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巻き戻り悪役令嬢の奔走~ルツーラと引きこもらなかった箱入令嬢~[引きこもり箱入令嬢の外箱]  作者: 北乃ゆうひ


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第35順


「ルツーラ・キシカ・メンツァール様。

 この僕――ゲイル・シャイナ・パシャマールは、貴女の横に並び立つ栄誉を欲しく思います。この僕を、婚約者にして頂けないでしょうか?」


 今まで見た中でもっとも真剣で、もっとも素敵なお顔で、ゲイル様は私にそう告げます。


「ええっと……」


 それに、どう答えてよいか分からず私は固まってしまいました。


 とても嬉しい言葉です。

 心の中に花が咲いたような心地にもなりました。


 ですが、直後に――脳裏に過るのは、運命の日のこと。

 その日に、私は大事な何かを支払う運命にある。


 心に咲いた花は、それを思った瞬間にツボミへと戻ります。

 これは、開花させてはいけない花。認識してはいけない花です。


 このまま、ツボミのままでなければなりません。


 私が何かを()そうが()すまいが、『順』の羽化魔法を使用した代償がその日に発生してしまう。


 そうなれば、ゲイル様を悲しませてしまう。

 私が私でなくなってしまう以上、ゲイル様の望む『刺激』を与える私の消失とも言い換えられるのです。


 そんな――そんな残酷なことはないでしょう。

 恩人に、こんな私を好ましいと思ってくれている方に、そんな思いをさせてしまうなど……。


「わた、くしは……」


 だからこそ、私はこれをお断りするべきなのです。

 ゲイル様のことを思うのであれば、私はの申し出を受け入れてはいけない。


 ……だって、私は……。


 ――この場、ここに至って、自覚しました。


 今、私は、きっと……ゲイル様のことが好きなのだ、と。

 だからこそ、好きな人に嫌われない為に、好きな人に必要以上に嘆きを与えない為に、私は、この申し出を受けてはならないのです。


 だから、だから――

 ここでは出来るだけスマートに、ゲイル様を傷つけないようにお断りするとしましょう。


「ふふ、ゲイル様。大変嬉しく思いますが――」

「では」

「いいえ。酔った勢いに頼るのはよろしくないのではありませんか?」

「あ」

「本当に婚約を申し込むおつもりでしたら、今度は酔いのない時にお願い致しますわ」

「…………」


 バツの悪そうなゲイル様。

 ただ、傷ついた様子はないようです。


 ならば、よし。

 この場は素早く退散致しましょう。


「酔いが覚めたからと、すぐにやり直しされてもムードがありませんし……今日以外で、また次の機会にお願い致します」


 どこか、やらかしたかなぁ――という顔をしているゲイル様に、私は小さくカーテシーをしました。


「では、ごきげんよう。ゲイル様」

「……はい。こちらこそ急に申し訳ありませんでした」


 穏便、穏当。

 手応えとしては、そんな感じです。


 ――穏便、穏当ですわよね?


 ともあれ、そうして私はバルコニーをあとにして両親の元へと戻ることにしました。


 あとはこのまま、可能な限りゲイル様との接触を控えれば、大きな問題なく運命の日を迎えられることでしょう。


 ……申し訳なさや、寂しさがないわけではないのですが……でも、それを受け入れてでも、ゲイル様のお心を守らなければ。


 ささやかな決意を胸に秘めながら、お母様の元へと戻ってくると、お父様の姿がありません。


「あら? お父様は?」

「挨拶周りをしています」

「……大事なコトなのは理解しておりますが、余計な約束などはしてきませんわよね?」

「ルツーラにとって、あの人はそんなに信用がありませんか?」

「そうですね――申し訳ないとは思いますが――親としては信用しておりますが、貴族というか政治家というか、そういう立ち回りに関しては、お世辞にも……その……」


 言葉を濁しながらも私が答えると、お母様は自分の頬に手をあてながら、そっと息を吐きました。


「そう。あなたの目からは、そう見えていたのね……」

「正直言ってしまいますと、見えている地雷に自ら飛びこんでいるようにしか思えないのです。私を含め、何人かの者がそれを指摘したり、こっそり処理してたりしても、特に気がついてはいなかったようですし……」

