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242.だからおやすみ

 循環を速める。より滑らかに、より高らかに。俺自身として完結しているそこへ理想領域エイドスを組み込んでいく。イメージとしてはそういう感じ。作業自体に難しい箇所はどこにもない。俺なら眠っていてもできそうな低難度ぶり……ただし、組み込むもののサイズが大きすぎるのがボトルネック。この一点だけでオレクテムは俺の失敗を半ば確信しており、俺自身も絶対の成功を確信できずにいる。


 なんと言っても膨大の一言では足りないのがエイドスだ。高次魔力の発生源であり、その規模は無限。言葉通りに限界の無い『理想の魔力領域』なのだから一部化や一体化はまだしも内包化・・・がどれだけ無茶な行いであるかは大方の察しもつくであろう──しかし言ったように、イメージはとうに出来上がっているのだ。お膳立ても済んだしもう邪魔も入らない。あとは集中し、実行するだけ。我ながらなかなか良い具合だと思う。成功を盲信することこそ叶わずとも、失敗する気だってまったくしない。


「楽にしていてくれ。すぐに終わる」


「ふ、ふふ……ああ、いいともイデア。君のお手並み拝見といこう」


「ご照覧あれ、オレクテム」


 俺への干渉をオレクテムが諦めれば、彼と一体になっているエイドスが立ちどころに流れ込んでくる。無作為の爆流に近いそれに今度はこちらから干渉し、清純な川のように美しく均一な流れへと整える。量を一定に、しかしその速度だけは落とさずに。どこまでもどこまでも、加速度的に加速させる。高速度の世界にもまた無限を生じさせねばならない──。


 言うなれば無限の概念をオレクテムはその身に抱いたわけで。言うまでもなくこれは凄まじい成果である。終わりのないもの、次から次に増えていくものを手中に収め切るというパラドックス。領域を用いた高精度の魔力体がそれを可能として、理論上の可能を技量と執念によって現実上のものとした。やり方を真似たばかりの技術で一足飛び──いや十足飛びにそこまで辿り着いたオレクテムの力は本物だ。その大半が人から奪ったことで得たものではあっても、それを十全に使いこなすだけの才覚を持ち合わせていたのも確かであり、そちらに関しては素直に帽子を取るしかない。俺も大概人から影響を受けて技術を真似パクる常習犯ではあるが、さすがに発想を微塵も持てていない内では領域との融合を目の当たりとしても、その場ですぐに模倣なんてできないはずだ。たぶん。


 見ただけで自分なりの手法を編み出し、繋がりが深いとはいえ即刻にそれをエイドスで実践し、あまつさえ成功させたこと。なんともはやどう称賛していいかすらもわからない。まあ俺の理想に一歩届いていないという意味では不完全な融合ではあったのだけど、だとしても自力で一体化を成し遂げただけでもケチのつけようがない。そりゃあ、思いのままにこんなことができてしまうくらいだ。魔神になっただの究極になっただのとオレクテムが多幸感に酔いしれてしまうのも仕方ないというもの。実際そうして悦に浸って然るべき、まさしく究極的な力を彼は制御下に置いているのだから──そのおかげで俺からしてもラッピングされたプレゼントの如く奪いやすくなっているのだから、どんなに称賛してもしたりないというものだ。


 全ては偶然のこと。オレクテムが自分からエイドスへ行きたがるとも、融合領域からの領域融合にそこまで感銘を受けるとも、俺はまったく想像していなかった。たまたまだ。たまたま何もかもがお誂え向きに望む方向へ、望外なまでの方向へと進んで。そして今、俺はようやく長年の夢に手を届かせようとしている──ああ、確かに運命的だ。こんなにも都合よく物事が運べば勘違いしてしまうのも頷ける。自我に目覚めてこの方ずっと、オレクテムはこれと同じものを常に味わい続けてきたのだろう。『自分は神に成るべき存在』──自己認知が肥大化し脇目も振らなくなったのはある種自然というか、当然のことだったのだな。その運命から逃れることは彼自身にすらもできなかった。ということだ。


「忘れるなよ、オレクテム。何もかもは偶然。だがお前の選択で成り立った偶然だ。そして俺の選択がもたらした偶然でもある……進むべくして進む道を運命と言うのなら、俺たちはあくまでも自分でレールを敷いていることになる。それを世界からの肯定と思い込むのは不健全だし、不純だ。お前には純粋さが足りなかったんだ」


