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246.独り占めはしちゃいない

「何か言いたげだね。納得ができないかい?」


「……いや。イデアがボク以外にオレクテムの『遺品』を残すつもりがないことはよくわかっている。生かしてもらえるだけありがたいんだ、文句なんて言わないよ。オレクテム亡き今、彼の建てたこの施設がどうしようもなく無意味なものであるのは確かだしね」


「墓標にしたってあいつはここにいないものな。死に場所は理想領域エイドスだし、魂だってどこか遠くへ行ってしまった」


 強いて言うなら俺こそがオレクテムにとっての墓標となるのだろう……が、こんな言い方をしてはオーゼムを余計に傷心させてしまう気がするので口にチャックをしておこう。足りているかどうかはともかく、俺は気遣いだってできるタイプの人でなしなのだ。オレクテムやオルトーとは違ってね。


「よ、っと」


「……!」


 パン、と柏手ひとつ。意外(?)にも神成の宮は神徒よりバラすのに難儀な代物のようだ。たかだか建物なのに……と言ってもそう大して差があるわけでなく、傍から見ればどちらも一瞬で消失しているようにしか思えないだろうが。現にオーゼムも二度目のデリートだというのに新鮮な反応で驚いてくれている。


「彼が技術の粋を集めて造った神成の宮を、こんなにもあっさりと……」


「できて当然だよ。君が知っている彼よりもなお成長した彼から力を頂いたんだから」


 奪ったリンクとはいえ俺が所有者なのだから維持も解体も思うがままなのはなんらおかしなことじゃない。たとえどんなに魔法的にも物理的にも要塞めいた建物であってもね。そう思いつつ建物があった面影など欠片もない周辺を見渡してみれば。


「お。よかった、みんな無事みたいだ」


 更地となった向こうにぽつんぽつんといくつかの人影が見えた。目を凝らしてみればほぼ全員が傷だらけだが、命に大事はなさそうだとわかる。ゆっくりとした歩みだけどちゃんと自分の足でこちらに向かってきているしね。とはいえ怪我人に苦労を強いるのは良くないので、まとめて転移を発動。神成の宮に入った俺以外の六人と外で待機していた四人を目の前まで引き寄せた。気を付けたので空間移動特有の揺れというか酔いというか、そういうのはなかったと思う。たぶん。


「師匠。その様子からすると万事うまくいったようですね」


 いきなり顔を突き合わせた十人。戸惑い必至の状況の中でもいち早く口を開いてそう言ったのはアーデラだった。うんうん、さすがの理解力だね。彼女は目立つ傷も一番少なく、体力もまだまだ残しているようだ。期待通りに活躍をしてくれたようで師として鼻が高いぞ。と言ってやれば、珍しく彼女は素直に嬉しそうにしていた。常にそういう態度でいてくれたらこっちももっと素直に甘やかしてやれるんだけどな。ミルコットにやっているみたいにさ……まあそうしたらアーデラは本気で嫌がるだろうけども。


「師弟での語らいは後にしてもらって、まずは何があったのかを私たちに説明していただけませんかイデア。大方の察しはつきますがあなたの口からちゃんと聞きたいのです」


 深々とした傷をいくつも重く抱えながら苦し気にルナリスが言った。混乱していたスクリットとモーデウス……彼女の賢者たちが慌てて治癒を唱えるが、体系呪文であるそれの効きはごく一般的。人とは作りが違う上に重傷であるルナリスを癒し切るにはいまいち力不足だ。こういうときにはミモザが会談の頼りなのだろうが、彼女はルナリス以上に大怪我を負っているディータに全力で魔法をかけているところだ。片目と片腕がなく脇腹も大きく抉れている、悲惨としか言い様のないそんな姿を見れば他の魔女に目も向かないのは彼女に仕える賢者として当然だ。仲は若干拗れている感があるといっても、この二人がお互いに強く意識し合っているのは俺にもなんとなく伝っている。


「うひゃあ、ティアラ様も随分やられたっすね。おふた方より元気そうに見えるっすけど、それって強がってるわけじゃないっすよね?」


 斬り傷だらけで全身を血塗れにしながらも腰に手を当てて堂々仁王立ちしている主人へ心配半分呆れ半分といった調子で訊ねるルーイン。そんな彼にティアラはいつもの如くにふんと鼻を鳴らし、


「誰に物を言ってるの? 致命傷なんて一個も負っちゃいないわ、こんなのほんの掠り傷よ」


「掠り傷だけでそこまで真っ赤になってるならそれはそれでヤベーっすけど……」


 そうだね、俺も同意する。だけどよくよく確かめれば、あながちティアラの言葉も大袈裟ではないようだ。数は多くとも深い傷がないのである。や、ディータやルナリスに比べれば相対的に、という意味であって充分に重傷と言えば重傷なのだが、見た目の痛々しさほどのダメージはないかな。堅実な立ち回りをしたのか、もしくは堅実さなどかなぐり捨てて大暴れしたかのどちらか……彼女の性格上おそらく後者なのだろうが、なんにせよ程度に差はあっても怪我人なのは同じ。ミルコットも見かけはともかく相当削れているし、ノヴァは激闘の余韻も明らかにまだ荒く息をしているくらいだ。皆してボロボロのへとへとってところか──よし、ここは俺がひと肌脱ぐとしよう。


