62.竜と魔女の差
大戦、なんてどれだけ大仰に称したところで所詮喧嘩は喧嘩、自慢できたものじゃない。その原因がほとんど縄張り争いにも等しいことを思えば、まさに不良、あるいは野生動物のそれに同じである。いやはや本当にお恥ずかしい。今以上に未熟だった時代のこと、相当に苦戦もしたしな……それでも精神面では今より幾分かギラついていたので、あの頃の俺のほうがたぶん強いと思うけれど。
なんにせよだ。アクアメナティスとはその竜魔大戦が本格的に激化しだす前からの知り合いであり、三弟子よりもずっと古い付き合いがある。彼女の変貌ぶりは凄まじいが──昔は俺の掌に乗れるくらいのサイズだった──しかし最後に別れてから何百年という年月が経っていることを思えば、まだしも以前の面影を色濃く残しているほうだとも言える。まあ、その頃からまったく容姿に変化のない俺が言っても説得力なんてないかもしれないが。
「小さな湖の住人だった君が今や国主とはね。立派になったものだ」
「それもイデア様に救いの手を差し伸べていただいた故のこと──改めまして、ここに再会できたことを心より祝しとうございます」
アクアメナティスが国王ならばこちらもまた国王だ。湖のほとりで出会った名もなき水精と名乗らずの魔女だった頃の俺たちから、えらく出世してしまったねぇ。まさかいずれこんな立場になって再会しているなどとはもちろん、当時においては思いもよらない。人生何が起こるからわからないものだよ、本当に。
「ただちょっと、インディエゴの国民は気になるな。海上から案内してくれたリドルも扉の向こうにいるアークも。気配が君と一緒だ。似ている、とかじゃなくまったくの同質。俺には君も国民もまったく同一の存在に見える……より正確に言うなら、他のメナティスは全て君の一部であるように思えるんだが」
「わたくしの身より別たれた娘たちですので──言わば個別の意思持つ分体のようなもの。人と精霊の感覚は異なるようですから、イデア様の目にはそこに違いなどないように映るかもしれませんね──」
「なるほど。マザーから生まれたっていうのはまさに言葉通りの意味だったわけか……単為生殖とは興味深い。精霊というのは皆そうやって増えるのか?」
「力を得た精霊から小精霊が生じることは水精に限らず共通していることでしょう──今となっては他属と出会うこともなくなりましたが、わたくしのように人のいない土地で古き営みを続けている精霊もいるやもしれません」
「そうだといいな」
まあたぶん、いると思うね。精霊使いの魔女がいるくらいだし、アクアメナティス以外にも長として子ども(分体)をぽんぽんと増やしているようなのも、どこかしらには。
精霊というのは本来なら起こり得ない魔素の局所的充満や土地単位の偏りが生じた際、そこに自然発生する形なき命だ。人よりも強大な力を持つ竜が大陸を支配していた時代には彼らによって魔素偏向がひっきりなしに引き起こされ、結果として精霊もたくさん生まれていた。そして惨いことに、たくさん殺されてもいた。俺が言うのもなんだが竜という生き物はとても横暴で、それ以外の種族になどなんの敬意も持たない者ばかりだった。まずもって同族でも上下の競争が激しかったものな。
そんな連中がまさか自分たちのおこぼれで生まれたような小さな命などを尊重するはずもなく、足元の蟻も同然に精霊は踏み潰されて消えるのが常だったのだ。このアクアメナティスもあと一歩でそうなりかけていた。戦地となるであろう場所に住みながらそこから出ていくこともできなかった彼女が逃げるための手助けをしたのが俺、ということだね。
繰り返すが戦地にさせた原因は俺にあり、逃がす過程でも別段何に苦労したこともなく、こんなのちっとも感謝される謂れがあると行為とは思えないのだが……とはいえ礼すら受け取らないのではかえってアクアメナティスの気を悪くさせてしまうだろうから、ここは厚意に甘えておこうかな。
「聞くにインディエゴの民は、君次第でいくらでも増やせるみたいだな?」
「多くし過ぎては統制が行き届きかね、またこの地も手狭になってしまいますから、近年では分体の生成を控えておりますが──今以上に多くを生み出すこと自体は可能です」
「上限を設けているわけか。でもそれは管理上の問題であって君のリソースには余裕もあると……だったらアクアメナティス。マザーである君にちょっと頼みたいことがあるんだ」
「──イデア様のご要望。救っていただいたあの日よりそれが聞けることを待ち望んで参りました。わたくしにできることならなんでもいたしましょう。どうぞなんなりと仰ってください──」
「君の娘をくれないか。全部じゃなくて、ほんの五十体ばかしでいいんだけど」
「──……、」