「純粋、さ……それは、君のような?」


 循環を高めながら、吸収も高めながら。無際限に俺の裡へとオレクテムを取り込みがら、溶け合いながら。俺たちは言葉を交わす。


「はは、そうだな。俺はどこまでも純粋でいられる側だろう。徹頭徹尾『興味』と『自由』のために。俺自身のために一歩ずつ進んでいくだけだからね。どんな日もどんな時もどんな瞬間も。今もだ。欲したものを諦めたことがない。お前のように使命だ運命だと正当化の理由をあれこれ持ち出さなくたってなんだってできる。俺のルールを定めているのは俺なんだ──世界じゃないし、他の誰でもない。当然お前でもない。そこに不純物なんて混ざり様がないわけだ。お分かりか?」


「分かる、気がするよ。今ならば。こうして君と混ざり合っている今なら、繋がっている今なら。ようやくその心が見えた……恋焦がれた魔女の在り方。どこまでも純なイデアという力に、私も届きかけた……そう、思ったのだがな」


「それは無理だよ。俺がお前になれないように、お前だって俺にはなれない。本当の意味で『他者に届く』なんてありっこない。だから手を取り合う価値があるんだろう? 竜王と戦う俺の姿にえらく感化されてくれたらしいが。お前はそんなのなんかに影響を受けるべきじゃなかったんだ。もっと色んなものを見て、長く時間をかけて答えを見つけて。オルトーに成り代わる以外の存在意義を自分の中で育てるべきだった。そうすればもっと──なんて今更そんな大昔を振り返ったところで、だな。それに俺が言っていいことでもない」


「いや……君だからこそ。言う権利があるのでは、ないかな。私を二度も目覚めさせ、ここまで導いた、運命そのものが君だ。私にとっての神とは、父ではなく。父から全て・・解放・・君だったのかもしれない……ふふ。それこそ、今更こんなことを言ってもなんの益体もないが」


「……そうだな。だけど少し、お前の心もすっきりするだろう。自分の起源になるものを見つめ直すことができたなら意味がないことはないさ」


「おや。随分と……優しい言葉をかけてくれるね。君はずっと、私に対し否定続きだったというのに。その眼差し。『終わる者』へ向ける慈しみは……記憶と一致する──オルトーが最後に見たものと、同じだ」


「…………、」


「だが、嘘ではないのだな。オルトーに告げたあの言葉も。私への憐憫も。君と通じている故に、よく伝わってくるよ。その感情に……そう、『誤魔化し』はない。君がいついかなるときも正直者であることがわかる……その清らかさ。羨望を覚える」


 どうやらオレクテムにもわかっているようだ。ここに至って失敗などあり得ないと──その可能性自体は少なからずあっても、しかし決してそうはならないと理解している。長大な計画の末に得た力の全てが一欠けらたりとも残らないことを覚悟しているのだ。


 理解し、受け入れている。

 俺が言った通り素直に──いや、そうじゃない。


 自分の矜持に殉じるつもりなのだ、この男は。


「無限の掌握は順調。あと一息といったところだ。……何か言い残すことは?」


「ハ──あるはずも、ない。奪おうとして、逆に奪われるのだ。何も残していくべきではないだろう……あとのことは、君の好きにしたまえよ」


「それは言われるまでもないことだが。だけど、そうだな。せめてこれだけは約束するよ」


「……?」


「オレクテム。それに、お前の中にいるのならオルトーにも言っておく。お前たちが創り、見守ろうとしたこの世界の行く末は俺が見届ける。最後まできっちりとね」


「ふふ。見届けるだけ、なのかい? 私に代わってオルトーに代われ、とは言えないし言わないが。君が誰より『神』に近しく、相応しい人物であることは、間違いのない事実だろうに」


「まあ。守れるだけは守っていこう。そのための努力は惜しまないさ。前世よりも余程にこちらの世界を故郷と感じているくらいだ、大切に思う気持ちはお前たちと同じだよ」


「そうか……それなら安心できる。君の手が及ばない事態となれば、それはもう、どうしたってどうしようもないことなのだろうから」


「任せてくれ、とは言えないし言わないが。俺がやってきたことの責任は取るつもりでいる。それは他の誰にも任せやしないし邪魔させもしない──だからおやすみ、オレクテム」


 オレクテムの自我。きっとこの男にとって最も大切なものであろうそれだけを残し、それ以外の一切を吸い尽くす。空っぽになった器に小さな笑みだけがぽつんと浮かび。


「やはり……君は残酷で、優しい」


 私はそれをとっくに知っていた──その言葉を最後に、オレクテムという『一人の人間』は旅立った。



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