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40.確認

 いついかなるときも人目を気にしている素振りのあるミザリィが、はしたなくも大口を開けている。それを珍しいと思いつつ、しかし無理もないことだとセリアは内心で深く共感した。『始原の魔女』が王となって人々の前に姿を見せるようになったのは耳にも記憶にも新しく、そして衝撃的な出来事である。特に魔法使いとしての興味を別にしても力持つ者への憧れが人一倍強いミザリィにとって、元同級生が伝説の魔女の従者の立場に就いているという事実はある意味、魔女の実在が証明されたこと以上に驚くべきものであるだろう。


 もう少し詳しく話すべきかと口を開こうとしたところ、背後から物音。


「!」


 新手か、と振り返ってそちらへファイアフライを向けたセリアが、そこに立つ人物を見て構えを解いた。現れたのは敵ではなく自分と同じ魔女の従者──マニであった。


 ついさっきまでは隠されていた右腕が剥き出しとなっており、その肌から爪までが黒一色であることには多少驚いたものの、そこ以外に目立った変化はない。手に武器を持っていることから彼女も敵一味との交戦があったのは間違いないようだが、外傷がないようであれば一安心だ。


 それに何より、左腕で小荷物のように抱えられたその小さな人物。勧誘対象であったフランフランフィー・エーテルがしっかりと確保されていることにセリアは安堵した。これで彼が連れ去られて行方不明にでもなっていれば、イデアにどう報告したものかわからなかったところだ。


 予想外の事態にはなったがどうにか収められたか、と胸を撫で下ろす彼女の見つめる先でマニはふと立ち止まった。その足元には裏口の見張り役が気を失って倒れている。まだ息がある、と上下する胸を見て確かめた彼女は。


 ひゅん、と軽すぎる音で振るわれた刃が意識のない男の首を裂いた。横倒しになった瓶からジャムが溢れるように血が零れる。くっぱりと割れた傷口は深く大きく、男の命が決して助からないことを目にも訴えていた。ごく自然に行われたその行為にセリアもミザリィも何も言えない。


「…………」


 奪った命に興味はないのか、それとも特段何かを奪ったとも思っていないのか。ふいと男から視線を外したマニは、次いでセリア──ではなくその傍らにいるミザリィへと目を向けた。そして近づく。その気負いのない歩みが何をするためのものか察したことで、見つめられているミザリィは全身を硬直させた。


 メイドが向けてくる瞳にはあまりに色がなかった。そこにあるのは殺人の意思のみ。他一切に何も抱いていない、凍り付いた純水の如くに真っ新な殺意。味わったことのないそれが彼女に生存を諦めさせてしまった。自分はここで殺される。そしてそれは逃れようのないことなのだと強く思い込まされた……が、その純然の殺意から庇うようにセリアが間に入る。


「彼女は既に降伏しました。イデア様より判断を伺います」


「……」


「始末の必要はない、ということです」


「…………」


 秒針が時を刻む様を思わせる沈黙を挟み、マニはどこへともなくノコギリを仕舞った。どうやらわかってくれたらしい……密かに息を吐くセリアへ、鉄仮面の少女は届け物でも渡すようにフランを差し出した。本人確認である。この場合の本人とは荷物のほうを指しているのだが、それを察したセリアは受け取った少年をそっと床へ下ろし、片腕で上体を持ち上げつつ彼の顔にかかったそのさらさらとした金髪を流す。


 ああ、間違いない。在りし日の印象そのままの、魔法学校の最優秀者がそこにはいた。敵に何かされたか今は眠っているようだが彼もまた無事である。


 一年ほど前にここを訪ねたときも思ったが、育ち盛りのはずがまるで背も伸びていなければ顔立ちにも成長の様子がないのはどういうことだろうか……などと幼顔の美少女にしか見えない学友への疑問がまたぞろ浮かんだところで、あと一人。ミザリィの口から出た元同級生の名があったことを思い出す。


「ロウネスは……どうなったの?」


 訊ねたのはミザリィだった。殺意に中てられてまだ顔を青褪めさせながらもその原因に向けて声をかけたのは、ロウネスの身に起きたことが最悪の想像となって生々しく脳裏に浮かんだからだろう。ひょっとしたら──いや、ひょっとしなくても。


 この無慈悲なメイドであれば。


 ミザリィの危惧はセリアにも共通したものであり、故に彼女たちは恐々とした面持ちでマニの返事を待ったが、対する彼女は無表情で二人を見返すだけ。感情は見えないがどこかきょとんとしているようでもあった。欲する答えは期待できない、と察したことでセリアは決断する。


 眠る少年を背負い、立ち上がって彼女は言った。


「──確認しに行きましょう」



◇◇◇



 確認なんてしなければよかった。と、思わずそう後悔する。


 勿論、倒れている敵になんの迷いもなくトドメを刺すようなメイドだ。表側の通路でも見張りの二人含めて三つの死体が──それも例外なく大量の血に塗れて──転がっていたことでも薄々察しはついていたし、むしろそうでないほうがおかしいだろうとすら思い始めていたぐらいだったが。


