64.地方線
「調べてみたところスエゴスヴェリカ分断の発端となったのは王家に双子が産まれたことだったようです。当時の王は双子をひどく溺愛し、どちらに王座を譲るか決めかねた結果、同時に二人の王を君臨させるという誰の目にも明らかな愚行を犯しました。それでも両者が手を取りあえば良き治世も行えたはずですが、この双子同士は長きに渡り水面下で骨肉の争いを繰り広げていたものですから、いざ双方が王となったことでそれが表面化してしまったのです。国全体を混乱させた同じ顔を持つ王の禍根はいつまでも晴れることなく、やがて王家はふたつの政権に別れました。これが東スエゴスヴェリカと南スエゴスヴェリカ誕生の経緯となります」
「別れた経緯についてはノーコメントとして……北と南、西と東はよく聞くんだけどさ。東と南で別れるっていうのはちょっとどういう分け方なのか上手く想像ができないんだが」
「余程に互いが憎かったのか王宮は国の端と端に設置されておりますが、そうなったのが今から二百五十年ほど昔の話。その約半世紀後、つまり二百年前に賢者の発案によって制定された地方線がちょうどスエゴスヴェリカを斜めに横切ったものですから、それでいよいよ両国は東と南を国名の冠に置き別国となったのです」
ほーう、なるほど。地方の概念に則って東南分断と相成ったわけか。そしてそれまでは一応、二人の王の仲が壊滅的ではあってもひとつの国のままだったと。……果たして地方線に沿って完全に別たれたのは良いことだったのか悪いことだったのか。それはその頃の民に聞いてみないことには判じようもないな。
「国土はどうなっているんだろう?」
セストバルとステイラがそれで揉めていたものだから気になってそう訊ねてみた。話し合いではなく──聞くにそんなものは双子の王に望むべくもないようだが──勝手に決まった地方線に従った分割だとすれば、どちらかが割を食っていそうなものだろう。しかしモロウはこれに首を振った。
「両国の領土に大きな差はありません。国境が斜めに走っていることでの密接化においても時の王の争いから二百五十年が経った今では、どちらかと言えば良い方向へ作用しているようです。元々スエゴスヴェリカは広大な土地の上にある国だったこともあり、半分の大きさでも充分な国土を確保できていることにも関係があるのでしょう」
戦乱の時代に周辺諸国の中で独り勝ちを収めたセストバルも国土はなかなかのものだが、スエゴスヴェリカという国はそれ以上に広いようだ。何せ東だけ、南だけを見てもそれぞれセストバルに僅かだが勝っているという。東南を合わせた大きさは中央の帝国にも引けを取らない珍しい国のひとつであるらしい……とまあ、それはあくまで分断が起きていなければの話である。何せもう別の国同士だからね。とはいえ別に、分断当時のままに東南で憎しみ合っているわけでもないようだが。
「さすがに世代が変われば王家同士の関係も変化していくか……あれ? 今じゃ骨肉の争いも続いていないっていうのなら、どうして東スエゴスがうちに助けを求めてくることになる?」
「今の時代、対立の表面化こそ収まってはいますが、古くからの軋轢が完全に取り払われたわけではないようでして。そもそも互いを最大の取引相手として物流や人の移動も絶えず行われていただけに、どちらかがその立場から脱却するとなれば残される側は警戒して当然です。広く面する隣国であることまでは変わらないのですから、片方が著しく力を付ければもう一方の旗色は途端に苦しくなる。それを恐れて南スエゴスは東スエゴスを牽制し、『東方連書』へ加盟させぬようにしているのだと思われます」
つまり、現状は仲の悪さが再び水面下のものとなっただけということか。隠せるようになったのは即ち軟化と言えなくもないが、けれどいざとなればこういう事態になってしまうわけだ。目に見えた争いはしなくなっても外交面での丁々発止が絶えず続けられていたというのであれば、一番の国交相手にして潜在的な敵役である一方が強力な後ろ盾を得ようとするのを怖がる気持ちはわからなくもない。
だけどなんというか、普段はずっと喧嘩しておきながらいざ相手が別の相手──ここで言う『別の相手』とはつまり新王国率いる新たな同盟のことだが──に誘われた途端にその手を掴んで離そうとしないのはちょっと……お話のヒロインならそういうムーブをしても可愛いかもしれないが、国がやっていることだと思うとややげんなりするな。
「だけどさ。目と鼻の先で拳を振り上げられていたらそりゃ怖いだろうけれど、いくらなんでも外交上それを本当に振り下ろすことまではしないだろうし。東スエゴスは南からの脅しになんて耳を貸さず加盟に動けばいいんじゃないのか? 条約国になってしまえばそれこそ南スエゴスは新王国や他の東方国を恐れて何もできなくなるだろう」
「いえ、それがそうもいかないのですイデア様。ここで話をややこしくさせているのが、まさに東スエゴスが東方にあり、南スエゴスが南方にあるその事実でして」
「うん……? 何かのトンチか?」
「ここ東方にイデア様がおられるように、南方には南方の魔女が座しているということです」
──あ、そっか。地方ごとに魔女はいるんだものな。前にも聞いたことなのにすっかりそれが頭から抜け落ちていた。ということは何か、地方線を跨ぐ以上これは東南スエゴスヴェリカだけの問題ではなく、魔女と魔女の問題にも発展する事態だというのか。
「南スエゴスが実際に南方の魔女から何かしらの支援を受けている、という事実はないようです。しかし、南方に属しているからにはその魔女の庇護下にあることは間違いありません。それが帝国を始めとする他の強力な国々の後援を持たない南スエゴス唯一の頼り。その点は『始原の魔女』の威光を借りる東スエゴスも同様であり、両者は完全に対等な立場にあったと言えるでしょう……つい昨年までは」
だが今年からは事情が変わってきた──それは何故か?
