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78.コントローラブル

 ──【コンタクト】。セリアに指示を出しつつ、ミザリィがマニを危険地帯から運び出すのを見届けたモロウは、自身もダンバスに肩を貸しながら魔法を行使。魔力を介して離れた相手との会話を可能とする通話機の基となったその念話呪文によってフランとの間に一本のラインを通した。


 騎士とフランの戦闘はまさに激戦、火力に乏しいモロウでは一分の入り込む隙もない。手助けしようとしたところで却ってフランの足を引っ張る結果となってしまうだろう。ただし、手こそ出せずとも口ならばどうか? 精神干渉の魔法は騎士に通じない──しかしフランになら通じる。


『届いているな、フランフランフィー。僕だ、モロウだ。いま君に【コンタクト】で話しかけている』


 見えない線の先からあたかも糸電話の如くフランの驚く気配が伝わってきたが、モロウは彼が何かを言う前に言葉を被せた。


『返事はしなくていい、戦闘に集中したまま聞いてくれ。これは僕からのひとつの提案だ──』


 前述したようにモロウの特技は他者の精神を操ること。それによって敵対者に何もさせず、戦闘らしい戦闘を起こさずして全てを手中に収める。幼いうちに一人親である母を亡くして以降の生活において彼はずっとそうしてきた。旧リルデン王国に舞い戻り王城を陥落させた際も、さながらそれは無音の城攻め。何ひとつ騒ぎを起こすことなく愚昧の王を文字通りの傀儡とすることに成功した。


 この使用法だけを見るならモロウの精神干渉は他者の意識を殺し、なんら自発的な行動を取らせない点にこそ強味があるようにも思えるが──実際それが特段に優れた利点であることはモロウ当人も認めるところではあるものの──けれど実態として、彼の精神操作は必ずしもマイナスを引き出すだけではなく、場合によってはプラスにも作用させられることにより明確な利便性があった。


 あらゆる意味でコントローラブル。通用さえすれば意のままに操れるというのは、即ちその者の潜在能力を十二分に、あるいは限界を超えてそれ以上に発揮させてやることも可能であるということ。無論、操られている対象からどれだけポテンシャルを引き出そうが、そもそもの引き出しに何も入っていないのでは大したことなどさせてやれはしないが。つまり駒として優秀な者でなければモロウの精神干渉による引き上げの恩恵に与ることもできないのだが、今回そこに関しての憂慮は不要であった。


 フランフランフィーならば。魔法学校というモロウが通ってきていない真っ当な道を歩み、そこで天才児と認められ、あのイデアにも一際目をかけられているこの稀にも見ないレベルの才者であれば。今もたった一人で恐るべき黒鉄の騎士と対等に渡り合えている彼のポテンシャルに、まだまだ余白が残されているのは推量するまでもなく確かなことである。それを今、己が引き出させてやれば。互角に思えるこの壮絶な戦いにもすぐ決着がつくのではないか──そう目論んだモロウはフランにこう発案する。


 僕が君の感情を爆ぜさせよう、と。


 これはフランの『溶岩化』の無名呪文が本人の感情の波に同調して火力を増減させると聞き及んでいるからこその言葉だった。本来、魔法使いに激しい感情は不要。というより積極的に排除しなくてはならない障害として扱われる。冷静さを欠いては魔力を練るのにも呪文を完成させるのにも悪影響が出るのは自明の理。故に戦闘中だろうがなんだろうが魔法使いが発奮するのはご法度。それが通義的な戒めともなっている。が、そのルールは必ずしも万人に適用されるものではない。


 人によってはいくらか気持ちを昂らせているほうが魔法式をスムーズに構築できる、という例もある。特に無名呪文。名称呪文のような基礎魔法式が存在しないそれらの多くにおいて、その使い手たちは気持ちを静めるよりもむしろ一定以上の興奮を維持することに努めんとする傾向があった。モロウは、フランもまたそういった例外的魔法使いの典型例にして極端な事例なのだろうと判断していた。


 内心を熱く滾らせれば滾らせるほど彼の生み出す溶岩もその熱を増す。ならばこの場においてもより熱く、より高く、より強く。フランの感情を爆発させれば膠着状態の戦局にも変化が訪れるだろうと。そう考えるのは当然のことで、彼の持つ前提から導き出されたものとしては最適解に間違いなかっただろう。──だからモロウは瞠目したのだ。


 フランから返ってきた返事が『NO』であり。そしてその代わりに『自分の感情を限界まで静めてくれ』と頼まれたことで、彼の内心は極度の困惑に包まれた。


『……!? この局面において自ら火力を落とそうというのか──正気かフランフランフィー』


 騎士の猛攻をたった一人で食い止めることで思考にノイズが生じているのではないか。つまりフラン自身気付かぬうちに自棄になってはいないかと心配したモロウに対し、しかし少年の返答は平静そのものだった。


