231.切り札
強がりをひとつ言わせてもらうなら。
オレクテムが新たに披露した技術の数々は全て予想通りで、俺の想像の範疇を出ないものばかりだ。傍からは翻弄されているようにしか見えないだろうからこの「予想通り」発言に説得力など微塵もないこととは思うが、しかし実際に翻弄はされているのだからそれも致し方ない。予想することと対策できることはまったく別の話であるからして、馬鹿みたいな高圧と反発を絶え間なく発生させる『撹拌』とやらも再生能力に蓋をしてくる──そう、言葉にするならこの表現がピッタリだろう──『天至』とやらも。やられて厄介なことに変わりなく、まだしも「こういうことをしてくるだろうなー」と予見していたからこそ心持ちの余裕も少しは保てているが、逆に言えば予想していたことでのアドバンテージなどその程度のもの。これならまったく初見で素直に驚いていたほうが楽しかったかもしれない……というのはさすがに冗談としても、現状いいようにやられているのも事実であり。そして対策を取れないことがわかっていた以上、いいようにやられることすらも想像の範疇であったのだ。だからちっともこたえちゃいない、と言えばやっぱり強がりに聞こえてしまうかな?
さておき。
単発火力最高の魔法である二十四重呪式魔化魔力加速砲──長ったらしくて舌を噛みそうなので二十四重魔化砲と略すとしようか。それでも長いが呼びやすさは段違いだ──が、まったく通じなかったのは誤算と言えば誤算だったかな。いや、まったく通じなかったというと語弊があるか? 一応はダメージを通すことができていたしね。しかし魔力輪でダメ押しをしなければ復活を迫るほど壊し切れなかった、というのは少し残念なポイントだろう。もうちょっといけると思っていたんだけどな……でもまあ、呪式魔化で威力を上げている構成上、俺が扱う攻撃魔法類。たとえば魔力触腕や魔力レーザー、最近他者から技術をパクって得た魔力チェーンソーや縮小領域『虚孔』等々のことだが。それらと比較してその正確な威力を俺自身把握できているという利点が魔化砲にはある。何故これが利点かと言えば、そこは単純な理屈で。攻撃力が数値化できるからそれを食らった敵の損耗の度合いによって防御力も数値化できるという、『比較対象』としての強み。これは立派な利点と称せよう。
その視点からすると、広げなくていいとはいえ『完孔』を介する必要がある触腕やレーザーがその手順の重なり具合から魔化砲のライバルとなるのだが、これはあまり意味のない比較だ。オレクテム相手に前者ふたつを用いていない時点でお察しのこととは思うが……断然に火力が違いすぎる。今のあいつの魔力防御を貫くにはちっとも足りておらず、許容ラインにある魔化砲と似たような手間がかかる割には及第点に届かないことから使う理由がまったくない。魔化砲が攻撃魔法として如何に優れた代物かの証明でもあるが、とにかくだ。問答無用で進路上の全てを噛み砕く『虚孔』や、世界を構成する高次魔力そのものをぶち落とすエイドス版魔力輪には叶わずとも、そこそこな威力をそれらより手早く放てる魔化砲はこの先俺の魔化の腕前が上がれば更なる威力向上も見込める点も加味して将来有望、ながらに現時点ではちょいと力不足。そういう評価が妥当だろう。
いつかやってみたいな、千重呪式魔化……ひとつ多く重ねるだけでも難度の跳ね上がる魔化なので、現状の二十四重を千重とするには千年間それだけに没頭したとしても実現できる気がしないというのが本音ではある。だけど男なんだから目標はデカく持たなきゃな──いや俺は肉体的には女だけども。
で、だ。
攻撃力の査定はそれでいいとして肝心のオレクテムの防御力に関してだが……うーん、これがなかなか一言では言い表しづらい。数値化できると言っておきながらどういうことかと思われるかもしれないが、わかってもらいたいのは攻撃そのものとは違い防御──つまり受け手側の受け値は一定とは成り得ないという点。俺が受けるほうだとしても、食らう気満々でいるのと守る気満々でいるのとでは同じ攻撃を受けても被害の差が歴然と出る。どこで止めるか、どう止めるか。そのために魔力をどれだけ費やすか。そういった判断によっても左右されるのだから防御力の可視化は難しい。そして一層に困るのが、どうもオレクテムにはひどいムラがあること。二人の魔女に三人の天使。いずれも強力な魔法使いたちを次々と取り込んで『完成』間近だという現在の奴はその言に違わず異常なまでに全身から魔力を迸らせており、それ+エイドスを構成する高次魔力まで操るようになっているからますます手が付けられない、のだが。
