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228.私が君を壊す番だ

「……うーむ」


 理想領域エイドス内での転移は実存世界イグジスのそれよりも遥かに自由が利く。自らが上空に設置した魔力輪、その真下を目安に跳んでみれば。底無しの大穴が空いているそこは元通りにならんと再生・・を始めているところだった。イデアが持つ再生能力と原理を同じくする、エイドスをエイドスとして保つ最も根源的なシステム。全てが高次魔力で形作られている世界においてはこのような並外れた被害とて大した意味を持たない。どんなに壊そうが荒そうが見ての通り、修復はすぐだ。欠けて形を失った魔力も立ちどころに巡り、再び形成。新たな姿となってエイドスの一部を構成する。


 イデアの視線の先──世界の再生と一緒になって復活するオレクテムは、まるで彼自身がエイドスの一部であるかのようだった。


直り方・・・が随分と天使こちらに近づいたな。それもアビスらの力を十全に扱えている証というわけか」


「ふふふ、その通りだ。以前の私は壊れにくくはあっても君たちほど手厚く守られていなかったからね。オルトーからの寵愛を少々失敬させてもらったよ。最低限の加護から最大限の加護へ、だ」


 補助具と天使では創造主オルトーの施したプログラムに違いがある。その良いとこ取りを現在のオレクテムは成し遂げているようだ──そう理解して小さく鼻を鳴らしたイデア。そんな彼女の様にオレクテムは優しい表情を向ける。それは大人が、よく頑張っている子供を褒めようとするときの顔付きだった。


「しかし驚かされたな。再生能力を得ると同時にプロテクトだってあのときの比にならないほど強化されたというのに……それをここまで派手に壊してみせるなんてね。流石だよイデア。エイドスが君を本来の強さにしている。その上で魔力の運用で君以上に効率性を求められる者は他にいないのだから、やはり。四天使においても君こそが最上である。これは間違いのないことだね?」


「どうだろう……そう大層なものではないかも。俺としたことが二十四重の呪式魔化ではけっこうな魔力を無駄にしてしまっている。魔法式と魔力操作に小さなミスがいくつかあったものでね」


「ミス? あれにやられた身としてはそのようなものはどこにも見受けられなかったが……」


「最効率ではない、というだけでも俺にとっては失敗なんだよ。駆け出し魔法使いならともかく俺は魔女で天使でイデアなんだ。そしてここは『穴』なんか使わずとも高次魔力を使いたい放題の出身地ホーム。魔力の減退も減衰も起こりっこない、はずだったんだけどな。少し恥ずかしいや」


「そういうことか。だがそれに気を落とす必要はあるまい、二十四回も魔化を重ね掛けられるというだけで充分に超常的だ──それはもう、神の御業の如くにね」


 魔力減退とは魔法式の構築段階からミスがあり発動時点での魔力が消費量より弱まっている状態を指し、魔力減衰は操作の瑕疵により発動後に著しく魔力が減っていく現象を指す、似たワードながらに意味合いの異なるものだ。しかしてどちらも魔力運用を効率的に行えているか否かの指標であることに変わりなく、火力を追い求めとりわけそこへ気を使ったにも関わらず脳内に描いていた最高威力に届かなかったこと。それをイデアは深く恥じたが、何もそれに心から落ち込んでいるわけではなく。


「下手な慰めなら不要だよオレクテム。不完全の課題に悩まされるのはむしろ喜ばしいくらいだ。それはつまり、技術的向上の余地が残されているということなんだからね」


「なるほど、君らしいな。そして羨ましくもある」


「羨ましい?」


 微笑と共に告げられたワードに訝しむ少女へ、オレクテムは笑みを深めて──。


「もうすぐ神となる私だ。そうなってしまえばそこが『完全』。それより上はない……そうだろう?」


「!」


 いつの間にか・・・・・・。自身の背後に立っていたオレクテムから距離を取り直すイデア。気付けば行動を起こされているこの感覚は、前回彼と対峙した際にも味わったもの。だがあのときよりもずっと明確・・である。まるでオレクテムの移動の最中、己の意識が途切れていたような。そうとしか思えないこの認識の欠落は──。