「頑張っているところすまないがミモザ、その手を止めてくれ」


 そう言うと、ミモザは思ったよりも冷静だった。すぐにこちらの意図を察して魔法式を破棄したのだ。完成した式を途中で中断させるのには手間というか負荷がかかるのだが、なかなかの手早さである。やはり彼女は優秀な賢者だね。半端なところで回復を止められたディータが小さく呻いているがそこは我慢してもらおう。続いて双子賢者へと視線をやれば、様子を見て何も言われずともルナリスへの治癒を取り止めてくれた。うん、それでいい。連携するならまだしも個々人が勝手に治癒を重ねがけたら魔力暴発が治癒対象に降りかかりかねない。とても危険な行為であり、そしてそれさえ避けられるのならあとは簡単だ。


「全体治癒」


 これで完了。全員の傷が大きなものから小さなものまで分け隔てなく塞がっているのを確かめ、うむと頷く。エイドスを物にした恩恵が早速俺以外にも役立ったな──以前までなら重症度の具合も異なる複数人を一気に完治させることなどできなかった。だが魔力の源泉そのものを自分の一部としたからには俺自体が超常の力の象徴であり頂点だ。魔力操作も干渉力も前から自信のあった分野なのだが、今となっては何も誇れやしない。これだけの変わり様を我が身で実感してしまったからにはね。


「魔力とは破壊にこそ向いた力。常々仰っているそのお言葉通り、師匠も壊すことに比べれば治癒にしろ修復にしろ手間取っていた覚えがあるのですがね。また勝手に苦手を克服なさいましたか」


「ふふ、克服か。まあそういう言い方でも間違いはないかもね」


「お師匠様すごい! さすがお師匠様! さすおし!」


「ミル姉はいっつもそればっかだな……どんだけ師匠に入れ込んでるんだよ。まあ俺も人のことは言えねーけど」


 素直に称賛してくれる(?)弟子たちを微笑ましく眺める俺のことを、ルナリスが意味深な瞳で見つめてくる。ああ、そういえば彼女にだけは俺の最終目的。弟子にも話していなかった『エイドスの内包化』について教えていたのだったな──つまり大方の察しがついているというのは本当なんだろう。俺の変化とその意味に彼女は勘付いている。


「独り占めはしちゃいない。それで少しは安心できないかい?」


「その思想も含め、今後どうなるのか。それを確かめない限りは安心などとてもとても……何せあなたのことですからね、イデア」


「信用がないなぁ……ま、それもしょうがないか」


「ちょっと、二人してわけわかんないこと言ってないで早く説明しなさいよ。ヤウコブはどこいったのよ? 建物まで突然消えたし……ってかそいつ以外オレクテム側が誰もいないじゃないの。まさか逃げられたんじゃないでしょうね」


 これもまたいつもの如く、人の会話に割って入ってきてオーゼムを指差しながらティアラはそんなことを言った。わあ、鼻息が荒い。見るからに血気も盛んである。どうもまだ交戦モードが抜けていないみたいだな……激戦を繰り広げていた──消す直前に繋がりから感じ取ったヤウコブの精神状態からしてそこは間違いない──相手がいきなり煙のように消えてしまえばそれも無理ないが、しかし同じ目に遭いながらも彼女以外は割と落ち着いているのを見るに、ティアラが特別血の気が多過ぎるというのは確かだと思う。仲間内から戦闘狂バトルジャンキーと称されるだけのことはあるね。


「誰も逃がしちゃいないよ。ちゃんとオレクテムには勝ったし、引導も渡した。その結果神徒も神成の宮も役目を終えて消えたのだと解釈してくれ」


「……ちっ、あんたより先に決着つけられなかった私が悪いってわけね。癪だけど仕方ないわね。でも、それならそのオーゼムとかいうガキはなんで残ってるわけ? そいつだって神徒の一人でしょうに」


「この子には神徒の中でも特別な役目があってね。オレクテムがかつての創造主のための補助具バックアップであったように、彼もまたオレクテムにとってのバックアップ。つまりこういった事態にも一人生き残ることがその使命となっているんだ」


「ふうん……だからオレクテムが死んでもそいつだけは死ななかったと。で、どうするつもり?」


「どうするって?」


「そいつをあんたがどう扱うのかって質問よ」


「ああ、それなら。空きを埋めようと思っているよ」


「空きですって?」


「うん。せっかくだしオーゼムには中央賢者・・・・になってもらいたいな、って」


 ティアラだけでなく一同に向けてそう告げれば、それぞれ趣は異なれど皆一様に表情を歪めた。オーゼム当人も含めて……というか、彼が一番信じられないと言いたげな顔をしていた。



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