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229.それもまた運命の導き

「撹拌も再生阻止も凌いでみせる君には、やはりこれがいい。優しく壊してやれないことを許してくれ」


「!」


 地面が波打ち、飛沫を上げる。足元の異様な変化にすぐさま上空へ避難したイデアだったが、荒海の如くのたうつ大地の隆起から逃れることはできなかった。柔らかく、しかし重く。身体に纏わりつく土の波に飲まれて──そしてすぐ、その内部を自在に泳ぐオレクテムに捕まった。咄嗟に魔力チェーンソーを腕から生やして周囲の土ごと切り裂きながらオレクテムへと斬り付けたが。


「残念だが。その程度の技に屈してやれる私ではないのだよ」


 回転する刃と拳がぶつかり合う。拮抗も見せずに刃は簡単にへし折れ、それを操るイデア共々たったの一打によって粉砕された。血反吐を撒き散らしながら流動する地面から叩き出された彼女を、再び土波が餌に釣られた大魚のように食らいつき嚥下。重力よりも遥かに強い力で引き込まれるイデアの真下から追いついたオレクテムが、


「魔力大因業・引導」


 まだ再生もままならにイデアにまた拳を叩きつける。


 至近限定、魔力の反発を掌から直に打ち込む『引導』は防御を許さない絶対破壊の技。再生を引き止める『撹拌』や再生原則そのものへ介入する『天至』ほど天使特効・・・・と言えるような代物ではないが、それらふたつを組み合わせてもあの手この手で復活するイデアにはいっそのこと。防ぎようのない純粋な破壊力を体験させてやったほうがよかろう……身も心も擦り切れて抗う気持ちを失うその時まで、そうやって壊し続ければいい。


「何時間、何十時間。あるいは何日でも何年でも。快く付き合うよ──何せこれは儀式。君が私を認めるまでの、私が私を認めるまでの神聖にして最後の試練なのだから。妥協なく、後悔なく。共に美しく昇天を迎えようじゃないか」


 オレクテムは唯一にして永劫の神へ昇り、イデアはもう一度神の使いへと昇る。それこそがこの戦いの終着点ゴール。そこ以外に続く道はなく、イデアとてその運命から逃れる術はない──全ては思うがままである。これぞ神だ、と連続で『引導』を振るいボロボロの少女を更に凄惨な姿へと変えた彼は。


「おや……?」


 手応えの妙。そしてイデアだったものが千切れ飛んでいく様を見て、それがガワ・・だけで中身が空っぽであったことに気付く。自分の肉体の外側だけを囮として本体は抜け出していたらしい。またしても一本取られたが、しかし皮だけを残して剥き身となったイデアはどうやってこちらの目を掻い潜って逃げたのか。土波の中にいれば彼女の居場所は探るまでもないと己での探知を怠っていたのが裏目に出た──が、勿論オレクテムはこれを失敗とは捉えていない。


 むしろ楽しむために、この儀式をより充実したものとするためにイデアへ足掻きの余地を残している。そうと解釈すべきだろう。オレクテム自身がそれを意図的に行っているかはともかく、このときイデアは彼からひしひしと絶対者の油断というものを感じ取っていた。


「! そうか、自身の魔力化。そういえばアビスはそんなこともできたのだったな──ならばそれも君が真似できるのは当然のことか」


 土波の一部が何故か術者たる自分に纏わりついてきた。イデアを炙り出そうとしていたところのオレクテムはその不可解な現象に戸惑ったが、すぐにこれ・・がイデアなのだと思い至った。巧妙に土波に似せているが魔力で探ればイデア特有の波長が感じ取れる。バレバレだ……と言ってもこうして行動を起こすまで自分に悟らせなかったその手腕には驚かされた。実に楽しい、とオレクテムは急所を中心にキツく締め上げられながらも笑みを絶やすことなく、イデアより与えられる苦しみを存分に味わう。


 彼にとってこれは想い人からの抱擁に他ならず──そうと知らずすぐに振り解いてしまった先の食指攻撃での悔いを取り戻すようにじっくりと堪能してから、魔力を練る。


「魔力大因業・撹拌」


 反発を軸に強い魔力の流れで敵をかき乱すこの術は、何も復活や再生を邪魔することだけが使い道ではない。それは要するに魔力による干渉の一種なのだから、このように。魔力と一体化したことで完全物理無効化を果たしているイデアに対しても有効。というより一層に効果的なものとなる。擬態した姿のままイデアは土波と一緒になって激しくかき混ぜられ、状態変化に付き纏う『敵の力量如何によっては余計な窮地を招く』という典型的なリスクを背負わされたままに──。


「ここだな。魔力大因業・蓬莱」


 引き伸ばされた少女の全身が均等に周囲へ満ちたその瞬間を狙って、オレクテムは体中から解き放つように三百六十度全方位へと魔力大因業を放出させた。超質量の土波も、その中に混ざるイデアもお構いなしに何もかもを吹き飛ばす。周囲数百メートルの範囲において空気中に満ちる魔力すらも追いやった彼は、それが理想領域エイドスの性質によって立ちどころに──あたかも真空が解除された途端に空気が戻ってくるように──埋め尽くされる中でそっと一帯を探る。


