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96.教師生活三十年

「そもそもルナリス様とはメギスティンという国を語るにおいて決して外せない人物なんですね。ここは中央圏ですから『晴嵐の魔女』クラエル様の管轄なんですがー……言うなれば魔法国家の礎を築いたのがクラエル様で、発展させたのがルナリス様といった具合ですかねー? 各地に魔法学校を増やしたり、ここステイラバートが誰にでも門戸を開いていた初期からシステムを一新させて現在の試験や足切りを設けたのはルナリス様のようですし。おそらく魔女お二方の運営方針に差異があったのではないかなー、と話を聞いていて感じるんですよねー。これは私の憶測なので確かなことは言えませんが、それによって生徒の質が高まっているのは間違いないでしょう。けど、おかげでオラールには『弾かれ者』と呼ばれるステイラバートへの入学が認められなかった非魔法使いがいて……ええそうです、魔力操作ができなかったり、魔力操作しかできなかったり、名称呪文が使えなかったり。そういった系統魔法を使えない人たちと使える人たちの間で段々と格差が出来かけていたところを、クラエル様が職業選択に法規制でメスを入れたんですねー。自由競争を名目に魔法使いだけが幅を利かそうとしていたのを食い止めたわけです。そこにはおそらくルナリス様はノータッチだったのではないですかねー? このことからもそれぞれの考え方の違いはなんとなく見えてくる、と私は勝手に思っているんですけどー」


 ふうん。二人の魔女の考え方の違い、ね。聞いている限りでは確かにクラエルとルナリスのスタンスはかなり異なっているように思える。ルナリスがひたすら魔法使いの優遇、成長しか目指していないのと反対に、クラエルのほうは非魔法使いが冷遇されないよう尽力している……平等、とはいかないまでも社会に居場所を作ろうとしているわけだ。


 正しいことなんじゃないかな。ルナリスのやり方なら優れた魔法使いを多く輩出ないしは抱え込むこともできるだろうけど、その結果格差ばかりが広がってしまえば社会基盤は必然、脆弱になっていく。いくら他国と比較してたくさんの魔法使いを擁すると言っても結局のところ、社会の大半は非魔法使いで構成されているのだから。


 一部の特権階級とその他大勢の差別待遇に悩む者たち、という構図がどんな国を生み出すかは旧リルデン王国がその身を以て体現してくれた。クラエルが介入しなければこの国も行く行くはああなっていたということだ。やがてあちらの貴族同様に魔法使いが肥え太り、国一番の繁華を極めるはずの首都においても路地を曲がればスラムや闇組織に行き当たるようなさもしい国にね……それを未然に防いだ晴嵐の魔女はファインプレーをしたと言えるのではなかろうか?


 社会情勢を省みない、というよりそもそも目にすら入っていなさそうなルナリスに問題がないわけではないが──彼女だけに任せているといずれ高確率で魔法使いの上達も行き止まってしまって本末転倒なのだから──とはいえ。メギスティンが何かと有名な帝国にも負けない知名度を持てるようになったのは確実に大胆な改革あってのこと。ルナリスなくしてはメギスティンの繁栄もなく、クラエルなくしては自浄も起きず、つまるところ二人の魔女はどちらもこの国に欠かせない人物であるのだろう。


「数えきれないほどある私塾レベルの小さな学校を除き、メギスティンには五つの大きな魔法学校があります。勿論ステイラバートもその内のひとつですがー、やはり歴史の古さ。最古の魔法学校であり規模においても最大なのがここですから、ルナリス様も特別目をかけて下さっているんでしょうねー。他四つに足を運ぶことはなくてもステイラバートにだけは年二回も魔女様自らで講義を行うほどですからー」


 伝説の魔女を教師にして講義が受けられること。これは何かと好待遇を受けられるステイラバートの生徒からしても、その肩書きを得る特段のメリットとなるだろう。


 聞けば選抜授業という題目で行われるそれはその字面の通りに毎度ルナリスが無作為に──これは言うまでもなく本人にしか知り得ない基準があるのだろうが──選んだ生徒しか参加が許されないとか。そして生徒総数八百を超える中から数名、多くても十数名までしかピックアップされないというのだから相当に狭い門だ。選抜授業を受けるハードルははっきり言ってとんでもなく高い。十二年間フルに通っていたとしても一度も選ばれない者のほうが遥かに多いわけだからな……それでも生徒たちはルナリスの訪問時期になるとやはりその話題一色となって、見るからにそわそわしだすようで。


「自分が指名されるかもしれない、となればドキドキもしますよねー。受講生から講義の内容は至ってシンプルなものだと聞き及んでいるでしょうから、何かしら特別なことが待っているわけではないと知っていても、なんと言っても魔女様ですからー。全魔法使いの憧れが直接指導してくれるなんて夢のように嬉しいことなんですねー」


 ふんふむ、やっぱりそうなのか。俺からするとその感覚はピンとくるものではないけれど、まあ。一応の想像くらいはつく。魔法使いとしての最高峰は賢者で、魔女はそれすら超越した一種の神の如くに信仰すら集める存在。まさにかつての竜王たちを思わせる絶対的な支配者であるからして……とりわけ魔法使いのメッカたるメギスティン、その主要も主要のステイラバート関係者たちの魔女への憧憬が極まっていることくらいは俺にもわかるというものだ。


