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巻き戻り悪役令嬢の奔走~ルツーラと引きこもらなかった箱入令嬢~[引きこもり箱入令嬢の外箱]  作者: 北乃ゆうひ


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第38順


 モカ様との秘密のお茶会から数日後――


 私はティノに誘われて、いつものお店へとやってきています。

 ランチを兼ねて少しお話したいことがあるというそうなのですよね。


 さて、一体どんなお話なのでしょう。


 お店に入り、スタッフの方に声を掛けると個室へと案内されます。

 そして、そこへと入ると――


「……ゲイル、さま……」


 ――部屋にはティノだけでなく、ゲイル様も一緒にいました。


「ルツーラ。言いたいコトはあると思うけど、とりあえず座って。ね?」

「……ええ」


 会いたくなかったといえば嘘になります。

 あのような言葉を掛けてくれた殿方を嫌いにはなれません。


 だからこそ、会いたくはなかったのです。

 近い将来に消滅し――その人格が変化する未来を背負う女などと婚約しても、決して幸せにはなれないのでしょうから。


「ルツーラ嬢。このような形でお呼び立てして申し訳ありません。

 ……どうしても、貴女とお話をしたかった。

 ただ、あのバルコニーでのやりとりをした日から、貴女がボクを避けている気配がありましたので、コンティーナ嬢に協力をして頂いたのです」

「ティノ……」


 ゲイル様にではなく、ティノへと恨みがましい視線を向けます。

 そんな私に対し、ティノもどこかバツの悪そうな笑みを浮かべました。


「申し訳ないと思うんだけど、でもゲイル様は自力でルツーラの秘密に気づいたっぽいし?

 なので、そこへ辿り着いてなおも構わないと口にされた以上は、覚悟を見せて欲しいなぁ……的な、ね?」

「貴女は何を言っておりますの?」


 言い訳なのかもしれませんけれど、意味が一切わかりません。言い訳として全く機能していないような言葉です。


「あー……ごめん。正直に言うと、私も自分でどうして了解したのはよく分かってないの。でも了解したコトはそう悪くはないかも? みたいな感じだから……」


 本当にバツが悪そうですわね。

 わりと物事をハッキリと口にすることの多いティノにしてはとても珍しい感じです。


「ルツーラ嬢。コンティーナ嬢をあまり叱らないであげてください。ボクがかなり強引にお願いしたというのもありますので」

「わかりました。とりあえず、お話は聞かせてもらいます」


 気まずくはありますが、イヤではありませんしね。

 ティノもこんな態度になる程度には、思うことがあったのでしょう。


「ともあれよ。本題は料理が届いてからにしましょ。あまり人に聞かれたくない話ですし、料理が出そろってしばらくお店の人がこない時間でするべきだと思うわ」


 そう口にするティノに、私もゲイル様もうなずき、まずはお昼を頂く方向になりました。


 食事を終え、食後のデザートとお茶を運んできた方に、ティノは一時間ほど人を近づけないよう告げます。


 それを了解し、お店の人の気配が遠ざかっていくのを確認し、ティノが大丈夫だと合図しました。


「不測の自体もあるかもなので、できるだけ手短にお願いします。ゲイル様」

「場を整えて頂き、ありがとうございます。コンティーナ嬢」


 ゲイル様はティノに礼を告げたあと、真面目な顔で私を見ます。


「先日のバルコニーではお酒の力を借りた告白をしてしまい失礼しました」

「いえ……嬉しくなかったワケではありませんので……」


 私が何も抱えていないのであれば、あの場で了承しても良かったのですけれど。


「改めてあの時のコトを反省し、色々と考えたのです」


 そう言って軽く目を伏せてから、ゲイル様は小さく息を吐きました。僅かな間のあと顔を上げて、話を続けます。


「あの時は断られたコトにばかり捕らわれていて、上手い話ができませんでした。

 ただ思い返してみると、あの時のルツーラ様の表情は、ただお酒のチカラを借りているコトだけが理由ではなかったように思えたのです」


 ああ――鋭いお方。

 元々有能な方ですものね。自分の感情を廃して場を思い返せば、そういうものも見えてくるのかもしれません。


「そして思い返してみると、あの時だけでなく他の場面でも、ボクに――いえボク以外であっても、一部の人を除いて必要以上に自分の方へと踏み込んで来ないよう立ち回っていたように思えてならなかったのです」

「…………」


 何を言っても変なボロが出てしまいそうなので、私は沈黙を貫きます。


「その理由を考えました。不本意ながら姉にも相談して」


 ラウロリッティ様と相談するのは、ゲイル様にとっては不本意なのですね。


「そして一つ――必要以上に相手に踏み込ませない立ち回りの理由に仮説が立ちました」

「仮説……ですか」

「はい」


 ゲイル様は力強くうなずいてから、私を真っ直ぐに見ました。


「ルツーラ様の魔法は順番干渉するモノ。例えばそれで時間にも干渉できるのではないかと」


 なるほど。これがティノの言っていた、ゲイル様が自力で辿り着いた、私の秘密ということですか。


「時間の移動なんてコトは不可能であっても、未来を少し識るコトは不可能ではないのではないか――そう思ったら、気になっていたコトが説明できる仮説が生まれたのです」

「その仮説とは?」


 不思議と、一周目の時のモカ様と向き合っている時を思い出します。

 状況は全く違うはずなのに、自分の魔法のひとつひとつを、別の誰から()きほぐして語るような感じです。


 先日のモカ様とのお茶会もその側面はありましたが、それは私が同意の上で(ほぐ)いてもらっていた話。

 それに対して、今行われているのは、ゲイル様自分で調査し、推理し、そうして生じた仮説の答え合わせ。


 受け取る私の気持ちがまったく異なるので、とても落ち着かない気持ちになります。


「順の魔法を用いて、何らかの未来を識っている。そしてその未来は、貴女自身に降りかかる不幸を予見している。だからこそ、貴女はその不幸に他人を巻き込まないようにしているのではないか――というものです」