言ったように彼の能力には恐ろしくムラがある。波があるのだ。高いところでは俺に何もさせないだけの圧倒的な質量で完封してくるが、そこを抜けて低くなれば割と自由に動けるし隙もできる。これはきっとまだ完全に天使三体分の力に適応できていないのと、神に近づき過ぎて──位地ではなく精神的なものを指しているつもりだ──言ってしまえば極度の興奮状態にあり、魔力操作に影響が出ているのだと思われる。動揺や高揚は魔法使いの天敵だ。人類最古の魔法使いと言ってもいいオレクテムがまさかそのことをわかっていないはずがないし、奴は感情で魔法を使う邪道タイプとは違って理屈で魔法を扱う典型的な王道タイプ。即ち興奮を抑えなくてはならないと誰より理解できているだろうに……それでも制御しきれないだけの暴力的な情緒が次々に湧き出てきている、ということか。戦っていてそれがよく伝わってくる。
なので総合的に。高低どちらもひっくるめて判定するに、ざっと計算して今のオレクテムは攻撃力、防御力共に俺の数倍から数十倍はあると見ていい。悲観的な観測ではないぞ、純然たる事実としての検証結果だ。この攻撃力というのは俺の再生に外部から触れられる点を加味したもので、防御力もまた天使から奪った再生能力を使える点を踏まえたもの。俺と同等以上の能力に加えて天使への特効をいくつも持っている。となればどちらが有利かは火を見るよりも明らかであり、オレクテムもそれがわかっているからこそ俺からの反撃に遭っても子犬にじゃれつかれた程度の態度で余裕綽々でいられるのだ──勝利を確信している。油断でも慢心でもなく、この検証と同じく絶対の事実として。『必ず』自分が勝つことを知っているからだ。
今もそうだ。会話の最中に不意を突いて行った自爆攻撃。いっそのこと再生前提で自らを傷付けながら攻めたほうが再生阻止に悩まされずに済むと考えて実行したそれも、オレクテムは楽に防げただろうにあえて何もせずに食らって吹っ飛び、そして俺の復活に合わせて転移で接近。何事もなかったかのように目の前に立った。小癪なことをしてくれる。揚々と俺に見せつけてわからせてやっているつもりなのだ。彼我の差を、絶対の実力差を──存在としての格差を。俺の意識の奥底にまで刻み込もうとしている。これは真剣勝負などではない。そう考えているのは神徒たちだけでなく彼らの主人たるこの男も同様のようだった……そして最初の話に戻るが。
こうなることを俺は予想済みだった。
これは強がりでもなんでもなく、既に想定し終えていて、その上でここに立っていること。オレクテムに相対することを選んだからには、要するに──。
「勝つ気でいるのだな、イデア。その瞳はそういう瞳だ……何故まだそんな目ができるのだね? 意を決しての自爆攻撃もご覧の通り、私には通用しない。そもそも君の切り札である二十四重の呪式魔化。私を倒すための秘策が秘策足り得なかったと知れた時点で膝を屈するべきではないのかな。君の足掻きにはとことんまで付き合うつもりだが、あまり見苦しい様は見たくないな……苦しむ姿だってできれば見たくない。私はね、イデア。君に笑っていてほしいんだ。心からの慈しみの笑みを私だけに向けてほしいんだよ」
「馬鹿だな、本当に」
「ふ……拒絶されるのは傷付くが、それだけ楽しみにもなる。今にその態度が変わっていくことを思えばこそね」
「そうじゃない。お前の欲求云々に関してはどうでもいい──その手前の発言に馬鹿だと言ったんだ」
「……?」
どういうことかわからない、という面持ちのオレクテムを前に俺はローブを脱ぎ去って。いつもの一張羅、細身の黒いボイラースーツだけの恰好となる。エイドスの草原が足裏に少々くすぐったいが……この感触が懐かしく、どこか気持ちよくもある。
「切り札が二十四重の魔化砲だと言った覚えなんてないぞ。そっちはただ実戦と比較の検証で使ってみただけ。俺が用意したのはまったく別のものだよ──お前を倒すための手段をこれから見せてやる」
「ほお……、」
「拡大と縮小を同時展開。二重魔力領域を発動だ」
理想の領域と自ら名付けた世界で、俺は俺のためだけの領域をそこに広げた。