『大丈夫です。モロウさんのおかげで勝機が見えてきたんですから、絶対に無駄にはしません。ですからどうか、沈静化をお願いします』


 あまり時間はない、とフランの意識が言外から彼に告げる。均衡はそう長く続かない。それを知ったモロウはフランがいったい何を考えているかわからないままに、けれど彼を信じることにした。そうしてもいい、と思えるだけの静かな力が少年の言葉にはあった。


 繋がっているラインを、僅かに太くさせて。モロウはフランの精神に己を混ぜ込んだ。と言っても完全操作のように全てを乗っ取るわけではない。そんなことをしたところでモロウでは代わりにフランのポテンシャルを発揮させてやることなどできない──引き下げならば本人の自我を殺してやればそれで済むことだが、引き上げはあくまでも本人の力なくして実行は叶わない。故に。


(頼んだぞ、フランフランフィー……!)


 フランの感情、やはり溶岩の如くに煮え滾っていたそれを一気に冷ます。精神安定剤の作用など比較にもならない強引で性急な感情の変調。ギアチェンジも同然にローに持っていかれたフランのエンジンは即刻その影響を露わとした。


「……!」


 自分で頼んだことながら、その結果にフランは大きく目を見開き。そしてよくよく自身の姿を見る。溶岩化を果たしながら冷静沈着。過剰なまでのうねりを見せていた熱流は収まり、身体は等身大のままに落ち着いている。……こんなことは初めてだった。


 思考がクリアである。赤く染まっていた視界も晴れやかだ。溶岩体のままここまで穏やかで清々しい気分になれる日が来るとは、と深く感慨を抱くフランの頭が真っ二つに割かれる。感情の落ち着きと共に当然ながら火力も落ち込み、噴流も鎮まったことで騎士の攻撃がより苛烈なものとなった。さしもの天才児も心穏やかなままでは騎士の暴威には対抗できない……その様をまざまざと見せつけられながら本当に信じてよかったのかと若干の疑念を抱きつつも、モロウはそこで合図を送った。


 上げられた手を見て動き出したのはセリア。事前の打ち合わせ通りに彼女はそのタイミングで用意していたそれを発射した。銃型杖『ファイアフライ』の新機能──イデアが消音よりも優先したそれは『三点バースト』によるワンショット。本来は引き金を一度引くだけで三発の弾丸を連射する機構を指すものだが、魔女はそれを連射ではなく一纏めにしていた。


 三発分の魔力弾を一発に。消費魔力が三倍だから威力も三倍──などと単純なものではない。銃の内部に施された魔法式は足し算ではなく掛け算。拙い者ならばいくらか魔力を減退させて三倍にも届かないことも充分にあり得るが、これを施したのは他ならぬイデア。無駄を嫌う彼女がまさかそんなミスをするはずもなく。


 ドガンッ!! と撃ったセリアの腕を跳ね上げて飛び出した弾丸というには大きすぎる魔力弾が騎士の上体へ命中。一発一発では大した効力もなかったセリアの射撃だが、バーストショットには騎士の体勢を崩させるだけの威力が伴っており──。


「──ッ!」


 今だ。確実に騎士からの攻撃が来ないこの一瞬。モロウとセリアがくれた最大の好機に、少年は己が感情をローからハイへ。凪の状態から嵐へと振り抜いた。


 騎士が繰り出す高速の剣技を越え、紅蓮が迸る。多大な熱量を付き従えて少年の肉体から溢れ出したその勢いはまさに火山の噴火であった。熱く灼熱く焼夷く拂拭く、とにかく焼尽く。それだけを求めて熱心地のフランは荒れ狂う。眼前の敵のことなどもはや目にも入っておらず、彼はただそこにある全てをこの世から消し去らんとする一個の災害と化していた。


 ……とめどない火砕流が居館跡地を越え、中庭の一角までもが焦土と化したところで、いつまでも続くかに思われたマグマの噴き上がりは徐々に収まりを見せていった。その途中にまたモロウの声が聞こえた気もしたが、それが幻聴かどうかも定かではないフランは肩で大きく息をしながら、そこでようやく己の攻撃の結果を確かめる。溶岩化が解除された生身の目に映る光景は──赤と黒に染まる地平のみ。どこにもあの鈍く光る黒鉄は存在しなかった。


「や、った……」


 かつてない完璧な一撃。モロウの補助ありきとはいえ初めて『溶岩化』の能力を十全に引き出せた。イデアが言っていたのはこういうことだったのだと達成感と共に実感し、けれどそれ以上の疲労によって足に力が入り切らず。腰を抜かしてへたり込みながらも微笑む彼の耳に、駆け寄ってくる誰かの足音が聞こえてきた。



◇◇◇



「……!」


「どうした? 妙な顔になっているけれど……ああ、ひょっとして。君の頼れる騎士君が殺されてしまった、とか?」


 黒鉄城外殻塔の最上階にて。口の端から血を零し、膝をつきながら睨みつけてくるディータに対して。イデアはそれを見下ろしてくすくすと可笑しそうに笑っていた。



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[一言] 魔女って再生しないのね
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