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巻き戻り悪役令嬢の奔走~ルツーラと引きこもらなかった箱入令嬢~[引きこもり箱入令嬢の外箱]  作者: 北乃ゆうひ


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第39順

    

「時が来れば、私はゲイル様の知る私ではなくなってしまうかもしれない。それでもなお、ゲイル様は私を好いてくれるのですか?」


 私の問いに、ゲイル様は軽く目を伏せて逡巡したのち、ゆっくりと目を開け顔を上げ、私を真っ直ぐに見ました。


「少し考えましたが、ボク個人としては特に問題ないなとなりました」

「……問題ない、ですか?」

「ええ。自分でもビックリですが、ボクはボクが思う以上に貴女のコトが好きなようだ」

「え? え?」


 いや、あの、え、その……。

 あまりに真っ直ぐ過ぎて――どう反応して良いのやら……ええっと……。


「これまで――一緒にいる機会は多くはなかったです。ですが、貴女と一緒にいられた時間は多くの刺激に満ちていた。それもその刺激がとても楽しく心地よいと思うものばかりだった」


 ど、どうしましょう。

 なにか言わなければならないはずなのですけど、何も思いつかないのですけれど……!?


「ボクは自分だけでなく他人の感情に疎いところがあります。なので、今のボクが抱いている感情を正しく表現するのは難しいかもしれない。

 それでも、一番近い感情を――俗っぽい言葉で言い表すのであれば……」


 な、なんでそこで言葉を切るのですか……?!

 かえって気になってしまうと言いますか、いやそもそも、なんでこんなに顔が熱く……えっと、その……。


「きっと、この感情をベタ惚れしていると言い表すのでしょう」


 ……………!!

 ゲイル様の好意は、好意を、分かっているつもりではいましたけれども……!!


 ここまでストレートにぶつけられてしまいますと、それはそれで……。

 お、お断りをするつもりなのに、私は、どうして……。


 助けを求めるようにティノの方へと視線を向けると、彼女は大層ニヤニヤとしながら言いました。


「わー、すごい。人間ってそこまで顔が赤くなっちゃうものなのね~。

 あと、わたわたしてるルツーラがすごい可愛いわ。私が男だったらゲイル押しのけてもらっちゃいたくなったかも」

「ティ、ティノ……からかわないで……!」


 思わず両手で頬に触れてしまいます。

 そんなことをしたところで、確認できないというのに……あーいえ、できますね。これはとても熱い。間違いなく熱を持ってます。


 ただそれでも、私は――


 冷静になって断りの言葉を返そうとしていると、私たちを見ていたティノが何やら言い始めました。


「あ、そうだ。こんな時ですけど、ゲイル様。私のコト、ティノでいいですよ」

「え? ああ。はい。ではボクのコトもゲイルで構いません」


 いやほんと、こんな時に何言い出してるんですか、貴女……?!


「うん。ゲイル。それでさぁ、ふとゲイルの言う刺激について考察してみたいんだけど、聞いてくれない」

「それは是非」


 え? このタイミングで是非とか仰います……!?

 あれ? むしろこの場でおかしいのは、妙に内心でわたわたしている私だけだったりします??


「たぶんなんだけど、ゲイルの言う刺激って……自分自身の感情の動きのコトだと思うのよ」

「感情の動き?」

「そう。本を読んで感動した。急に殴られて腹が立った。可愛がってた猫が死んで悲しい。誰かと一緒にいて楽しい。そういう感情の動きを、ゲイル本人にしか理解できない刺激に感じてるんじゃないかなって」

「…………」

「さらに言うなら、ゲイルは他人の感情の動きすら刺激として読み取れてる可能性がある。なので、いわゆる『あなたが喜ぶと私も嬉しい』みたいなやつを、ゲイルは人より強く感じやすいんだと思うの。

 あなたが刺激と口にしていたタイミングを思い出してみると、そんな感じかなって」


 え? なんでゲイル様はそんな嬉しそうな顔を……!?

 私にプロポーズしている最中に、ティノへそのような顔を向けるのは少々失礼では――って、あれ? 断るつもりなのだから、別にいいはずなのに……私は……。


「だから警告するわ、ゲイル」

「え?」


 でも、明るいはずの話題に対してティノはとても険しい顔をして告げます。


「あなたは今でも自分以上に他人の感情が動く瞬間に刺激を感じやすいんだと思う。

 そして、あなたが一番刺激を感じるのは、他人の心が折れる瞬間や、絶望する瞬間といった負の一瞬の可能性が高い。

 恐らくその刺激に感動する前に、好意や恋愛感情の刺激を追求しだしたから、問題がおきてないだけの可能性はあるわ」

「だとしたら、それだけでもルツーラ嬢に感謝しなくてはなりませんね」


 いや、あの……そういう方向で感謝されるのは、なんだか変な感じになるのですけれど……。


 ――と、そこで


「あ」


 唐突に、幽閉邸にいたゲイルらしき人物とのやりとりを思い出しました。

 お話する機会というのは食事等の差入れを持ってきてくれた時ぐらいしかありませんでしたが……。


 私の反省する様子とか、心折れていく様子だとか、気遣うようで、余計に落ち込む言い回しを選んでいたのは、恐らく気のせいではないのでしょう。


「……幽閉邸の男性、やっぱりゲイル様だった気がします……」

「おや? 未来でボクとお会いしたコトが?」

「お会いしたというか、声を聞いていただけといいますか……でも、たぶんティノのいう負の刺激を求める形で、幽閉邸の管理をされていたのだと思いますわ」

「……不思議と、その位置にいる自分に納得してしまったので、この話は終わりにしましょう」


 どこか怒ったような顔をするゲイル様。

 そのことを不思議に思っていると、彼は苦笑を見せました。


「外の世界に刺激を求めなかった馬鹿な男が、君を傷つけていたという事実を許せないだけなので、お気になさらず」

「自分の可能性のコトなのに?」


 茶化すようにティノが訊ねると、ニッコリとしながら怒りを滲ませました。


「自分だからこそ許せないんです」

「そうなの?」

「ええ。恐らくは罪人相手なら問題ないと思って幽閉邸の仕事を引き受けたのでしょう。でも、恐らくはルツーラ嬢やその家族相手に刺激を求めているうちに、もっと強いモノが欲しい、もっと輝いている人の心を折ってみたい――などと考えるようになるに決まっています。

