表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
234/277

234.一人だけでいい

 落ちていったあいつに続いて俺も地上へと急降下。着地点はもちろんオレクテムの身体、その腹部だ。


「ぐうっ……!」


「ふ──」


 生じたクレーターの更に奥、地中へより深く蹴り込みながら俺はつくづく実感する──手足が少し長くなるだけでこんなにも人が殴りやすい! 些細なことだがこれは発見だな。実年齢を数えられなくなるほど少女の体をしていただけに普通の背丈というのが異常に新鮮に感じる。視点の高さも嬉しい限りだね。腰まで伸びた髪だけは少し鬱陶しくもあるが許容範囲。今の俺は魔力体……いや、領域体だからな。散髪したくたってできない状態である。それは普段から変わらないけれども。


 魔力で肉体が構成されている、という意味では魔力生物の精霊なんかに近いわけだが。言ったように俺が融合し変化したのはただの魔力ではなく魔力領域。今一度それがなんなのかをおさらいしておくと、自身の魔力や魔法の性質。それを抽出し煮詰め限界まで濃度を高めて空間に広げる。そうすることで周囲一帯を魔力性質が適用された場とし、自身優位の状況を作り出す技術。だから領域・・と呼ばれている。しかし魔力領域の使い道はこれだけにあらず。


 オーソドックスながらに非常に完成度の高い──それこそ精霊の住まう空間やこの理想領域エイドスのように異界と称してもいいぐらいの──領域を作るルナリス。領域という言葉に反し己が身の内だけで性質付与を押し留めることで強固な変化を得るディータ。反対に、煮詰め切らず固め切らずざっくばらんに魔力を広げるのみで空すら覆い尽くすほどのフィールドを用意するティアラ。多様な領域を操る彼女たちから得たヒントと、アビスが手本を見せてくれた変身の妙。それらが俺の中で結実したことでこの姿……言うなれば『神孔体』の俺がいる。


 高次魔力との一体化並びに放出と吸収、その境をなくした、つまりは高速循環。精霊のように安定した魔力体ではなく俺の体は常に荒れ狂い燃え滾っている。慣性閉じ込め式の核融合炉みたいなもので、瞬間的にしか起こらないはずの高出力を維持し続けている。オレクテムが放った郡田とやらを食らっても無事だった理由がこれだ。要するに一瞬の反発力なんぞに負ける体ではなくなったのだ。何せ今の俺はそれと同等以上の魔力反応が結集したような、まさしく高次魔力が生み出す破壊力そのものと化しているのだからね。


「格闘戦への苦手意識が消えていくようだ。魔法のために頭を使うのがもどかしく感じる日がくるとは夢にも思わなかった!」


 地の底へ埋まっていきながらもオレクテムは何かしようとしたが、反撃を許すことなく追加の殴打をその顔面に見舞う。横殴りの拳で面白いくらいに吹き飛んだオレクテムはあっという間に小さな点となったが、何もない空間を蹴って跳躍。割れ砕かれる岩盤の間を俺の肉体は自分でも信じられない速度で進み、転移よりもずっと手早く、それでいて速度にも劣らぬ素早さでオレクテムに追いついた。


 魔法を使うよりも魔力でぶん殴り駆け回ったほうが遥かに早いし速い。なんてことをこの身で実感するとは、長生きはするものだな。魔法使いの一定が肉弾戦そちらへ傾く理由が今なら実体験として理解できる──わかったつもりでいてまったくわかっていなかったことがわかったのだ。まあ、きっと何かにつけてそういうものだらけだろうな。だからこそ色んなことを知りたいと思うし、解き明かしたいと思うのだ。


「変化を求めることが生きること。そうは思わないか、オレクテム。不変や完成。そういう『行き止まり』ほどつまらないものはないと」


「…………、」


 水源に行き当たり、割れた地面を伝って頭の上から川が降ってくるという大災害でも起きたような地形の中で。多量の水に打たれてしっとりと乳白色の髪を濡らすオレクテムにそう問いかてみれば、彼はしばしの黙考の後に首を横に振った。


「私は……私だけは、それに同意するわけにはいかないな。不変は永遠の象徴だ。君の少女性しかり神の絶対性しかり。それに反する変化とは即ち成長であり、成長即ち死出への旅路だ。絶対のままに永くある。神の条件とはその一点──どうして君のように、人間のように『生きること』を喜べようか? それは死ぬことと同義だというのに」


「そう思うならオルトーを真似て守護者なんか作るべきじゃあなかったろう。俺みたいなのが紛れ込む余地を作ってしまったという意味であいつがしたのは明確な失敗。お前もその二の舞になってもおかしくなかったんだぜ。まず、俺たちみたいな『人でなし』が、だ。その自覚もあるっていうのに、家族なんていう人並みの幸せを享受しようだなんて馬鹿げているよ」


