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56.逸材

 伸ばした根も回収し、フラン君から手を放す。彼は仰向けに倒れたまま荒い呼吸を繰り返している。そしてそれが一向に治らない。決着の余韻と言うにはなんだか尋常ではないので、最初は黙って見下ろしていた俺も思わず心配になって彼の傍にしゃがみ込んだ。


「おーいフラン君。大丈夫か?」


 目を開いてはいるがちゃんと見えているのだろうかとその顔の前で手をひらひらとさせてみれば、リアクションがあった。目の前で動く物を追いかける生理的な眼球の反応ではあったが、それで意識も定まったのか、手をどけた俺に彼は恐る恐るといった調子で訊ねてきた。


「自分……生きて、いますか?」


「なんで死ぬと思ったのかは知らないけれど、うん。生きているよ。まさか力試しで君を殺すはずがないだろう?」


 それは彼が俺を殺すのと同じくらいにあり得ないことだ。おそらくだがフラン君は、魔力を根こそぎ奪われるというこれまでにしたことのない体験に過度な恐怖心を抱いたのだろう。吸われている間すごい顔していたもんな。恐怖漫画みたいな。経験があればあんな、まるで魔力だけでなく命ごと吸い取られているような表情にはならないと思う。


 何が起きたかわからず混乱しているのなら、ちゃんと説明してあげたほうがいいかな。


「最初の接触では単に魔力を流し込んだだけだが。二度目は君の中に根を張った。俺の手から潜り込ませていくイメージだ」


「自分の中に入ってきたのは、やっぱり……魔力で作られた根だったんですね」


「そうだな。そして根っこらしく養分を吸い取った。原理で言えば、根とその付近は俺と君の魔力が混ざり合った混成のものになる。それを強引に俺だけの魔力だと定義して所有権を独占させてもらったんだ。溶岩化のために用意した魔力を奪われた君はだから何もできなくなった……あの状態でも新たに魔素を吸収できればその限りではないけれど、まあ、難度は高いよね」


 彼の無名呪文における魔力の使い方としては、身体強化のそれと似たようなものだった。溶岩化の発動と維持のためにフラン君はその身に多量の魔力を取り込んだ状態でいた──それを俺がそっくりそのまま頂戴した形だね。軽く言っているように聞こえるだろうが、しかしけっこうな量だったよ、彼が生み出した魔力は。


 効力からして消費も相応に強いられるということなのだろうが、それにしても人が魔素から得る量としてはちょっと多すぎるというか、過去にも覚えがないかもしれない。しかもそれでいてこの子、まだ上限ではないな? 根で吸い取るついでに探らせてもらったが、どうもフラン君にとってはここがスタートラインのようである。つまり彼にはもっと上があるということ。これは有望なんてものじゃないぞ。


 その理由がどこにあるにせよ、彼を見つけた学校長が賢者へ紹介した心情については概ね理解できたかな。何しろまだ十六にしてこの完成度と伸びしろなのだから、これは破格の一言だろう。


「生成量も出力も操作速度も申し分なし。保持量も高水準。魔力の扱いについてはセリアやダンバスと比べてもピカイチだな。だけどそのぶん、呪文の扱いの拙さが目立つか。ただ撃つだけじゃあ覚えた呪文も魔力も宝の持ち腐れになってしまうよ、フラン君。君の場合はそれでも充分な武器になるだろうが、才能が十全に活かされないのは勿体ない。そういう無駄は俺は嫌いだ」


「……、」


 ぐす、と彼は目に涙を浮かべた。え、泣くほど? そんなに厳しいこと言ったかな。ミザリィに厳しく言ったつもりで喜ばせたばかりだというのに、彼についてはこの程度でも傷心させてしまうのか……まあ見た目や雰囲気は完全に箱入りお嬢様って感じだものな、この子。その才能で魔法学校では常に周囲から持て囃されていたようだし、多少打たれ弱くてもそれはしょうがないことなのかもしれない。


「小さい呪文で牽制しつつ大きな呪文に繋げるとか、拘束したところを狙うとか。君なりの工夫があったことは認めるけどね。だけどあれは小綺麗が過ぎる机上の実戦だ。やって当たり前のことでしかないんだから、冴えたものでもなければ君にしかできない戦い方でもない。オリジナリティに欠けるのは頂けない……そこは要改善と覚えておくことだ」


 たとえば、彼とミザリィが向かい合った場面を想定するとして。フラン君は負けることこそないだろうが、逃げに徹する彼女を捕獲することもできないんじゃないかと俺は予想する。シチュエーションにもよるだろうが、しかし状況が入り組めば入り組むほどミザリィのほうが輝くに違いない。これは才能というより世間ずれならぬ実戦ずれしているかどうかの違いだ。


 ミザリィが持つフラン君にも劣らない貴重な要素であり、裏を返せば経験さえ積めば今はお嬢様然としているフラン君にも問題なく伸ばせる部分でもある。要改善と言っても深刻な欠点ではない、ということだ。


「最後に油断が見えた以外じゃここくらいでしか減点はないし、これが減点対象になってしまうのも君に素晴らしい力があるからだ。だから俺としては褒め言葉と受け取ってほしいところだね。別に泣く必要はないと思うが? フラン君」