 しかしそれでも。建物から道一本外れた先にある通りの一箇所が、ザクロを大量にぶちまけたような惨状になっていては……しかもそこでゴミのように落ちているひとつが、あの卒業生ロウネス。フランを除けば間違いなく学校生の中でも最優の一人に数えられていた俊英であったことに、彼女たちは少なからず衝撃を受けた。


 恐れていたことは呆気なく現実となった。その何かの冗談かと思うほどに顔面が陥没して一目では誰だかわからなくなっている死体にセリアも、そしてミザリィも言葉がなかった。


 命令通りに『障害を排除した』だけ。そうとはわかっていても、これは……。


 咳き込みそうなほどにむせ返る血の匂いと、通りのあちこちから感じられる何事かと怯える一般人からの視線。それらに囲まれながらセリアはふと、フランが眠っているのはここに散らばっている彼らに何かされたからではなくて。彼らが何かされている場面を最も間近で目撃してしまったが故ではないか、と思い至る。


 それが的中しているかどうかは、もはやどうでもよかった。



◇◇◇



「ふんふ~ん、っと。よし、これで完了」


 偶には時間をかけて掃除するのも悪くない。自分の手でピカピカにさせた培養槽に供給装置の並びを見ているとそう思うね。


 セリアたちを彼女の下宿へと送ってから数時間。手作業で汚れを落とすというのが久しぶり過ぎて思いの外手間取ってしまったが、もちろん、ジョシュアからの呼び出しがあればすぐに応じられるようにはしている。と言ってもトーテムに呼びかけてもらえれば自然と俺に伝わるようになっているので、別に何か用意をしておく必要があるわけではないのだけど。あ、呼ばれているな、と思えばそちらへただ跳べばいいだけだ。


 なんて考えていると、そら来たぞ。呼び出しだ。セリアを帰国させたところに折よくステイラからの新たな声明があったか──と思えば、俺を呼んでいるのはどうも下宿先のトーテム。つまり送り出したばかりのセリア本人らしかった。


 あれ、早くない? フラン君が頷いてくれるまでは交渉を頑張ってもらうはずだったんだけど……送ったその日でトーテムから反応があるということは、即日で雇ってくれと向こうが思いの外乗り気だったか。あるいは絶対にお断りだとまるで取り付く島もなかったか。大穴では何かとんでもないトラブルでもあったとか……なんて、それはいくらなんでもないだろうな。旧友に職場を紹介するだけのことでそんなものに巻き込まれていては大変だ。何もできやしない。


 一応、有事に備えてマニにはセリアの指揮下に入るよう言ってあるし、いざとなれば率先して戦うようにと仕込んでもいるが、その用心が活かされることはそうそうないだろうとも思っている。まあ、念のためは念のためでしかないということだ。


 するとやはり、フラン君が積極的か排他的かのどちらかだろうな。どっちにしろセリアから聞かされた人物像とは若干印象が異なるものの、だとすればなかなか面白そうな奴ではないか。いいと思う。魔法使いなのだから一癖や二癖くらいあってくれないと楽しくない。なんて言うと、セリアからはまた呆れられてしまいそうだけども。


「ともかく行ってみるか」


 さっぱりとした地下室を再度見渡して、片付けるべきものはもうないと確認。それから俺は転移でセリアが待つ王都の下宿へと移動した。すると。


「……ええっと。何、この状況は?」


 ベッドですやすや寝ている子ども。両手首を合わせて縛られているおねーさん。ぐったりとした顔でその縄を持っているセリア。そして唯一、出発時と様子が変わらないマニ……あ、違う。手袋がなくなっている。それにメイド服のところどころに傷跡もある。もしかしてこれは……?


「戦闘でもあったのか?」


「はい」


 食い気味にセリアが答えた。表情と合わさって今の彼女からはなんというか、悲壮感にも似たやりきれなさが感じられる。普段は見られないその雰囲気に少々慄きながらも話を聞いてみる。うん、うん、なるほど。ほほー……それはまた、大変だったね。そう言えばセリアは「はい」と万感が込められているとよくわかる頷き方で応じた。


「まさかこんなことになるとは思いもしませんでしたが……現場のことは市衛に任せました。今頃はモロウにも報告がいっているでしょう」


「俺からもあとで言っておこう。で、この人は?」


 フラン君だと確定したベッドの上の少年(本当に少年か?)は置いておいて、何やらすごく緊張した面持ちでいるやけに艶っぽい女性について訊ねてみる。話によると彼女もブローカーという犯罪組織の一員で、しかもセリアに手まで上げたようだが、どうして一人だけ五体満足でこの場にいるのか。


 不思議に思って改めて眺めてみれば、正面から目が合った。「ひっ」と引き攣った笑顔を浮かべた彼女は、履いているタイトなパンツを濡らしてしまう。股間部分からだ。おーまいがー。俺はそっと目を逸らし、セリアはため息ひとつを残して何も言わずに浴室へその女性を引っ張っていった。


 ……え、これって俺が悪いのかな?



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