一瞬の間。いくらでも生み出せるというのならいくらか貰っても構わないだろうと思ったのだが、さすがに一度に五十の穴が開くのはマズいかな。甘えるにしてもちょっと要求し過ぎたか、と反省しかけたところで。
「承知いたしました。連れていく者はご自身で選ばれますか──?」
「いや、俺じゃあどれが誰だかわからないし。それはそっちで見繕ってくれたら助かる。でもそうだな、アークが一体は欲しい。そしてできれば全部の階級を数体ずつ、メインにはリドルを据えてくれたら言うことなしだな。主要層にしているだけあって一番よくできていると思うから」
アクアパレスまでの移動中にさらっと見た程度だけどね、他の階級は。だけど案内役だった彼女も含めて、やはりリドルこそが最もバランスがいいのは間違いないだろう。
貰う理由? それはあれだ。最近ちょっとクラフトに凝り出している俺なので、是非とも水精を素材にしたいと考えたのだ。というのも、いい加減にすっかすかである我が王城の警備体制を整えたくてね……かと言って人を雇いたくはない(というかそうぽんぽんと雇えない)ので、案としては他のものがあったのだけれど、それはそれでまた別の問題が立ちはだかるという八方塞がりに陥っていた。のを、水精が解決してくれるかもしれない。なのでこうして分けてくれないかと頼んでみたわけだが、思った以上に快諾してもらえて何よりである。
「一応の確認だけど、貰ってしまってもいいんだよな? 返却はできないぞ」
「はい──理解しております。イデア様がそれを望まれるのでしたら、どうぞ遠慮なく娘たちをお役立てください──」
「ありがたいことだ」
補充が利く、と言っても分体生成とやらがそれなりに手間のかかることであるなら貰う数を半分程度に減らしてもよかったんだけれども。欲しがりな俺にだってそのくらいの分別や気遣いはある──とまれ、アクアメナティスがそれを良しとするのなら頂戴してしまって構わないだろう。これで昔の恩義を返すことができたと彼女もいくらか気が楽になるだろうしね。
◇◇◇
呼び寄せたリドルを中心とした五十体の我が子。それを袋にでも詰めるように見えない何かに収納し終えたイデアは、傍目にも楽しげであった。彼女の下で娘たちがどうなるのか。それは定かではないが、けれど元はこの体より分かれし同体。どのような運命を辿るにしてもとうに覚悟ならできている。これは水精の国インディエゴの総意である。
そう、理解していたことだ。そしてそれを望んだのも自分。そも、この国自体がいつか来たる恩返しのときに備え、魔女の如何なる希望にも沿えるようにと力を蓄えんとしたことが興り。自身を含むこの地の全てを寄越せと言われても差し出すつもりでいた──だというのに、娘をくれという彼女の要求に一瞬でも言葉を詰まらせてしまった己をアクアメナティスは深く恥じた。
魔女にはわかるはずもないし、わかってもらう必要もない。元は一個とはいえメナティス全員が可愛い娘であることなど、きっと本質でしか物事を捉えられない彼女にはまるで理解できないことだろう。故に、自分がどんな想いで消えていく子どもたちを眺めていたか。そんなものは悟ってほしくなかった。アクアメナティスは、そしてインディエゴはあくまでもイデアという巨大な者に一心に従順であらねばならない。
殊更に他者を虐げないというだけ。竜と魔女の差などたったそれだけでしかないとアクアメナティスは存じている。似通った存在だからこそ相容れなかったのだ。大陸中を震撼させ世界を一変させたあの争いも、大方は魔女の行動に起因するものだったとも承知している。しかし。
同じ暴威であれど、竜に慈悲はなく。だが魔女にはそれがあった。まだしも僅かなりし慈しみの心があった──イデアの審判には救済も含まれていた。それによって命を救われたばかりか、名と魔力を与えられて大精霊へと至ったアクアメナティスは、己と比べてあの頃よりも小さくなった、しかしより異質に強大くなっているイデアを自らの母のようにも思っていた。つまりは、メナティスの祖母にも等しい者が彼女であると。
「どうぞ有意義にご使用くださいませ──」
巨体を折り曲げて粛々とそう述べたアクアメナティスに、小さな魔女はにこやかに笑みを返した。
「もちろんだよ、こんな面白い素材を無駄遣いなんてするものか。君の分体はきっちりと役立てるから楽しみにしていてくれ。と言っても、直接はうちに来られないのが残念だな。見せてあげられそうにない」
「でしたら今後はイデア様のお国へ伝令を向かわせる許可をいただけますでしょうか──是非とも同盟国として密に連絡を取り合いたく思います」
「トゥーツをか? そうだな、それがいい。そうしたほうが君も安心だろう」
うちのやつには俺から話しておこう、と約束するイデアに大精霊は今一度深く頭を下げた。それはきっと、時を越えて再び魔女の庇護下へ入れたことへの安堵も大いに関係するものだった。