 なるほど。ここまで自力で解き明かされたのですね。

 この仮説を聞かされてしまえば、ティノが場を作るのも仕方がないかもしれません。


「ゲイル様」

「はい」

「賞賛いたします。ロクなヒントもなかったでしょうに、そこまで辿り着いたコトに」


 少し偉そうになってしまいましたが、これもゲイル様を突き放す為。


「ありがとうございます。それを踏まえた上で、さらに踏み込んだ話をして良いでしょうか?」

「ええ」


 何を言われるのか怖いのですが、ゲイル様はとても真剣です。

 こんな顔をしている方に、ダメだとは言い辛いではありませんか。


「まずは大前提のお話といいますか、質問です」

「なんでしょうか?」


 少し緊張しながら、先を促します。


「貴女の見た未来――そこに、ボクは貴女の近くにいましたか?」

「え?」


 予想外の質問に目を(しばたた)きます。

 横で大人しく見ていたティノは、「あ」と何かに気づいたような顔をしましたが、口を挟んできません。


 あくまでもこれは、私とゲイル様がやりとりする場。自分は空気に徹するということなのでしょう。


 ティノが協力してくれないというのであれば、自分で考えて自分で答えるしかありませんね。


 ここは、素直にうなずきましょう。


「そうですね。私の識っている未来において、貴女は私の横にはおりませんわ」


 これは事実です。

 思い返して見ると、幽閉邸で私たち家族に食事を差入れしてくれていたのはゲイル様だったような気がします。


 けれどそれで横にいたと表現するのはいささか難しいでしょうね。


「そうですか。居ませんでしたか」


 まるで安堵したように、命を賭けた大博打に勝利したかのような、そういう顔をゲイル様は浮かべました。


 いったい、どういう心境なのでしょうか。


「今ここで――ルツーラ・キシカ・メンツァール様。今ここで、改めて告白させてください」

「え?」

「貴女の知っている未来にボクが居なかったのであれば、未来はすでに変わっているとは思いませんか?」


 ……あ。


「貴女の知っている破滅の未来からズレているのだから、本来の通りどうなるか分からない未来だけが待っているんです」


 それでも、私は消滅するのを待つ身です。素直に受け取るワケにはいきません……。


「だから、ボクの手を取ってくれないでしょうか?

 逃れられない破滅なんてない。貴女が見た破滅の歴史が、この歴史にもなお手を伸ばすなら、ボクと共に破滅しない方法を探しませんか?」


 惜しい。なんとも惜しいです。

 これが、両親の破滅をひとまずは脱す前であれば。あるいは先日モカ様と私の在り方の話をする前であれば、間違いなく落ちていたことでしょう。


「……ゲイル様、嬉しいお言葉をありがとうございます。

 少し前の私であれば、そのお言葉を素直に受け止め、プロポーズを受け入れていたかと思います」


 とはいえ、ゲイル様の言葉に心を掴まれてしまったのもまた事実。


「……今は違う、と?」


 違う――とは少々異なりますわよね。

 間違いなく嬉しくて、受け入れたいと思う反面で、今の私は受け入れてはいけない身。


「この話は、モカ様以外と共有するかどうかは悩んでいました。

 でもずっとお世話になってきたティノと、ここまで私のコトを考えてプロポーズをしてくれたゲイル様。

 二人にだけは誠実に話しておくべきだろうと、そう思いましたのでお話をさせて頂きますね」


 その前置きに、ティノが苦しそうな表情を見せました。

 察しの良い人です。きっと、自分の想像を越えた何かがあると気づいたのでしょう。


「ゲイル様。未来を識っている――という推理は当たっていますが、ただ知っているワケではないのです。私は一度、未来を体験しております。その上で、順の魔法を使って時間遡行を行っております」

「……予知や予見の類いではなく、本当に時間を……」

「その上で、この身には――時間に対して魔法を行使したその代償を支払う刻限が近づいてきているのです」


 そうして私は、先日モカ様としたこの身の在り方についてをお二人に話しました。


 涙こそ流していませんが、ティノもまた先日のモカ様と同じような顔をしています。

 ゲイル様も、とても難しそうな顔で、私を真っ直ぐに見ています。


「時が来れば、私はゲイル様の知る私ではなくなってしまうかもしれない。それでもなお、ゲイル様は私を好いてくれるのですか?」


 答えを聞いて、しっかりと振らなければ――そう決意を持ってした質問なのに……どうしてでしょうね。とても、心が痛いのです……。


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