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73.飽和射撃

 黒鉄の魔女ディータ。なかなかどうして大した奴だ。俺の城を無惨に壊し臣下を危険に晒したことは業腹ではあるけれど、そういった個人的な感情抜きに評価を下すなら。彼女は魔法使いとしてモロウよりもフラン君よりも、そしてノヴァよりも高みにいると言っていい。そのことに関しては俺も嘘をつくまい。


「空にそびえる黒鉄の城か……ふふ」


 空中に鎮座する城砦の存在感は凄まじい。さすがに規模ではイデア城に遠く及ばないが、けれど俺が言っているのは単純な敷地面積や見た目の威圧感のことではなく。そこに込められている魔力量や完成度の高さ、つまりは魔法的な意味での存在感である。あれはきっと小さいながらもディータの王国。絶対的な奴の支配空間であると見ていいだろう。


 内部がどうなっているのかは……うむ、外からでは見えないか。けれどディータが最奥に引っ込んでいることは間違いなかろうな。誘っているのだろうか? 来られるものなら乗り込んで来いと。お呼ばれされたとあればご招待に与るのもやぶさかではないが、しかし誘われるがままほいほい自宅に上がり込むのではいくらなんでも警戒心が薄すぎるか。そこまで能天気、あるいは尻軽のように思われるのも悲しい。多少焦らしてしばらくはこの位置から攻撃を加えて見るのも手かもしれない。


 とはいえあの城、ディータが作り出した他の物とはちょっとレベルが違う。魔法を撃ち込むまでもなく生半なものではろくに効きやしないだろうとわかる程度には堅牢さが見て取れる。どのくらいかわかりやすく言うなら、ノヴァが魔化した武具と防具で身を固めていたステイラ兵団。を、全滅させた光の奔流。仮にあれを食らわせたとしても余裕で耐えきれるくらい、かな。少なくとも俺の目にはそう映る。


 こと魔法に関する技術で虚仮脅しやハリボテでの誤魔化しなど俺には(おそらく)通用しない。なのでつまり、ここからちまちまと攻めてもただの徒労に終わりそうである……と、そう結論付けたところで。


「む」


 黒鉄の城の一部が開き、そこからにゅっと立派な砲塔が生えてくる。あ、と思ったときにはもう大気中を揺るがす撃音とともに砲弾が撃ち出されていた。その狙いは正確に俺を捉えている。砲撃とはまあ、そこまで城砦チックだとは恐れ入ったよ。


 用心していたので避けるぶんには簡単なんだけど。しかしこれを素通りさせてしまうと市街に落ちるな。こんなのが生活圏に降ってきたら住民にとっては堪ったものではない。先ほどの山サイズの大剣同様、ここは俺が処理しておかなくてはならないだろう。


「づっ、く」


 というわけであえて動かずに魔力を展開し、それでキャッチするような感覚で砲弾を受け止める。しかしその威力と言ったら……これだよ、この硬さ。物理的にも魔法的にもガッチガチ。ディータを魔女足らしめているのはやはり魔力の物質化、その異常なまでの性能にあるようだ。俺でもここまで強固な物体を気軽には生み出せない。何せ触れさえすれば基本どんな物にも魔力を介入させられる俺が、その作業に難儀するほどなのだから。


 おかげで瞬殺とはいかずダメージを貰ってしまうが(今も鼻血が出ている)、どうにか砲弾を消滅させる。ふう、とひとつ息を漏らす暇もなく俺の眼前には既に二射目の砲撃が迫っていた。ありゃりゃ、間を置かずに連発できるのか。急ぎ魔力濃度を濃い目からかなり濃い目へと調節して捕獲能力を高め、黒鉄の弾を抱きしめてかき消す。……うん、一発目よりはスムーズに止められたな。このぶんなら何連射されようが取りこぼす心配はなさそうだ──なんて、そんなに甘いはずはなかったな。


「おーおー、壮観な様だな」


 もう血は消えているもののなんとなく鼻の下を拭いつつ城砦の様子を確かめれば、こちらに向いている砲塔がいつの間にか増えていた。ささっと数えるに……わお、百二十八門。それだけの発射口がひとつ残らず俺だけを見据えている。剣といいこれといい基本的に火力至上主義のようだなー、黒鉄の魔女さんは。


 些か度が過ぎているようにも思えるが、しかしここは俺のホーム。ディータにとってはアウェイであり、故にいくら周辺に被害を撒き散らそうがちっとも構わないわけだ。対して俺のほうはそれを抑えるためにいくらか戦い方が制限される。今だって王都を庇う必要がなければ馬鹿正直に射撃の的になってやることもなかったのだし、はっきり言って状況はディータに味方している。敵地にありながら完全な優位を取ってくるとは、火力偏重の戦いぶりにしてはそこそこ厭らしい部分もあるじゃないか。


 なんて考えているうちに重なった砲音による空振が大気中に響いた──一斉掃射による飽和射撃。予見に過たず行われたそれの物量は脅威の一言であり、砲弾のひとつひとつを受け止めていては対処に間に合わないことは確定的。数発と持たずに俺は撃ち落されて、ついでに王都の中心街も陥落するだろう。そんな事態を許しては国王として失格だ。お飾りとはいえ国民の安全を保障する義務と多少の責任感くらいは俺にもある。守らない、という選択肢は取れないし取らない。ならばこうしよう。


