表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/277

63.その名を騙る

 インディエゴを出る際、持て成しの用意もあると一度は引き留められたが、手早く終わらせたい仕事が待っているのだと丁重にお断りした。竜宮城よろしくのご馳走様や見世物が待っているとなればその中身に興味が湧かないでもなかったが。時間に切羽詰まっているわけでもなし、充分にそれを確かめることもできはしたのだけれど、しかし精霊が人のために準備したものってたぶん……いやほぼ確実に、リアクションには困らされただろうな。


 国の景観を思えば踊りだとかのパフォーマンスには期待できるかもしれないが、料理は絶対ダメだ。だって精霊って食事しないもの。普段料理をしない者が作ったご飯というだけでも地雷臭がするというのに、まずもって食事と縁がない精霊ではいくらトゥーツが人の真似をするのが上手いと言ってもまともなブツが出来上がる気がしない。……それはそれで刺激的でいいか? けどなぁ、そもそも俺自身が食事を必要としないからなぁ。いまいち食指が伸びないのよ。


 不死になってもらえばわかると思うけど、必要なくなるとマ、ジ、で、何も食べる気がしなくなる。腹も減らないし栄養を摂る意味もない。そうなると口に物を突っ込んで顎を動かすことが非常にバカらしくなるわけだ。満腹だと誰だってメシを見るのも嫌になるだろう? 俺は慢性的にその状態だと思ってもらえばいい。なので普段は飲み物くらいしか口にしないし(しかもその大半は黒葉の茶だ)、食べるにしても甘い物……デザート類くらいかな。果実とか、最近じゃ王都にある店のケーキとかもちょくちょく頂いている。有名店とは言うが俺からすると少し粉っぽいんだけどね、あの店の商品。クリームとかもぜんぜん使われていなくて味気ないし。


 まあとにかく、断るが吉だったということだ。さっさと帰ろうとする俺にアクアメナティスは少々残念そうにしていたが、しつこく食い下がってくるようなことはしなかった。助かる。割と押しに弱いからね、俺。なんにせよウン百年ぶりの再会にしてはさっぱりとした別れ際だった。まあ、王同士なのだ。長らく会わなかったこれまでと違って今後は彼女ともそれなりに顔を合わせる必要があるはずなので、変に別れを惜しむこともないだろう。


 これで『東方連書』に基づく条約加盟国に新たな国が名を連ねたことになる──アクアメナティスとしても、俺が東方で何をしようとしているにせよ、ひとまず味方側の立ち位置を得られたことにほっとしていることだろう。人そっくりになれるトゥーツメナティスを新王国に駐留させる約束もしてすかさず交流の活発化を図るあたり、国主らしい抜け目のなさがあって大変けっこうである。加盟の事実だけにあぐらをかこうとせず、積極的に動くアクアメナティス。これは以前の何もかも俺に言われるがままだった彼女を知っている身からすると少々味わい深いものがある。


 しばらく見ない間に親戚の子がえらく大きくなっていたような感じだ。そんな経験は前世でもないけれど、例えるならということね。実際に見かけも大きくなっていたし……今では俺のほうが彼女の掌に乗れるほどで、完全にあの頃と逆転してしまっている。だからどうだということでもないけれど。


 ということでイデア城──この名前、自分ではとても言い辛いんだがなんとかならないかな──へ帰還。執務室で軽くセリアと話し、次またインディエゴを訪れる際には彼女も同伴させることを約束したところで俺の帰りの知らせを受けたモロウが部屋まで急行してきた。ので、より詳しく何をしてきたか説明する。


 海底国家、それも今はまず見られない精霊の国ということでその様子についてはモロウも興味深げにしていたが、そちらよりも彼は途中で出てきた魔女の名にこそ強く反応を示した。


「お言葉ですがイデア様。それは真実、魔女だったのでしょうか? その名を騙る者にインディエゴの女王が欺かれた可能性もあるのでは」


「さあ、どうだろうな。仮にも俺の戦いを間近で見ているアクアメナティスが『魔女と名乗るに相応しい』と認める程度には、そのクラエルという少女には確かな力があったってことだろう? だとするなら世間からそうと認められている人物なのかは別としても、少なくとも魔女を名乗れる程度には実力も伴っているわけで……それはもう知られていないだけで魔女の一人と言ってもいいんじゃないかな」


 むう、とモロウは呻る。その様子からして魔女伝説を知る彼からしても──そもそも知らないのは俺くらいなものだけど──そして俺という一応の本人を目の前にしていても、魔女とはそう簡単に行動の痕跡が見つかると思えるものではないらしい。珍獣か何かなのかな?


