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91.話したいこと

「【エクスプロード】!」


 魔素吸収と変換、杖先からの魔法の放射。伸びやかな動作に乗せて行われたそれはイーディスの予想を超えた速度であり、よって彼女は自身も呪文を唱えて対抗するのではなくしゃがみ込むことで燃え盛る礫を躱した。【エクスプロード】は火属性の初級呪文で、何かにぶつかると爆発する性質がある。初級だけあって魔法式は簡素であり、それに伴い爆発と言ってもごくごく小規模で威力もさしたるものではないが、それでも初級の枠組みの中では危険度の高い呪文でもある。まともに食らえばただでは済まない。


 命中と同時に広範囲に被害をバラ撒く呪文類を一概に爆破系と呼ぶことがあるが、それらの特徴はなんと言っても同難度の他呪文と比較して破壊力が高いこと。それこそが爆破系の売りだった。そんなものを初手に選ぶなんて、とリンドールの容赦のなさに観戦者たちは信じられない思いを抱く──それはショーやメルに限った話ではなく、いやに囃し立ててこの決闘を後押しした側であるところの彼の友人一同も同様だった。


 思った以上にリンドールがキレている。そのことに顔を見合わせている仲間の様子に気付いているのかいないのか、当人は「ふふん」と余裕を取り戻した表情で再び髪を撫でつけた。


「いい反応をするじゃないかジェンド。机に噛り付きの典型的な頭でっかちかと思えば、意外と動けるらしい」


 その言葉に、火の礫が飛んで行った先──舞台上を越えたところで瞬間にそれがかき消えたことに興味を抱いていたイーディスは、思い出したようにリンドールを見て。そして優美に微笑んだ。


「実践的だというのは本当みたいだね。子供とは思えない練度だ。杖ありきとはいえ……まあ、そこは魔法国をさすがと讃えるべきかな」


 単なる支給品の杖ですら他国に出回っている一般的な杖の機能を大きく凌駕する。これはメギスティン内で生まれ育っているステイラバート生には実感のしにくいことではあるが、確かなことだ。今や杖は魔素の吸収だけに留まらず、魔力循環を高めた上で杖先から発射するまでのセンテンスをも補助してくれる革新的道具へと進化している。それがメギスティン以外の国にいる魔法使いからすればどれほど驚異的なことであるか理解が及んでいるイーディスに対し、そうでないリンドールは当然の如く彼女の言を曲解した。


「おやおや、君と僕の持つ杖に性能の差はないぞ? 十全に性能を引き出している僕を妬みたくなる気持ちはわかるがね」


「うん、使い手次第で杖の補助力も変わってくるのは間違いない。その点からしてリンドール君が魔法戦に大いに自信を抱いている理由も察しはつくよ。確かにこの形式だと杖を使いこなせているかどうかで成績も大きく左右されてしまうだろうね……低学年だと特に」


「ふん! 杖の扱いだけが僕との差だと思うなよ。魔力の生成量に操作量。魔法式の構築速度に完成度。君が僕を上回る要素は何ひとつとして存在しない! 仮に君が僕に劣らず杖を使いこなせたとして、それでも僕に勝てはしないんだよ!」


 それを証明してやる、と。リンドールは再び【エクスプロード】を唱えた。しかして今度の発射先はイーディスではなくその足元である。


「わっ、と」


 着弾、と同時に爆ぜる火の粉。大きくその場から飛び退くことでそれから逃れてみせたイーディスの動きをリンドールはやはり大したものだと認めつつ、けれど蛇が舌なめずりをするような顔付きで言った。


「この舞台を用いた魔法戦のルールは改めて言うまでもないな? 審判の判定と本人の降参。そして舞台外への転落! これらが敗北の条件だ。その避け方も長くは持たないぞ?」


 単騎戦の訓練用舞台はそう広くない。事実、足場を狙われて下がったイーディスの背中は舞台の淵に近く、もう後がなかった。ここでより大きな一撃を放てば間違いなく決着となる。リンドールはそう確信していた。


「君では僕の呪文を受け止めることもできまい! これで終わりだ──【エクスプロード】!」


 イーディスの膝から下と足場。どちらにも被るようにと狙ったリンドールの思惑通りの軌道で火の礫が飛ぶ。左右のスペースが極端に狭いためにイーディスはこれを己の呪文で防ぐ以外に舞台の落下から逃れる手段がない。


 しかし、三度目ともなれば彼女もその用意ができていたのだろう。軽く杖を振るわせてイーディスは口を開いた。


「【プロテクション・マジック】──」


(無駄だ! その程度の防御呪文など!)