 収納空間を広げるのだ。



◇◇◇



「……!?」


 黒鉄の城の玉座は操縦席でもある。城の移動、そして射撃。概ねそのふたつを行うためのものだ。その椅子に座る権利を持つただ一人のパイロットである黒鉄の魔女ことディータは、そこに腰かけながらまるで眠りにつくかのように瞼を下ろしていた。……言うまでもなくまさかこの場面において休憩などして気を抜いているわけではない。彼女の視覚は城の外苑と通じ、それによって外部にいる始原の魔女の情報を得ている。


 正確無比な砲撃もディータ自身の照準によるもの。無論、出せるだけの砲塔を展開しての一斉掃射も彼女の判断によって実行されたものだ。一射目、二射目に見られた防ぎ方では間違いなくこの量に対応しきれないだろうと考えてのことだったが──しかし。


 間(はつ)を入れずイデアに殺到した百二十八個の砲弾が、次々と消えていく。消失している、という結果だけを見るなら今までと同じだが。けれど決定的に違うのは、イデアが砲弾に触れる前から、その身に辿り着く直前にまるで神隠しにでも遭ったかのようにどこへともなく姿が見えなくなってしまう点にあった。それはそう、「消されている」というより「連れ去られている」という表現のほうが適切に思えるような、なんとも奇怪な光景だった。


「…………、」


 ただ佇んでいるだけにしか見えないイデアが何をしているのか、あれだけの数の砲撃に対しいったい何をしたのか。それは魔女たるディータにもわからない。あるいは城越しの視覚でなければもう少し気付ける事実もあったのかもしれないが、けれどそんなことはもはやどうでもいい。確かなのは最後の一弾までがイデアに命中することなく消滅したという、それだけが確かに突き付けられた現実である。


 ディータはそっと瞼を開ける。その鈍色の瞳には相変わらずイデアに対する戦意が燃えていたが、さっきまでとは異なる色もあった。


 それは納得。


 始原の魔女。長らく謎のヴェールに包まれていたその存在への、密やかながらに大いなる納得。まだまだ小手調べの段階ではあるが、けれども既に証明されたも同然だろう。イデアは魔女を名乗るに相応しい少女だ。そうでなければ自分を相手にここまで生き残れたりはしないのだからそれは自明の理である。賢者アーデラの言は決して大袈裟なものではなかったらしい。


 が、それはともかく。同胞と認める気持ちはあれど、だからとて侵犯を許せるほどディータはお人好しではなかった。むしろ自他共に異論なく認められるほどの癇癪持ちですらある。その激憤を抑えるための努力を惜しまない程度の良識は持ち合わせているものの──普段は『魔女会談マレフィキウム』の十二箇条を制定者のクラエルにも劣らず重視し、厳格に遵守しているのもそのためだ──一度火が点けばどうにも抑えが利かない悪癖だけはどうしても治せそうになかった。


 急に『始原』が表立ち、東方が活発化しても。会談を常に欠席している魔女のことなどディータはなんとも思っておらず、その情報を幾たびか賢者の口から聞かされても大した興味も持たなかったが。しかし故にこそ無関心の状態から、始原が南方の国まで『東方連書』という同盟に組み込もうとしていると知った際の感情の振れ幅には筆舌に尽くし難いものがあった。彼女自身それに戸惑うほどなのだ。傍目には情緒不安定な破綻者として映っているであろうことも重々に理解が及んでいる。


 けれど我慢できない。どうして「何かを奪われる」ことがこうも激しい怒りを呼ぶのか、何故「奪われかける」だけでこんなにも我を見失うほどに狂ってしまうのか、自分でも不思議なほどだった。


 一種のアレルギーのようなものかもしれない。と、賢者に言われて。なるほどそういうものかと思った。肉体的ではなく心理的な免疫反発アレルギー。その由来がどこにあるのかはともかくとして、心理疾患のひとつだと見做せばこの訳のわからない興奮にも一応の説明が付けられる、かもしれない。真相がなんであれ、とりあえずはそうしておいたほうがいくらか気が楽だと彼女はいつか独り言ちたことを覚えている。


「──来るといい。始原の魔女、イデア」


 席を立つ。砲塔を全て仕舞い、そして城門を開け放った。外部視覚を切る直前、イデアの顔にはちょっとした驚きがあった。大方まだ砲撃が続くとでも予想していたのだろうが……しかし無駄な行為を嫌うのはそちらだけではない、とディータは内心で零し、それからふと疑問を抱く。


 イデアが無駄を嫌うことを自分はいつどこで知ったのか。……アーデラが会談の場でそう言ったのだったか。そんな記憶はないけれど、しかし始原の魔女について知る機会などそれ以外には思いつかない。


 こつこつと。纏い直した黒鉄の鎧で硬く足音を響かせながら決戦の地へ赴くディータは静かに考える。イデアを目にした瞬間に抱いたこの気持ちがなんなのか。恐れではない、怯えでもない。けれど何故だろう。どうしてこんなにも──彼女には勝てないと。否、そもそも敵対してはいけないのだと心のどこかで強く感じてしまうのは。


 いったい何が原因だというのだろう……?



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― 新着の感想 ―
はっきり言って状況はヴィータに味方している。 名前が誤字かな?
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