 そうなると、新婚で浮かれている夫婦や、商売が上手く行って人生絶頂状態の店長といった相手の心を折るために、無駄に頭脳労働するにきまってます」


 それって、私が処刑されたあとで、モカ様あたりの心を折りに行くつもりだったということでしょうか?


「最終的には、王家や姉を敵に回して処刑されるのがオチ。まったくもって愚かしい。精神の変質による魔法変化も発生している可能性がありますね」

「これが本当の自己嫌悪……なのかしら?」


 ティノは何とも言えない顔でそう漏らしていますが、ゲイル様の様子を見る限りは、そんな軽い感じではなさそうです。


「負の刺激とはいえ、ルツーラ嬢に目を付けたセンスは我ながら正しいとは思います」


 あら? 流れ変わりました?


「ですが反省によって精神が変わっていくルツーラ嬢の姿に刺激だけ求めて、刺激に対する理由まで求めないのは頂けません!

 一見すれば凜々しく強い女性に見えます。それに言動や立ち回りも強気です。しかし一方で、ふとした時に見せる寂しさや自分を奮い立たせるような顔。諦観しているようで、決して諦めているワケではない顔。

 本質的には脆く弱い精神を、自分自身を奮い立たせるコトで押し込め、それでいて立ち居振る舞いの在り方を実現してしまう実行力!

 弱さを隠すよう強気に振る舞う。でもその弱さの奥底には、本当の強さと美しさを持っているのです。その在り方にこそ刺激を感じるべきなのです!

 反省のまっただ中ゆえに弱気になっていたたとて、同じルツーラ嬢です。きっとそれはあったはず!

 ルツーラ嬢に目を付けておきながら、そこを見抜けず己の感じる刺激だけ求めれば道も間違えて当然! 別の世界の我がことながら本当に愚かしい!

 もっともそこで愚かしくもルツーラ嬢を柔らかな刃で傷つけるような立ち回りをしてくれたからこそ、今目の前に居るルツーラ嬢と出会えたのだと思えば、多少の感謝くらいはしてやっても構いませんがね!」


 …………。

 ど、どうしましょう。


 恥ずかしいというか、何を言えばいいのか。

 これ、別の時間軸の自分への罵倒のようで、私をひたすら褒めてます……?


「ゲイル~」

「はい? どうしましたティノ?」

「ルツーラが顔真っ赤にして俯いてぷるぷるしてるから、もうちょっと手心をお願いしていい?」

「おや?」


 ティノに指摘されたゲイル様が私を見ます。


「なんでしょう……こう、妙な刺激を感じます。もっとこんな様子を見せて欲しいと言いますか、もっと真っ赤にしてしまいたいと言いますか……」

「絶望で人の心を折るよりもずっと良い趣味に目覚めかけてるじゃない! それはもっと求めていいと思うわ!」

「ティノッ、煽らないでくださいませ!?」


 これ以上、これ以上……恥ずかしい思いはしたくないのですけれど……!?

 本当に、あんな風にまくしたてられると、いたたまれなくなるといいますか……。


「ふふ。ごめんごめん。あ、ごめんついでに一個確認させて」

「な、なんですか……?」

「近い将来、今の貴女が消滅する件が無かった場合、ここでゲイルの申し出受けてた?」


 問われて、私は顔から一気に熱が引いていきました。

 漠然とですが、すぐに答えはでてきます。


「……断った、かもしれません」


 口にすると、ゲイル様がとても難しい顔をしました。

 彼が何か言おうとしたのを制して、ティノが重ねて訊ねてきます。


「それ、一周目に犯した罪のせい? 罪悪感がそうさせてるのかしら?」


 かなり真面目なトーンの声です。

 それも、どこか怒りのようなものが滲んでいます。


「……そう、かもですね。私はこの二周目の人生を罰だと捉えています。そして罪を(そそ)ぐチャンスであるとも。

 私という一・五周目の人格は、一周目の罪を引き継いでいる以上、例えこの世界での罪がなくとも(あがな)う必要があると思っています」

「もしかして、だから幸せを……幸福や悦楽を嗜んではダメ――みたいに考えてたりする?」


 ティノの問われたことで、漠然と自分の裡にあった感情を理解します。

 きっとティノの言う通りです。二周目の私はともかく、一・五周目の私が表層にいる間は、幸せになってはいけない。そう考えていたのは間違えなさそうです。


 だから、ゆっくりとうなずきます。


「そうかもしれません。二周目の私はともかく、一・五周目の私は幸せになってはいけない。幸福を感じてはいけない。それでは罰にならない。今まで無意識でしたけど、ティノに言われてはっきりとそれを自覚しましたし、それでいいと思っています。

 私という存在は、一周目の罪を清算し、贖罪(しょくざい)する為だけに生まれたようなものですから」


 そして、これをゲイル様の申し出を断る最大の理由にしよう。

 そう思っていると――


「ふざけないでッ!」

「ふざけないでくださいッ!」


 ――ティノとゲイル様は、二人揃ってとてもとても怒った顔で、私を見るのでした。



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