249.妙に楽しそう
一瞬にして天空議場の円卓の間、それぞれの立ち位置に自分が置かれていることに各々が多様なリアクションを見せている中、俺はオーゼムの手を握ってそこへ導いた。話し合いの最中、裁かれる罪人のように重苦しく黙り込んでいた彼もこれには明確な反応を見せた──以前は机に乗っただけだが、今度はちゃんと椅子に腰かけさせる。
「そっか、ここか……」
「ああ。オレクテムの席に今日から君が座るんだ」
円卓とリンクしている中央賢者の席はオレクテムが魔女の魔力を探る際、大いにその手助けをしていたという。席に座す権利さえ得れば同じことがオーゼムにもできるはずだ。そういった細やかな魔力の操作技術に関して言えば、彼はクラエルたちを取り込む前のオレクテムと比べてもなんら劣らない、あるいは勝っているとすら言えるくらいだからね。適材と称したのはそれを確信しているからであり、単なるコネ入社じゃなくちゃんと実力を考えての人事でもある。無論、仕事ぶりに不足があるようなら即刻やめてもらうつもりだが……きっとそうはならないと思う。
「さ、机に手を置いて。円卓から伝わってくる力に意識を向けてごらん。何も感じ取れないようなら、残念ながら君に適性はなかったことになる」
「…………」
そのときはうちの城でイーディスから雑用係を引き継いでもらうだけなのだが、まるで失敗すれば一巻の終わりのような顔をしてオーゼムはごくりと喉を鳴らし、深刻に過ぎる所作で恐る恐る机の上に掌を張り付けた。目を閉じ、何かを念じるように集中し──そして「え、あれ?」とすぐに目を開け戸惑っている様子で俺を見て、次に見て円卓を見て、また俺のほうを見た。
「気付いたか」
「どういうこと? イデアは横にいるのに……ここの真下。神成の宮の跡地にも『君と同じ誰か』がいるよ」
「それは俺の分身の気配だね。転移のときにこっそりと下に置いてきたんだ」
「それって、もしかしてボクのテストのため?」
「そうだよ。こんなにもすぐ二重の気配を見つけられたなら、充分に合格ライン。中央賢者を務める素質があると判断していいだろう。ねえルナリス?」
他の面々と共に静かに成り行きを見守っていた会談の現リーダーは、俺の問いにしかつめらしく頷いて言った。
「ええ、今調べられる要件は満たしていると言っていいでしょう。あとは実務能力ですね。どんな議題にも中立かつ公平のままに議論を前へ進められるか否か。より重要なのはそちらです」
これは話し合いの最中に限ったことではなく、基本的に中央賢者はどの魔女にも肩入れせずしかしどの魔女にも協力的な姿勢を取らなくてはならない、仕事加減の塩梅が非情に難しいポストだ。そこが崩れたら会談が保っている中央圏の中心地引いては各地方間におけるバランスにも影響が出ることが必至なので、言わずもがな責任は重大。魔女個人に仕える他の賢者と比してもその双肩には相当な重圧が圧し掛かることになる。
中央の魔女としてのクラエルではなく、会談のもう一人の司会進行役としてのクラエルに半ば仕えるような形で均衡を保っていたオレクテム。それと同じやり方をオーゼムもしようとするのはちょっと現実的ではない……今のリーダーは言ったようにルナリスであり、彼女はクラエル派ではありながらもクラエルよりも均衡の維持に拘らない。というよりも現状維持に価値を見出していないからだ。均衡をより良く保つためにより完璧な支配を求めるタイプ。それがメギスティンという魔法界隈の中枢にして聖地である『洗脳施設』を作り上げさせたのだから、彼女が事なかれ主義などではないことは明らかだ。
クラエルほど個人としての己とリーダーとしての己に明確な一線を引いていないルナリスに阿るようにすると、結果として中央賢者の職務を果たせなくなるのはこの点からも容易に想像がつく。それを誰よりわかっているのがルナリス当人であるからして、故に試すような目付きでオーゼムを見ているのだろう。オレクテムの後釜、というのは様々な意味合いにおいて重い。それを理解した上でその席に座っているのかと彼女の視線が問うている──それに対しオーゼムは。
「誰からも不評なく務められると断言はできないよ。オレクテムの相棒としてのボクに不足はなかったはずだけど、それ以外のボクにはまだなったことがないんだ。世界が求める中央賢者になれるかなんて自分ではわからない……でも、なりたいとは思う。ボクの使命は生きること。オレクテムが生きた証として生きていくことだ。そのために必要なら、生かしておく価値があると認めてもらうためには。やれと言われたことはなんだってやるつもりだ。精一杯、力の限りに務めさせてもらう。イデアだけじゃなく魔女にだって賢者にだって逆らわないと約束するよ」
「良い覚悟ですね。イデアが不在の折にもその態度が変わらないことを願いましょう……それから、ひとつあなたの誤った理解を正しておきますが」