 ま、生徒側は意外と宝くじの抽選を楽しむ程度の気持ちで選定を待っているだけかもしれないが。


「噂が流れ出してしばらく経ちますし、ルナリス様の時期外訪問を信じていない子も増えてきたようですねー。生徒は私たち教員と違ってあくまで伝聞でしか知り得ませんからそれも当然でしょう……かく言う私だって普段はそのことを忘れているくらいなので。いつもなら魔女様を丁重に歓迎するわけですから、それなりに準備に追われるんですけどねー」


「ところが今回に限って院長はルナリス訪問の理由を教えてくれないばかりか、日程すらもむっつり口を噤んでいると。確かにそれは変だね……だからと言って既に潜伏している、と言い切れるものでもないけれど。でも院長とルナリスが君たちに何かを隠していることは間違いないかもな」


「…………、」


「ん? 何かおかしなこと言った?」


「ああいえ、なんと言いますかー……イデア様はルナリス様を呼び捨てにされているんだなー、と」


「聞き慣れないから戸惑ったかい? それとも、ここの教員としては名誉理事長の呼び捨ては聞き捨てならなかったかな」


「まさか、そういうのじゃありませんよー。改めて『魔女様』が目の前にいらっしゃるのだなーと感慨に耽ってしまったんです。教師生活三十年……ルナリス様は勿論、クラエル様とも直接お会いしたことがありましてー。そしてこの度はイデア様ともお見知りおきになれました。五十年も生きているとそれなりにいいこともありますねー、生涯を通しても三名もの魔女様と言葉を交わせる者なんてそうはいませんでしょうからー」


 うふふふー、とクアラルブルは密会であることに配慮してか非常にひそやかな、けれど伸びやかな笑い声を漏らした。その顔付きはまさに少女のそれで、今の彼女は五十歳どころか二十歳にだってとても見えないくらいだ。


 ……魔力はそれそのものに力がある。だからこそ人には扱いが難しい代物なのだが、それだけに魔力操作に秀でた者は年齢よりも若々しい肉体をキープする傾向にある。これは俺が永遠の少女ボディであるのとはまったく別の原理であり、不老なのではなく単に老けにくいというだけのことだ。例に漏れず、イデア城の最高齢者ダンバスもまた八十を超えているにしては元気一杯でまだまだ働き盛りを自称している。


 しかしクアラルブルはそのダンバスと比べてもちょっと異様なほどに若い、若々し過ぎる。見た目だけでなくその中身、感性までもが瑞々しく感じられる。それこそ不老の域に達しているのではないかと思えてくるほどに……さすがにそれはないとしても、少し気になるところではある。


 欲しいな、と少し思う。


「……そういえば、メギスティン出身じゃないなら君の生まれはどこなんだ?」


「あれ、言ってませんでしたっけ? 私の出身はイデア様の支配地である東方ですよー。トゥルバという国名の極々しがない小国の生まれですー」


 おっと東方……そうだったのか。だから俺の勧誘にもふたつ返事でOKしてくれたのかな? 東方の民であれば程度に差はあれど誰しもが『始原の魔女』を存じているとのことなので、初めからクアラルブルが妙に好感触なのはそれが関係していたのかもしれないな。もしかして俺のこと尊敬している? なんて恥ずかしくて訊けないから訊かないけれど。


 そして、トゥルバね。うーむなんだかその名にも聞き覚えがあるような……そうだ確か、『東方連書』関連でチェックした書類のどこかに──あ。


「ああ、思い出した。中央圏近くにかつて・・・あった国のことだね」


「わー、よくご存知でー。ですです。私が国を出る前後で近隣国との経済戦に負けてしまってー、頼り切りだった中央からのルートを抑えられたことで併合を免れずに消えちゃいましたー。だから正確には私の出身国はもう存在してないってことになりますね」


「明るく言うじゃないか。君の祖国だろ?」


「特に愛着もありませんからー。身寄りがいるわけでもないですし、そうでないとこんなにも離れた地で一人教師なんてしてませんよー」


 そりゃそうだ。強い愛着があるなら現在はトゥルバ区と名を変えたかの地に残って、少しでも地域復権に貢献しようとするだろう。あるいは、成長して出身国に戻ってきた──その目的は復権と同一であり真逆でもあるが──モロウの如くに、将来的に自身の経験をトゥルバに還元するという方法もありはする……が、まあクアラルブルにその気が皆無だということは訊ねずともわかる。


 ならばよし、ちょっとした横道も確認し終えたことだし本筋に戻ろうかな。


「なんにせよそうして長年ここに務めている君に、もうひとつ聞かせてもらいたい」


「はいはい、なんですかー?」


「──ステイラバートの『地下』には何がある?」



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― 新着の感想 ―
イデアは社会の仕組み、対策、可能性について、まるで小説家並みの考察力があるのですねぇ
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