「でも……」


「でも?」


 か細い声で何かを言うフラン君。涙を必死に堪えているのもあって非常に聞き取りづらいそれを聞き取るために耳を寄せてやれば、どうやら。三回の有効打ヒットを取れと言われて達成できなかったことをえらく気にしているらしい。なんでそんなに、と疑問を呈せばその理由が判明。彼はそれを宮廷魔法使いになるための必要条件だと勘違いしていたのだ。


「いやいや。あれは君の勝ちで腕試しを終わらせるための条件だから。確かにそれは達成されなかったけど、雇用の審査とはまた別だよ。というか君を雇うことはもう決まっているしさ」


「そ、そうだったんですか!?」


「うん」


 仰天する彼に肯定を返せば、暗かった表情がぱあっと明るくなる。涙はそのままだが、これは泣き笑いだ。「よかったぁ」と心底から嬉しそうにしているフラン君は無邪気な子どものようだった。そうかそうか、ここで働くことをそこまで喜んでくれるか。城の持ち主として俺も鼻が高いよ。


「よろしくな、フラン君」


「は、はい! 自分、イデア様のために精一杯働きます! それであの、お時間のあるときでいいので、今日みたいにまた……」


「ああ、いいよ。都合がつくときならいくらでも」


 答えつつ、彼の手を引いて起こしてやる。虚脱感はあるだろうが体力までは奪っていないのでもう立てるだろう。そうしながらセリアとミザリィの様子をちらっと確かめるが。うーん、この流れで自分から挙手してくれるかと思ったのだがどうもそんな雰囲気ではないな。思った通りの結末だ、みたいなやれやれ感が二人にはある。


 こうなったらもう仕方ないか……どうせフラン君を見るのなら一緒に彼女たちも見ないのは損というか、効率的でないものな。つまり無駄をすることになる。それは信条としてできるだけ避けなくちゃならないので、うん。仕方ない仕方ない。


 というわけで手招きすれば、二人は何事かと気にしながらも素直に傍へ来てくれた。あ、マニはいいよ。そこで待機ね。


「今後フラン君には俺が教えられる範囲で教えていきたいと思うんだけど……せっかくだし二人もどうかな? 魔法学校みたいにとはいかないだろうけど、講義みたいにしてさ」


「それが許されるのであれば是非とも参加したくはありますが……イデア様はよろしいのですか?」


「負担だとは思っていないから気にしなくていい。ミザリィは?」


「勿論私も出席させていただきますわ」


「よしよし。じゃあ、時間が取れたらその都度やっていこうか。ちなみに強制じゃないから他に用事があるならそっちを優先してもいいよ」


 と言っておかないと全員が絶対参加の強迫観念に駆られそうな気がしたので釘を刺しておく……いやニュアンス的には釘を抜いたのか。あまり念押しするとかえって反対の意味に取られかねないのでその一言だけに留めたが、ちゃんと伝わってくれているといいんだけど。使命感でガチガチになられるよりも俺としてはのびのびと育ってほしい。弟子たちもそういう教育方針で接していたし……アーデラだけは少し事情が異なるが。


「それじゃあ正式に雇用が決まったことだし、モロウとダンバスにも改めて挨拶しておいてくれ。セリア、仲介をよろしく」


「かしこまりました」


 他に人がいるときのお堅いモード全開のセリアがマニにも負けない恭しい仕草で礼をして、それに続いて頭を下げたミザリィとフラン君を連れて居館へと戻っていく。しかしよく見ると去っていくフラン君の足元がまだふらついているので、マニに支えてやるように言えば、ささっと追いついた彼女は迷うことなく彼を横抱えにした。いわゆるお姫様抱っこだ。なんだかマニの背中越しにもフラン君が恥ずかしそうにしているのがわかる気がしたが……まあいいだろう。俺から見ても彼はああやって運ばれているのがよく似合うことだし。


 さて、と。一人になったところで、彼の攻撃によって黒炭となった地面の一角を踏みしめながら俺は考える。


 フラン君は若く、成長期にある。あの体格からすると身長の伸びはもう期待できないかもしれないが、そこはどうでもいい。着目すべきは容量の伸びだ。通常それは第一次成長期の時点で個人の定量まで育ち、あとはどれだけ修練を重ねてもその発展は遅々としたものになるが──だからこそ三弟子もこの時期に俺の調整が加えられている──フラン君に関してはどうにもその定説が当て嵌まっていないようである。


 例があるなら例外もあるのは当然のこと。そういった人間がいないわけではないだろうが、彼の逸材たる所以は珍しい体質に加えて才能自体にも大いに恵まれている点にある。故に腕試しを経てこう考えたのだ──彼はまさしく俺が求めている素材そのものではないだろうか、と。


 最近になって生まれた仮説に、それを裏付けろとでも言うような人材の登場。お誂え向きとはこのことだろう。だが、だからとて焦りは禁物だな。ここは時間をかけてじっくりといくべきだ。まず第一歩として俺が何をしてもフラン君から不審に思われないくらいの信頼関係が欲しいところだ……言うまでもなくそれはマニにやったような手段を用いずに実現させようとするとかなり難儀をする。が、彼の態度を見る限り、懸念するほどの苦労はしなくてもよさそうに思える。俺にとっては非常に幸いなことだ。


 ま、なんにせよ。精々楽しんでいこうじゃないか。



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― 新着の感想 ―
[一言] マニに支えてやるように言えば、ささっと追いついた彼女は迷うことなく彼を横抱えにした。いわゆるお姫様抱っこだ。 フラン……、強く………生きろ……………。
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