 今のはかなりのダメージを与えた。そういう感触がある。肉体的な傷などいくらでも回復できる天使ではあるが、痛めつけることに意味がないわけではない。そして望ましいのはそれを徹底すること。より痛ましく、より凄まじく、より連続的に、より絶対的に。これでもかと圧倒的な差を見せつけて壊し続けること──それが何より肝要となる。


「……ふむ」


 エデン・ウテナ戦を経て天使の攻略法を確立させているオレクテムは、それが故に。確かな手応えを感じつつもそれがまだ決定打には至っていないという逆説的な証明も得られていた。勝敗がつく一打には未だ程遠い。だが確実にイデアは痛手を負っている……『その時』は近づいてきている。そこで、揺るぎなく勝利を想うオレクテムの探知がひとつの反応を発見する。飛び散った魔力体を元の肉体に戻し終えようとしているイデアの輪郭を捉えた、瞬間にそこへ跳ぶ。天使たちがエイドス内であればなんの制限もなく自由に行き来できるように、天使を三体も取り込んだ今のオレクテムにも同様の真似が可能であった。


 魔力から伝わってくるイデアの意識。茫洋としていてオレクテムにも読みにくいそれにも確かに存在している間隙。思考が切り替わる刹那にも満たないごく一瞬の空白を突いて彼女の目の前に姿を現わせば、しかし少女も然るもの。まず間違いなく接近にも出現の瞬間にも気付けていなかったろうに、それでもにやりと笑ってみせた。


「面白いな、本当に。お前が新たに得た技もその戦法も。ここまで戦いづらいと思うのはシースグラム以来だよ」


「白智竜。魔女が君臨する前の旧支配者か……懐かしいな。あの頃はまだオレクテムに目覚めたばかりで右も左もわからなかった……自身が何者か、何を成せばいいのかも定まっていなかった時分だ。今にして思えば、おぼろげにあった欲求に形と原動力を与えてくれたのが竜魔大戦だったのかもしれない。天上にて創造主を弑し、地上に降りては支配者たちを蹂躙し。それを一切の気負いや使命感なくやってのけ、あっさりと隠遁に耽り出した君という者の在り方に──その尊き生き方に。私は初めて『絶対』というものを意識した。そうありたいと。そうあるべきなのだと。オルトーの遺志を継ぐのは彼のバックアップである私以外にはいないのだと使命に目覚め……ご覧。そうすればこうして運命に導かれた」


 魔女の誕生も、始まりの村の始まりも、会談の設立も、人間社会の発展や地方線による地域格差も──起こる全てがオレクテムにとって、そのしもべの神徒にとって都合のいいことばかりだった。あまりにも簡単に騙せてしまうものだからついつい必要以上に時間をかけ過ぎて。タイミングを見計らっていたイデアへの干渉も、それに勘付いたアーデラによって思いもよらない時期に思いもよらない速度で事態が進行することとなってしまったが……だがこうしてみればそれもまた運命の導き。素晴らしく都合の良いことだったのだと断じられる。


 万象一切我に阿り遜り──そう説くオレクテムを、完全に肉体を取り戻したイデアが「はっ」とせせら笑った。


「竜魔大戦中と、その終結直後。魔力使いはいても魔法使いと呼べる人間が極端に少なかったものだから俺は良かれと思って魔法を教えてやった。魔素を吸収して魔力を生む通常魔法も、そして高次魔力を引き出すエイドス魔法も、どちらもだ。前者は既に現地民が使っていたからまずは俺のほうがその斬新な・・・やり方を学んでからだったけれど。当時の人々は効率的な通常魔法の扱い方については割とすぐに覚えてくれたが、エイドス魔法のほうはそうもいかなくてね。その兆しがようやく見えたか……というところで俺は大陸の端っこへ引っ込んだよ。あとはただ待つだけで人間も魔法使いも増えるし、その内の数パーセントくらいはエイドス魔法を使いこなせるようになるだろうと。そう思ったんだ」


 だがそうはならなかった、とイデアは平坦に。しかし心から惜しいと思っているのが伝わってくる声音で言った。


「アーデラの策略で久方ぶりに見た実存世界イグジスは──人間の社会は。俺の想定とはだいぶ違っていた。発展も遅ければ教えたはずのエイドス魔法がその概念すら伝わっていないんだから。どんな学術にも取りこぼしはある。人間にとっての難度を思えばエイドス魔法がそうなっても不思議じゃないかと始めの内こそ自分を納得させていた……が、それでも拭いきれない違和感は残った。濁りのような感覚がより鮮明となって、その正体と原因が他ならぬ魔女だと知れて。だが魔女が原因であっても元凶・・ではないとも知れたよ……なあ、そうだろうオレクテム?」


「ふ──」


 少女からの遠回しの言及に、なんの衒いもなく彼は頷いた。



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