誤った理解? と首を傾げるオーゼムへルナリスは淡々と続けた。
「魔女に逆らわないと明言されてしまっては困ります。それは中央賢者の言うことではない。会談全体、そして世界全体を乱すことに繋がりかねない場合はたとえ魔女からの命令であってもあなたには拒否権がある。必ずしも従う必要などないのです──しかしだからと言ってなんでも断ってしまうのではそれも賢者のすべき真似でない。要は見極めが大切であり、今後しばらくあなたの課題はその判断力を培うこととなるでしょう。対等である賢者間でのやり取りも同様に、こちらは全て断ったとしても実務上の問題はありませんが、それも行き過ぎれば怠慢となりますので注意を。とかく中央賢者とはバランス感覚に優れていなければ務まりません。一刻も早くそれを身に付けるように。いいですね?」
「う、うん……わかった」
思いのほか真面目、というか熱の入った真っ当なアドバイスにオーゼムは面食らったようにしながらも、しっかりと頷いた。……俺もちょっと驚いたから彼の気持ちはわかる。ルナリスのことだから受け入れると決めた相手に殊更ツラく当たるような真似はしないだろうと思っていたが、けれどこんなにも丁寧な助言を与えるほど前向きなのは意外である。損得の四捨五入的な思考で仕方なく迎えた、というだけでなく、彼女自身俺と同じようにオーゼムならば中央賢者に相応しいと──その基準がどこにあるかは知らないが──ある種直感的に悟ったのかもしれないな。
ついさっきまで敵側にいた人物を重役につける。合理性があるならそれだけ思い切った手も打てるのが今のルナリス、なのだろう。俺を相手に網を張って手ぐすねを引き、結果として事態を最悪一歩手前にまで悪化させたかつての彼女を思えば信じられないくらいの変化だ。それが良いことか悪いことかは時と場合によって変わってくるが、少なくとも俺は進歩と受け止めて祝いたい。以前よりもまとめ役に向くようになったのは間違いないと思うしね。
口を閉ざしたまま両者のやり取りを眺めているティアラとディータも似たようなことを考えているんじゃなかろうか。というところで、オーゼムも一応は会談の仲間入りを果たしたことだし。
「まあなんというか。リーダーの代理がいて、中央賢者の後任がいて、新しい魔女候補に賢者候補もいて。これでようやく新生『魔女会談』のスタートが切れたって感じかな。あまりまとまりはないけれど、そこに関しては旧体制の会談だって同じだものね。それよりももう少しだけ結束を持つっていうのを当面の目標にして一丸となって頑張っていこう」
第一席を預かっているとはいえ俺だって新顔も同然。ルナリスを差し置いて音頭を取るのもおかしな話なのだが、俺が「おー」と拳を上げれば皆も「おー」と追随してくれた。あんまり覇気はなかったが、しかしそれでも嬉しいね。と俺が恵比寿顔になっているとそれを見たティアラが。
「ねえイデア。あんたさっきから妙に楽しそうにしてるわよね」
「ん、そうかな……いやそうかも。実際、レクリエーションみたいで割と楽しいんだ。仲間内でわいわいするのっていいよね」
「一人でなんでもできますって顔しといて無邪気というかなんというか……ていうかあんた、少し雰囲気変わってない?」
「変わったって、どういう風に?」
「柔らかくなった……ような、そうでもないような。テンションが高くなった、気がしないでもないような」
「あはは、どっち?」
ティアラの表現ははっきりとしないが、変わったように思えるのなら実際に変わったのだろう。ルナリスだけじゃない、俺だってもう前の俺とは違う。それは意識だとか気の持ちようが変わったとか、そういう内面的なことだけじゃあなく。俺という存在の根本から変質した。と言い切ってしまえるくらいの大きくて後戻りのできない変化だ。
理想領域の掌握というのはそれだけの重大事。なんと言っても俺がそうしようとすれば、今この瞬間にも世界中の魔法使いをゼロにできる。魔力使いだって同上だ。世界中に満ちている魔素は現在、俺が旧エイドスの機構をそのままに再現しているからであって、これをやめてしまえば人間は誰一人として魔力を生み出すことができなくなる。
ルナリスには「独り占めする気はない」と言ったし、それは偽りのない本心からの言葉であるが、いざとなればそういうことも俺にはできる。唯一の超常の使い手になることだって、その気になれば躊躇なく実行できるということ。俺とエイドスの関係性はまさしく思い描いていた通りの理想的なものと言っていい……念願叶って手に入れたそれが予想を超えて素晴らしい代物だったと判明して大喜びしているのが。今の俺。
そりゃあ、周囲から見ても変わったと感じられるくらいには上機嫌にもなろうというものである。