「……仲間を求める時点で神たる資格はないと?」


「さてね。それに資格があるとすれば不変も孤独もひとつの要件だとは思うが、この考えが正しいかはわからない。それらの行き着く先は結局のところ無だから、永遠の虚しさに耐えられるハートの強さが一番大事かもね。知らないけど」


 少なくともオルトーもオレクテムも相応しくはない。と言ってやれば、彼は苦笑染みた笑い方をして。


「強い言葉だ。君こそが孤独に身を置いても耐えられる者なのだろう。自分とそれ以外に寒々しいまでの区分・・を設けている君であれば……神徒に家族を求めた私とは違って、もっと容易く。時間をかけることなくオルトーの後継となれただろうに。だがイデア、君はそれに少しも関心を寄せなかった」


「そんなことには興味を引かれなかったからね。お前の存在にも大層驚いたが、それ以上に野望を聞いてこそたまげたよ。せっかくの自由・・をちっとも謳歌せず自分からまたオルトーに縛られたがっているんだから」


「君から言わせればそうなのだろうな──それこそが私最大の幸運だった」


「そうかい。お前から言わせればそれは幸運なのか」


 あくまでも。オレクテムは自分が神となることを前提に全てを考えるようだ。その目標を退かせてしまえば他に想うことも何もないかな……実のところ、そこは共感できなくもないのだ。俺だって今更エイドスを諦めろと言われても「よしそうしよう」とはならない。ここまで来てそう簡単に諦められるものではないし、諦めていいものでもない。高次魔力で形成された上位世界。オレクテムが実存世界イグジスのついでのように我が物にしようとしているのも、それだけエイドスの価値を認めているからでもある。


 故にこそ俺たちの対決は避けられない。不変を求めるオレクテムと変化を求める俺とじゃどうせ平行線のことではあったろうが、ここまで近しく、なのに対極とあってはな。


 オーゼムが言ったように、似た出自で似たような目的を持って、だけど決定的に違う。同質ながらにどこまでも遠く、そのせいで互いに向ける感情もベクトルこそ反対ながらに質も量も同じなのだ。俺という存在に重きを置いたオレクテムは、だから俺を手元に置きたがる。オレクテムという存在に重きを置いた俺は、だから彼を隣人として置いてはおけない。


「君にとっても。私がいるということが、幸運となればいいと願ったときもあった。孤独ではない証として私を見てくれるのではないかとね……だが、あまりにも淡い希望だったね。君は元より孤独などを恐れてはいなかった」


「ははあ。さては魔法を広めたのも弟子を取ったのも、俺が仲間づくりに必死だからとでも仮定を立てていたんだろう。だとすれば誤解するのも仕方ないが──生憎と俺にそこまでセンチな執着はないんだ。前世からそういう機微には疎いほうだったし、何よりも」


 指を一本立てて、近づけて。オレクテムがよく見えるようにする。彼の目にあるのが困惑の感情というよりもこちらを見定めんとする勘定であることを見て取って、俺はなるだけきっぱりと告げてやった。


「お前やオルトーのように、手段を択ばずに『なんでもできてしまう』ようなのがそうたくさんいられちゃ困るんだよ。具体的に言えばそんな危険人物は……俺一人だけで充分だ」


「──そのために。君はオルトーを?」


「そう思ってくれていい。思わなくてもいい。自由だよ。だってどうせお前はあいつじゃないんだからな」


 どうぞお好きに。そう言って指をたたみ、作った拳をオレクテムへと叩きつけた。



◇◇◇



 殴りつけられるのを覚悟し、オレクテムは拳を受けながらも反攻することを選んだ。頭を潰さている最中に周囲に溢れる水を操作しイデアの体に巻き付け、周辺の土塊も彼女へと引き寄せ、ついでに空気圧も高めて押し付ける。その反動を利用するかのように自分は上方へ飛び出し地上へと脱出した。息も詰まるような地下空間にイデアを置き去りとして浴び直した太陽の光は格別の解放感を彼にくれた──無論、これで彼女をどうにかできたなどとは思っていない。再生を行いつつも決してそこから目を離さない。すると案の定、いや予想よりもいくらか早く。埋めた箇所から全ての邪魔を押しのけて少女が射出された。


「やれやれ……たったひと息をつく間もくれないとは参ったな」


 目にも追えない速度で自分と同じ高度まで昇ってきた彼女に弱音を零し、けれどオレクテムには追い詰められた者らしい気配などなく。


「だがこの苦難も受け入れよう。これが試練、これぞ儀式。よくぞこの私に対抗できるだけの高みへ来てくれた──そんな強き君を制してこそ。神成の宮への堂々たる凱旋が叶うというものだ……!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