「まず『クラエル』という名についてはどうなんだ? 聞き覚えはあるのか、二人とも」


 室内にはモロウを連れてきたマニもいるが、いつもの如く彼女は明後日のほうに視線を向けているのでこちらもいないものとして扱いモロウとセリアにだけ訊ねる。すると両者の返答にはそれぞれのスタンスを示す顕著な差があった。


「まったく知りませんね。魔女伝説とは僕にとって即ちイデア様の伝説に相違ありませんので。他の魔女のことなど、それもイデア様と同列などと自惚れている者たちのことなど知りたいとも思えません」


「東方においてはイデア様の知名度が圧倒的ですから、モロウと同じように他の魔女の名を知らない者も少なくはないかと思われます。ですが魔法使いであればその限りではありません。実際私も魔法学校の座学でほんのさわり程度ではありますが魔女と賢者について学びましたので、クラエルの名にも覚えがあります」


「なんと! 他の魔女について関心を持つとは、バーンドゥはとんだ浮気者のようですよイデア様!」


「断じて違います。知ることは魔法使いの根幹にして本位。魔法を学ぶ上でもその土台になるのは知識欲と向上心でしょう。イデア様以外の魔女について知ることもまたそれに含まれます。むしろ意図的に視野を狭めているモロウ、あなたがおかしいのでは?」


「あーやめやめ。まずは俺の質問にだけ答えてくれ。セリア、クラエルについてどれだけ知っている?」


「中央に座す魔女であり、『魔女会談マレフィキウム』においても中心的な役割を果たしているらしい、とだけですが……」


 んー。まあ、そんなものか。賢者入りを目指していたノヴァですらも魔女会談の内実まではよく知らないようだったしな。他地方の魔女のことまで委細詳しく把握するなんてことは難しいだろう。しかしだとするとクラエルが本当に精霊魔法の使い手かどうか、そしてこの東方にまで足を運んだことがあるのかどうかもまるで定かではなく、翻ってアクアメナティスの言う魔女が彼女本人なのかも推察のしようがないぞ。


「だけど少なくとも、クラエルという魔女が実在していることは確かなわけだ」


「そのようですね。先ほどはああ言いましたが……招かれるまでもなく海底国家を発見し、自然の砦とも称せる立地に容易く侵入を果たせるほどの者である以上、その者が魔法使いであることはほぼ間違いはなく。そして、魔法使いであるならば魔女を騙ることのリスクも重々承知しているはず。ですので僕の見解としては、訪問者はまずクラエル当人なのではないかと」


「ふむ。セリアの意見は?」


「私も本人であると見ています。インディエゴの女王が語った魔女の像が、噂に伝え聞く件の彼女のそれと一致するものですから。曰く、他の魔女と比しても最も公正で、人に近しくあられるのが『晴嵐の魔女』クラエルとのことですので」


「晴嵐の魔女……」


 俺で言う『始原の魔女』みたいな呼び名がそれか。どういうきっかけでそう名付けられたのかちょっと気になったが、俺の始原がまず意味不明なので訊ねたところで意義もなし、かな。まずセリアも知らないだろうしね。


 とにかく識者二人が(モロウは魔女伝説の識者と言っていいか少し微妙みたいだが)揃って本人である可能性が高いというのだからそうと見做しておいていいだろう。そうなると、自分の勧誘を断った水精が他の魔女の膝元に傅いていると知ればクラエルとしては面白くはないだろうな……けれど幸いなことに、アクアメナティスの口から俺に向けた忠義は既に語られているので、今更怒り心頭になったりもすまい。断られた時点から今日このときも、そして明日も明後日も怒り続けているのなら話は別だが、いくらなんでも晴嵐の魔女様もそこまで暇ではない──といいな。


 恐ろしいことに腹立ちをいつまでも持続させる人って一定数いるからねえ。こればっかりはわからないぜ。


「ま、いいや。どうせ魔女会談に関わるつもりもないんだから他の魔女がどこで何をしていようと気にすることじゃない……それよりも。謎の石板についてはこれで片付いたとして、あとひとつ。隣接している南方の国との関係悪化を恐れて『東方連書』に署名したくてもできないという例の国のことだけど。なんていうところだっけ?」


「条約加盟を希望している東方の国が東スエゴスヴェリカ。それを快く思わず牽制している南方の国が南スエゴスヴェリカですね」


「……聞き間違いかな? どっちもスエゴスヴェリカと聞こえたんだが」


「はい、どちらもスエゴスヴェリカです。元々はひとつの国だったものが東と南に別れて現在の形となっております。地方線で明確に区分されているためにセストバル・ステイラ間のような領土問題はありませんが、互いへの感情には少々複雑なものがあるようですね」


「ほほう」


 それはまたなんとも、セストバルの一件に負けず劣らずややこしそうではないか?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 元々はひとつの国だったものが東と南に別れて現在の形となっております。 こういった表現の場合対極にある方角を使うのが一般的だと思う。 名前は東スエゴスヴェリカ、南スエゴスヴェリカだが、 元…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