。分かったな?」

「ええ、もちろんよ」


 私は微笑んでみせた。ジュールは不審そうな目を向けてきたが、事は一刻を争うと自ら馬に乗って駆けていった。


「さて、と。邪魔者もいなくなったし」


 私は自室に引きあげ、胸元からぶら下げていた紫の宝石を取り出した。

 視るだけ。視るだけなら大丈夫だ。

 私は深呼吸を繰り返し、そして宝石を握りしめた。

 まずはオフィーリアの過去を。

 真っ暗な瞼の裏に、オフィーリアの姿がぼんやりと映る。時刻は日が暮れた頃。不安そうな、だけど決意のこもった顔で馬車にこっそりと乗り込んでいる。なるほど、馬車の荷台に忍び込んでお屋敷を脱出したらしい。

 その後はいくつかの辻馬車を乗り継いだようだが、周囲の景色までははっきりしない。

 そして真っ暗な道で馬車を降りた彼女は掛け足であるお屋敷に入っていった。エリーシュは事業で成功を収めた新興富裕層らしい。大方貿易か何かだろう。

 立派なお屋敷なのに、門番が不在なのは変だが、訪問先の主人がそう指示しているのかもしれない。

 そしてドアの(ノッカー)を叩くと、中から人が現れた。金髪碧眼で浅黒い肌をした男性。

 やっぱり彼女はエリーシュの元へと向かったようだ。

 二人は微笑み合い、お屋敷の中に入っていく。しかし、そこで彼女の姿が視えなくなった。


 えっ、どうして視えないの?


 いくら力を込めても、視界は真っ暗なままだった。いばらく探った後、諦めた。

 オフィーリアがダメなら、エリーシュの方を……。

 ビリビリと痺れるほどの感覚を感じたあと、エリーシュの気配を捕えた。

 エリーシュは書斎にいた。革張りの椅子に座り、何かの書類を読んでいる。


 オフィーリアはどこ? おそらく、彼女が会いにきた直後だと思うんだけど……。

 首を傾げていると、エリーシュがふと顔を上げた。前に彼を観た時のように。

 まさか、本当に私の気配を感じているの? 実体のない、力だけを飛ばしている私を?


 だが“そのまさか”だったようだ。エリーシュは正確に私を見て、極上の笑みを浮かべた。


「待ってましたよ、私の女神」



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