「…………」


 額に手を当てて、お母様は天井を仰ぎます。


「そう。ダンディオッサ侯爵がわざわざお声かけくださっていたのは、そういうコトだったのですね」

「ええ。先ほどのやりとりの通りですわ」


 ……やはり、もっと両親と話をしておくべきでしたね。


 この僅かなやりとりの間にもそう思います。


「ルツーラ。あの人のコトを不安に思う気持ちは理解しました。

 ですが――それでも、あの人も伯爵家の当主です。迂闊な動きはしないと決めたのであれば、そう立ち回れる方です。そこだけは信じてあげて」

「……はい」


 思うことがないワケではありません。

 ですが、お母様の言葉に私は素直にうなずきました。


 そうして、その日の夜会は閉会を迎えます。

 少なくとも――そこまでの時間、両親が迂闊な行いや約束などをした様子はなく、私は安堵しながら帰路につくのでした。




 翌日――

 家族で朝食を終えたあと。


 お父様に言われて、私とお母様はお父様の執務室へとやってきています。


「さて、二人に来て貰ったのは他でもない。昨日の話をする為だ」


 まぁそうですよね。


「だが――どこから何を聞けば良いのかが判断できなかった。

 そこで、だ。ルツーラ。昨日の分水嶺という話。それがどういう意味か教えてもらえないだろうか」


 その言葉に、私は僅かに首を傾げました。


「昨日話した通りですわ。ダンディオッサ侯爵は常に派閥から切り捨てるべき家を探しております」

「ああ、確かにそれは聞いた。だが常に探しているのであれば、それこそ分水嶺などという言い方はしないだろう」

「それに、ルツーラのお友達のコンティーナさんだったかしら? フラスコ殿下と共に現れた際に、あなたは噂の見極めが必要だというようなコトを言っていましたね?」


 お父様もお母様も、それぞれに何となく引っかかりはあったのでしょう。

 私は二人にうなずいてから、言葉を探すように口を開きます。


「昨今、フラスコ殿下派閥を名乗りながらも、不用意に過激な手段を用いる方々が増えておりました。その過激派の方々は、ダンディオッサ侯爵にとっては大変迷惑な存在。それ故に、侯爵は派閥内の過激派の炙り出しを色々されておりました」

「だが待ってくれルツーラ。侯爵だって、些か過激なコトをされていたし、指示もしていたと聞くが……」

「そうですね。噂でも良く聞きます。ですが、その噂は別に事実だろうがなかろうが、どっちでも良いのです」

「どういうコトだ?」


 まぁダンディオッサ侯爵の言動やら立ち回りやらを思うと、過激なことを指示していたのはウソではないでしょう。

 少なくとも、フラスコ殿下派閥を大きくし、フラスコ殿下が王になることに利益があった頃は、やっていたのは間違いありません。


 ですが、状況が変わって以降は、ダンディオッサ侯爵は立ち回りを変えました。

 そうなってくると、明るみにでていない侯爵の真実や、噂の真偽なんてどうでも良いのです。


「少なくとも表立って分かる事実を並べれば、ダンディオッサ侯爵はいつの頃からか立ち回りを変えています。フラスコ殿下派ではありますが、中立に近い。穏健派の筆頭のような動きになっておりますので。

 その時点で、侯爵の指示だとか、侯爵の為だとか、そういう大義名分なんてモノは役に立たなくなっております」


 正直、ティノに言われるまでは私もそこまで侯爵の動きを見てはいませんでした。

 ですが、少なくともティノからその話を聞いて以降の侯爵の立ち回りを調べてみた限りでは、明らかにフラスコ殿下派でありながら中立派に近い穏健派に見てもらいたい――という動きをしています。


「ダンディオッサ侯爵が、フラスコ殿下穏健派で、中立に近い立ち位置にいるコトを示し続けている以上、過激なコトをする人たちは、その手綱から外れた『過激派』という別派閥の存在として見られてしまうという話です。

 そして、侯爵のその動きはまさに功を奏しております。フラスコ殿下派閥の外から見れば、派閥内が内部分裂しており、あまりに無茶苦茶な動きをしている方々は、もはやダンディオッサ侯爵とは無関係である――と、そういう風に見られているのですよ」


 ご存じでしたか――と、お父様に訊ねれば、お父様は口を噤んでしまいました。


「……私が、初めて侯爵とご挨拶をした日。私がお茶会をしていた日ですね。

 あれは――侯爵が当家をどうするかの判断を下す日だったのですよ。それを察したからこそ、私はかなり危ない橋であると分かりながらも危険な発言を口にし、侯爵に私の価値を見せつけるコトにしました」

「あの時は、ほとんど挨拶同然だったのではないのか? 何か危ない発言をしたのか?」

「ええ、しました。その危険発言に食いついてくれたからこそ、私は私の影響力を示すコトができました。そして侯爵が私を評価したからこそ、自分の派閥に組み込もうとしました。断るなら敵対派閥扱いするぞ――という脅しすら含んでいたくらいです。

