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65.両成敗

 めたくそ恥ずかしいあの竜魔大戦についても、他の与太話と同列とはいえ、けれど伝わっているからには誰かがそれを記録していたということだ。だからこそ後世の今に語り継がれているわけだし。


 じゃあ誰がそれをしたのか、という疑問が出てくる。もちろん当時にも人はいたし、俺と竜の争いに巻き込むのも不憫だからと配慮だってしていた。アクアメナティスを避難させたのと同じように、とりあえずはまあ、なるべく死なせないようにとね。それが『始原の魔女』が魔法の始祖だと誤解されている原因だと睨んでいるんだが、そこはまだわかるのだ。しかし俺という存在が認知されるだけならともかくとして。竜魔大戦、などと題を付けられるほどあの頃の人間は大陸で何が起きているのか、その全貌を把握できていたとはとても思えない。そこが大いなる謎なのである。


 俺を見て聞かせたのはどこのどいつか。……そう悩むことでもなく戦禍の中においても聡く魔女と竜の確執を見抜けた人物がいたのかもしれないし、あるいはアクアメナティスを始め当時は珍しくなかった存在──つまりは人でも竜でもない別種族から人へと伝えられた可能性もある。それが真相なのだとしたら別段、そう気にすることでもないのだけれど。だがやることなすこと逸話になっているというのは(それも現在進行形でだ)そこはかとなくむず痒い。そこに必ず微妙な、あるいは多大な尾ひれが付いていることも含めてちょっと参ってしまわなくもない。なんというかアレだね、芸能人の有名税ってこういう感じなのかもしれないな。とか思ったり。


 ……っと、そんなことより今はスエゴスヴェリカのことか。


「大方の事情は把握した。モロウたちがどうすべきかを決め切れなかった理由も合わせてね」


 他地方の魔女まで出張ってくる事態になりかねない以上は安易に手を出してしまうわけにもいかない。加盟希望の国の受け入れを政務室に一任していると言っても、これは確かに国王であり魔女でもある俺こそが判断を下さなくてはならない一件だろう。最初は帝国の真似事をするのに慎重になっているだけかと思っていたんだが……。


「地方線を跨ぐっていうのは俺が思う以上に重大なことなんだな。そうと知れといてよかったよ、知らずにうっかりと何かやらかしてしまう前に」


 あはは、と笑い話のつもりでそう言ったのだがセリアもモロウも複雑な顔をしていた。そういう図がありありと浮かんでいるし、なんなら知った上でも俺がやらかすことを危惧しているようにも見える。え、なんだろうこの信用のなさ。俺は普段、良識ある王として彼らに振る舞っているつもりなんだけどな。それが完璧なものだと断じたりはしないけれど、こんな顔をされるほど酷い仕事をしているつもりもないんだが。


 こちらもこちらで複雑な気持ちになっていると、先に気を取り直したセリアのほうから質問があった。


「実際のところ、どうなのでしょう。伝説の魔女が何を考えどんな行動に出るのか、私たちではまったく想像も及びません。イデア様はこのスエゴスヴェリカの軋轢に南方の魔女がどういった反応を示すとお考えですか? 新王国が手を下した場合と下さなかった場合の双方をお聞かせください」


「餅は餅屋、というわけだねセリア……それはいいけれど、でもさぁこれ。俺からすると大したことじゃないとしか思えないんだよね」


「というと?」


「南方の魔女も別に南スエゴスに目をかけているってわけでもないようだし。担当区域の端にある一国ってだけだろう? だとしたらそこが片割れとどう揉めようが知ったことじゃない。っていうのが、俺が南方の担当にされていたら思うことかな」


「積極的に介入することではないと?」


「あくまで俺の考えだと、そうだね。勝手に当人らで解決してくれってところか。国から直接ヘルプが届けられたならその限りでもないけど……そこは俺のほうが聞きたい。実際のところどう? 東スエゴスが割と躊躇いなく新王国うちにそういう書簡を送ってきたように、南スエゴスもあっちの魔女に対して同じことをしそうなのか。というより、できそうなのか否か」


 助けを求める声があったとて、その魔女が俺と同じく腰を上げる気になるとも限らないが。そして国主に収まっている俺と違い、南方の魔女は組織を擁しておらず一個人のようである。国同士のやり取りとして俺の出動に期待する東側よりも、もっとダイレクトに魔女への要望とせざるを得ない南側のハードルはそれなりに高いだろう。程度に差はあれど、南方においては絶対的な存在がその魔女であることは確かなはずで、ならばそうおいそれと「来い、そして助けろ(要約)」という文言は送れない気がする。


 だがそれも南方の魔女のパーソナルな部分によって大きく変動することでもあるので、またまた魔女伝説有識者のセリアへと訊ねてみれば。


「支配域にどれだけ手を及ぼすかは魔女によってまちまちのようですが、南方においては……まったく手出しをしていなかった以前のイデア様や、帝国や魔法国といった強国犇めくが故に均整の取れている中央の魔女クラエルに次いで、締め付け・・・・の緩い魔女であるというのが定説です」