無論のこと俺のせいだ。
「南方の魔女と異なりイデア様は国を持ち、他国の問題に介入し、東方を強固な一枚岩とすべく条約を掲げた……と、周囲はそう考えているはずです。動かざる始原の魔女がついに動いたのだと。名を借りるばかりで直接の後押しはなかったところにこうもわかりやすく地方全体を押し上げる土台が設けられたのですから、それに乗る資格がある東スエゴスは当然一も二もなく飛び付きたがり、資格持たぬ南スエゴスは抜け駆け許すまじとその足を掴み放そうとはしません」
「仲良く地べたに座っていようぜ、ってことか」
「はい」
みみっちい、とまでは言えないか。南側のやっていることは。そしてその手を振り払えない東側もまた臆病の謗りを受けていいものではないだろう。魔女の名がいかに特別なものであるかは国興しからこっち、よくよく理解できてきているところだ。
ここ東方において俺の名が自分でも引くほどに力を持っているのと同じく、南方においては南方の魔女の名が凄まじいバリューを発揮するのだろう。それは南スエゴスだけではなく、南方に面する東スエゴスにも一定以上の影響を及ぼしていることは想像に難くない。となれば手も足も引っ張ってこようとする彼らからすれば鬱陶しいことこの上ないであろう南側に対し、だからと言って強気に出られないのも仕方がないことなのかもしれない。
「東方にある東スエゴスが力を持つことで結果的に南スエゴスが外交や経済で損害を被るとなれば、それは南スエゴスを庇護下としている南方の魔女への迂遠的敵対行為にも取られかねない。と、東側が真に恐れているのはそれなのでしょう。万が一にも魔女に見咎められては自国だけではどうしようもありませんからね。ですから条約に参加するより先に新王国の──始原の魔女の加護を欲しているのだと思われます」
「背中を撃たれないために文字通りの後ろ盾を要していると……」
南側の拳が怖くて動けないのではなく、その背後にある南方の魔女の目こそが怖いわけか。それに対抗しようとするなら、目には目を。東方の魔女である俺の名をより積極的に使わないことには叶わない。そう考えての打診だったのだな。
うむ、ここまで整理されるとよく理解できたよ。同名のふたつの国の微妙な関係性。それには俺も決して無関係じゃないらしい。いやまあ、てんで与り知らぬことではあるんだけどね。
「それにしても地方線ができたのが二百年前って。今では仲良く各地方を分担しているようだけど、じゃあその制定まで魔女たちはどこでどうしていたんだ?」
スエゴスヴェリカのことは一旦置いておいて、ちょっと気になった部分に言及する。するとこの質問に答えたのはやはり、モロウよりも魔女伝説に造詣の深いセリアであった。
「どうしていた、というよりも。魔女が主に活動している地に合わせてそこに地方が敷かれたと言うべきかと。それがたまたま東西南北と中央に区分けできたというだけで……勿論、魔女ありきの仕切り方ですからそこまで綺麗なものではなく、担当する魔女が一人の地方もあれば二人いる地方もありますが」
ひとつ所に二人の魔女。それもなんだか大いに揉めそうな感じだが、訊きたいのはそこ以上に──魔女はいつからその存在が認知されているのか、という点だ。
「少なくとも二百年前の『魔女会談』で地方制定が為されたよりも以前から存在していたのは間違いないでしょう。しかしその活動が記録に残るようになったのがこの制定と共に魔女の支配域が知れ渡り、同時に国々の王ではなく魔女こそが大陸の支配者であることを人々が理解してからのことになりますから、それより以前に関しては極端に情報が少なくまた非常に曖昧なものとなっているのです。イデア様でいうところの『最古の伝説』……竜魔大戦や悪神破りなどがその代表ですね」
はーん、なるほど。ということは信憑性のある逸話は直近二百年の出来事に集中しているわけか。で、もっと昔のこととなると魔女の認知度が──おそらく国単位でなく街や集落ごとに──バラバラだったせいで整合性のある情報が記録として残っておらず、そして残っていてもそれが確かな真実であるかはあやふやなものばかりであると。まあ噂レベルの単なる話の種としてはその程度でも充分だろうし、実際の出来事である俺の古いエピソードもまったくのホラ話の群れに埋もれてしまっているようだが……はて。
考えてみると、これはちょっとおかしなことだぞ。