 それを私はなんとか躱して、ただのお茶飲み派閥であり、政治に噛む気はないコトを示したのです」

「お世辞と、謙遜の応酬だと……そう思っていた」


 項垂れるお父様に申し訳ないのですが、ここで畳みかけさせていただきましょうか。


「それと、昨日の夜会。

 わざわざ、ティノがフラスコ殿下を奪うかのような噂が流れていましたが、恐らくあれは侯爵か……あるいは、ティノ本人か、さもなくばフラスコ殿下本人が流した噂でしょう。

 二人が一緒に夜会に出席するコトすら、何らかの仕込みの可能性すらあります」

「なぜ、わざわざそんなコトをしたのかしら?」


 お母様の言葉に、私は少し思案してから答えます。


「いい加減、フラスコ殿下過激派が邪魔になったのでしょう。もしかしたら、夜会に出席していないサイフォン殿下やドリップス公爵令嬢モカ様、ウェイビック侯爵令嬢コナ様も一枚噛んでいる可能性すらあります」


 可能性もなにも噛んでるのは間違いないのですけれど、ここは敢えてそう口にしておきます。


「フラスコ殿下が、コナ様からティノへと乗り換えるかもしれないという大きな噂。

 コナ様はいずれかの夜会にて自分の代理をティノに頼んだという小さな噂。

 両方流すコトで、情報の取捨選択ができる家の洗い出し。それから、自分に都合の良い噂を都合良く解釈する家の洗い出し。噂を理由に調子に乗って暴れ出す家の洗い出し。

 目的としてはそんなところでしょうか? そしてそれを見極めたなら、一網打尽に――それこそ洪水で洗い流すかのように、何らかの策が講じられるコトでしょう」


 お父様とお母様は、青ざめつつも難しい顔をして黙り込んでしまいました。


「コンティーナ嬢はターキッシュ伯爵令嬢だったよな?

 あの家は、それこそ過激派の筆頭だ。本人は理解されているのか?」

「もちろんです。ティノのコトです。恐らくはダンディオッサ侯爵を筆頭に、今回の計画に一枚噛んでいる自分より上の家格の方々への根回しはしているはず。

 つまりは、両親と連座にならないようにするという約束ですね。彼女自身も両親のコトを疎んでおりましたから、有り得ない話ではありません」


 その辺りの真相もあのお茶会の通りなのでしょうけれど、ここも敢えてボカしておきます。


「……ターキッシュ伯爵の娘がフラスコ殿下の婚約者になるのであれば派閥も安泰だ。そう思った家は、あの夜会では少なくないはずだ」

「では、その少なくない家は大なり小なりダメージを受け、最悪は没落やお取り潰しになるコトでしょうね」


 恐る恐る口にしたお父様に、私は間髪入れず答えました。


「あの夜会で、お父様が迂闊な口約束や取り決めなどを受けていないのであれば、当家がダメージを受けることはないでしょう。その辺りはどうなのですか?」

「……話を合わせるべく相づちは多少打ったが、約束や契約などはしていない」

「では、少なくとも当家への被害はないでしょう。あっても大したコトはないはずです」


 内心では大きく安堵しながらも、表向きは淡々と。

 両親には悪いのですが、この場は敢えて冷徹な淑女然としていた方が、説得力が増すでしょうから。


 しばらく落ち込んだように黙っていた両親ですが、ややしてお父様が口を開きます。


「ルツーラ」

「はい」

「……すまなかった。そしてありがとう。きっとお前が口にしていない危機も多々あったのだろう。それをお前は度々救ってくれていたのだと、理解できた」

「そうね。私たちはルツーラのコトを見ているようで、全く見ていなかった。世間のルツーラの評判も、周囲が過剰に持ち上げているだけだと勝手に思い込んでいたのだから」


 ああ――ようやく、危機を回避できたのだという実感が湧いてきました。


「ルツーラ、今後はお前に相談するコトも増えると思うが、良いか?」

「はい。もちろんです、お父様。微力ならお力になりますわ」

「女性なのだから大人しく、政治も武力も殿方に――というのは、古い考えなのかもしれませんね。もう何も言わないわ。ルツーラ、好きなようにやって構いません」

「ありがとうございます、お父様」


 そうして、家族会議は円満に終了しました。

 自室に戻ると、急にチカラが抜けていき、はしたなくもベッドに倒れ込みます。


「よかった……本当に、よかった……」


 ベッドに顔を埋めて、嗚咽のようにそれを繰り返します。

 確認はしていませんが、きっと涙も流れていることでしょう。


 完全な回避にはなってないかもしれません。

 けれど、大きな危機からは逃れられたはずです。


 自分の感情が落ち着くまで、しばらくそうしていました。


 やがて落ち着いて身体を起こせるようになった時、モカ様からもらった箱に手紙が届いているのに気がつきます。


「なんでしょう?」


 それを手にして開いてみると――


『順の羽化魔法に関しまして気づいたコトがございます。

 緊急よりの案件かと思いますのすぐにでもお話ししたく思います。

 この手紙に気づきましたら可能な限り速やかにご返信お願いします』


 ――そんな内容が書いてありました。


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