 何もしないというのは論外なので例から外すとしても、俺を除いた六魔女の中でも標準的な支配の仕方ではないかとセリアは言う。締め付け──つまりは魔女独自の規則やそれに伴った釘差し行為がほぼ無いに等しい中央と、ガッチガチにルールが定まっている他の地方との中間にあるのが南方であるということだ。それを踏まえた上での彼女の結論は。


「五分五分、といったところでしょうか。イデア様の仰られる通り南スエゴスが魔女へ助けを求めることは心理的に決して容易とは言い難いはずですが、どうしても避けねばならない手段かと言えばそれもまた否。強い対抗心を抱いてもいるようですし、東側に見下ろされ今後の国交が屈辱的なものとなるのが確定的であれば、自らも負けじと魔女へ打診する可能性は大いにあるでしょう」


「そうなると南方の魔女も動くか」


「それも確率としては半々かと。その根拠は、南方の魔女を語るエピソードとしておそらく最も有名な百年前の『両成敗』にあります」


 両成敗? なんとも題目らしくない題目だ。竜魔大戦なんてのよりはずっといいと思うけども。ともあれ聞く姿勢に入った俺に、セリアは講義で習ったであろうそれを思い出しながらゆっくりと語り始めた。


「あるとき、南方の中心にあるふたつの国がちょっとしたことから争いを始めたのです。小競り合いだったそれは年を追うごとに大規模なものとなり、共に消耗が強いられ、嫌気が差した両国の一部国民が政権には秘密裏に結託し、魔女の下を訪れ『この戦争を終わらせてくれ』と嘆願したのです。魔女はこれを承諾し、二ヵ国どちらにも武器を収めるようにと自らの言葉で忠告しました。けれど争いはひどく泥沼化しており、両政権は勝利に拘り意固地になっていたものですから、あちらが先に負けを認めないことにはこちらから争いを止めることもできない、と魔女の制止を半ば無視するように戦争が続けられました。すぐ後に二度目の注意が行なわれ、それも効果なしとみるや──魔女はその手でふたつの国を滅ぼしました。戦争を止めてくれと頼んだ者たちも含め、両方の民を根絶やしにしてしまったのです」


「…………、」


「これが魔法使いであればこの東方においても多くの者が知っているであろう、南方の魔女を代表する逸話です」


 ええ? 逸話というかそれは、ただの怖い話じゃない? 争いをやめさせるだけなら他にいくらだってできることもあったろうに、言葉の次は即暴力って。忠告が二度あったにしてもやり口が過激だ。しかも時の政権だけでなく国民を全滅させる徹底ぶり……いやまあ、確かに争いは収まったし永遠に起こらなくなったけどさ。とんだブラック一休さんだ、この解決のさせ方は。


「自ら進んで介入しようとはせずとも、人からの依頼に動く寛容さ。忠告を聞かないとなれば躊躇なく国を滅亡させる容赦のなさ。この相反するようにも思える二面性が南方の魔女の内部で両立しているのだとすれば、スエゴスヴェリカの件でどちらの面がより強く出るか。それ次第で南側による打診があった場合の行動も大きく変わってくるかと思われます」


「ふぅむ……難しいところだな」


 そりゃあ南スエゴスもそんな魔女には気軽にSOSなんて送れない。しかし意固地になっているのは百年前に消えたふたつの国も南スエゴスも同じだ。東に負けてたまるかの一念で魔女の裾に縋りつくことは確かに考えられそうであり、そうなるとそれを受けての魔女の反応如何でこちらとしても面倒なことになってしまう。


 その魔女が俺と同じように他地方が関わることを面倒臭く感じてくれるなら手出ししてこないかもだが、国を滅ぼした際のような悪い意味でのアグレッシブさを発揮されては大変だ──なのでベストなのは。


「南スエゴスは東スエゴスに一方的な不利を取ることを恐れている。そこさえ解消されれば何も問題はなくなるわけだろう?」


「では東スエゴスの加盟を断りますか? 南側との確執を理由にすればそれは充分可能ですし、他の参加国からも同意と納得が得られるでしょう」


「いやいや。せっかく加入したいと言ってくれているんだからそれには応えよう──その代わり、南方との確執をうちにも背負わせようというのだから、こちらからも条件を付ける。『東方連書』の後ろ盾を理由に南側に圧をかけることは絶対禁止、とかね。バランスを取るための具体的な案は政務室に投げたいけれど、いいかな」


「勿論です。イデア様がそう仰られるのでしたら論を待つまでもございません──両スエゴスヴェリカ間の調整はどうぞ僕たちにお任せください」


「助かるよ」


 それを明記して南側にも約束してあげれば、こんなことで足の引っ張り合いをしなくていいし、南方の魔女を刺激することもあるまい。うん、我ながらベターでいい決定を下したのではないかな?


 ……なんて、このときはそう思ったんだけどね。



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― 新着の感想 ―
魔女って全員不死なのかな? それとも不老だけとか長寿だけど不老不死ではないタイプも? 賢者ほどになると少なくとも長寿になるのかな? 不死と言っても、星の爆発に巻き込まれたりして塵も残らないと流石に死ぬ…
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