 案の定、練られた魔力は低水準。左手に出来上がった盾も小さく淡い、魔法式がまとまり切っていないことを見透かせる程度のものだった。


 杖の助けがあってこれではいくら向上心が強くても意味がない。……だがそれも仕方のないことだろう。そもそも彼女には上を目指せるだけの才能が決定的に欠けているのだから──この僕と違って。勝利の予感にそう口角を吊り上げたリンドールだったが。


 バシィッ、と。彼の見つめる先で、盾に当たった火礫がその進路を逸らされた。そして使い捨ても同然に放られた盾と共に舞台上の外へと押し出され、爆破が起きる前に彼の呪文は消滅してしまった。その思いもよらない結果にリンドールは慄く。


「な、なんだって……?!」


「実技トップを相手に負けじと呪文で対抗したところで逆立ちしたって今のわたし・・・・・じゃ敵わない。呪文の一発だって受け切れない、というのは君の読み通り──でも、それもやり方次第でしょう?」


 見せたように、と対戦者リンドールというよりも観客へ。とりわけ幼馴染たちによく聞こえるように朗々とイーディスは言った。


「真正面から受け止めるだけが防御呪文の使い道じゃない。あえて緩く留めた壁面で絡め取って、逸らす。魔力で腕力を強化しておけばなお良し。呪文の強度で負けていてもこういう躱し方だってあるってことだね。よければ君も覚えておくといいよ」


「だ、だが爆破に晒されなかったのはここが訓練室で、舞台の範囲外では呪文の効果が消失するからだろう! そうでなければ完全には防げていなかったはずだ……!」


「直撃するのに比べればそれでも上出来だと思うけれど……そもそも。君だってわたしの落下負けを狙ったじゃないか? 訓練室の舞台の上、という限定的な条件下で自分だけがその恩恵を受けたいというのは、なんというか。ちょっと浅ましくないかな」


「──ッ、」


 心底から呆れた様子でそう告げたイーディスに、リンドールはもはや返す言葉がなかった。故に、何を言うよりも先に杖を動かしていた。──激情に駆られている彼はそのせいで、それが誘われた行動であることに気付けなかった。


「カぁっ……?!」


 詠唱のために開いた口から漏れるえずき。その原因は喉の中心に突き立った杖だ。刺さってはいない。が、こうも的確に気道を押し込まれては発声などできるはずもない。そこででリンドールは己が失策を悟った。


(し、しまった。イーディスは腕力の強化を持続させていた……!)


 呼吸の途絶と痛みで見開かれた目に、先に見られた以上の機敏さで接近してくるイーディスの姿が映る。何をされるか予想できずともリンドールは咄嗟に身を守ろうと両腕を上げたが、それを正確に予見していたかのようにイーディスの手がするりとガードを抜けて。


「【マジックアロー】」


 手に浮かべられた一発の魔力の矢。それが掌底と共にリンドールの顎に打ち付けられた。杖の補助なし、そして動きながらの詠唱のために魔力矢の出来はやはり本科生からすればお粗末としか言いようがないものだったが、けれど強化された打撃と合わさって無防備な急所に叩き込まれたのだからその効果は劇的だった。


 ぶふっ、とゴム風船から空気が漏れるような。本人にとってはひどく不本意であろう間の抜けた声を漏らしたリンドールがたたらを踏む。その足取りのあまりの覚束なさは下手なステップを踏んでいるようでもあって、どことなく滑稽でもあったが。しかし口内を切ったのか唇の端から血を零して、定まらない視線をそれでも健気にイーディスに向けながら、必死の形相で歯を食いしばっているリンドールの様相に。


 その様を笑う者はこの場にいなかった──ただ一人、彼の目の前にいるイーディスその人を除いて。


「ナイスガッツだ、よく耐えたね。だけど対戦相手として今日のところはこう言わせてもらうよ……往生際が悪いぞ、リンドール君」


 杖を拾い上げながら、反対の手を伸ばし。とん、とリンドールの肩を軽く押す。それだけで彼の体は崩れ落ちた。本科生としてのプライドだけを頼りとして倒れずにいた彼には、もはや外からかかる力に抗う余裕など残されていなかったのだ。


「はい、ご苦労様ー」


 あえなく舞台から転落したリンドールを、そうなることが分かっていたかのように丁度その下にいたクアラルブルが抱き留めた。さっと腕の中の少年の瞳孔と口の中を確かめて、ひとつ頷き。そして彼女は朗らかな宣言を行った。


「これにてけっちゃーく。舞台外に出たのでリンドールくんは敗北ー、この模擬戦の勝者はイーディスさんとなりましたー」


 それじゃあ先生はこの子を保健室に連れていくねー、とどこまでも軽い調子で訓練室を後にしようとする彼女にリンドールの友人たちも慌ててついていった。彼らのリーダーにも等しいポジションにいるリンドールがこうもあっさりと負けた以上、この場にいても惨めになるだけだ。なので心配が立ったというよりも単に逃げ出したかっただけだろう。


 そのほうがよっぽど惨めだとショーは盛大に鼻を鳴らしたが、リンドール一派への関心などすぐに薄れ、彼はメルと一緒になって舞台から降りてきたイーディスの下へ駆け寄った。


「す、すごいよイーディス! まさか本科生に勝っちゃうなんて、夢でも見てるみたい!」


「ホント驚いたぜー! 【マジックアロー】を直接ぶつけたり、習ったばっかの【プロテクション・マジック】であんな真似をしたりさ! いつの間にこれだけの技を開発したんだ?」


 鼻息も荒く興奮して捲し立てる幼馴染たちに、イーディスは少しばかりの苦笑を見せる。


「ちょっとした小手先のことであって技と言えるほどのものじゃあないけれどね……でも、そうだ。二人ともこのあと時間あるかな」


「? どうして?」


「できれば寮の部屋まで来てほしいんだ。──わたしから少し、二人に話したいことがあるから」



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