「無意識と有意識。認識の取捨に起因する摩擦。それによって生じる軋轢とも言うべき隙間を私は見つけられるという、ただそれだけのことさ。神徒にも波及しているこの力を私こそが誰より使いこなせることは言うまでもないだろう……イデア、君の『思考の瞬き』さえもこのように。しっかりと触れられるのは私だけなんだ」


「二十四重──、っ」


「おっと、いけないな」


 再度の攻撃を繰り出そうとしたその手を、気付けばそっと抑えられていて。触れ合う指先に少女が気持ち悪げに顔を歪めた、その耳へオレクテムは唇を寄せた。


「君の手番は終わったろう? 交代しよう。次は私が──君を壊す番だ」


 少女の腕が。否、上半身が爆ぜた。血肉の破片すら粉微塵、よりも細かく砕かれ霞となって消える。即時に再生が始まろうとするそこをオレクテムは狙い撃った。


「魔力大因業・天至」


 戻りかけていた肉体が内側から再爆散。無数に飛び散る中からオレクテムはとある破片に目をつけた。それは他の欠片よりも僅かに大振りで、そして魔力に濃い。神成の目は誤魔化せるものではない──そう微笑んだ彼の予想通りにその破片から再生が始まった。応用的な復活点の設定による変則蘇生。かつての自分であれば見事に誤魔化されていたであろうそれも、今となっては愛らしい小細工としか映らない。


「まあ。仮に見失ったところで、なのだがね」


 天至とは魔力大因業の発展形。無数の魔力同士を反発させるその技の威力を引き上げた上で、対天使への特効とも言える再生阻害の能力が最初から組み込まれている。当然、これがエデン・ウテナ戦でも大いに役立ったことは説明するまでもないだろう。彼女たちに追い詰められたからこそこうしてイデアに対しても自らの優位は明らかなのである。


 全ては巡り合わせ。帰結すべきところへ運命は帰結する。即ち。


「私が神となること。それは私のみならずこの世界の運命でもある」


 君もすぐにそれを受け入れる。優しく囁きながら蠢く破片の前に立ったオレクテムは、少しずつ人の姿を取り戻しつつあるそれにそっと触れた。──まだ吸収はできない。天使を取り込むには多少弱らせる程度では足りない。決定的なまでに肉体と精神を削り衰弱させる必要がある。そのやり方もオレクテムはこの地にて経験済みであった。


「魔力大因業・撹拌」


 複雑な魔力の流動によるシェイク。そこにあるものを強制的に歪めて整わせない。正しい位置に、正しい形に戻りたがっているイデアの身体を押し留め、逆に引き離していく。肉片が痛ましく震える様を見て、彼もまた痛ましく目を伏せた。


「可哀想に、イデア。君のそんな姿は見たくなかった……だが神のしもべらしく。服従を説くにはこうする他ないのだと理解してほしい。阻害する、だけでなく今や私は再生の阻止も可能となった。それが意味するのはオルトーが施した絶対のプログラムにすらも我が手で触れ、我が意思を及ぼせるということ。まさに神成の前兆としてあつらう、その証左となるものだろう。わかるかいイデア。君が世界で初めて新しき創造主の力を味わっているのだよ──深く重く、その全身でね」


 力を介して自身と少女が繋がっている。連なっている、とオレクテムは恍惚とその事実を咀嚼する。父の遺産とも言うべきイデアと、彼女の肉体に残された神の加護プログラム。それを全て意のままにできればもはやイデアは遺産などではなく、正しく自分の、自分だけの所有物となる。欲して欲して堪らなかったものが己が手の内にある。そう認識した瞬間にどくんと鼓動が高鳴った。


 それは神に至る好機を告げる福音。


 ようやく認められる。認めることができる。父を超えた証を手に入れるときが来た──!


「いいや。そいつはまだ・・のはずだぜ、オレクテム」


「!?」


 撹拌の檻から外れて浮かぶ小さな唇。その内側で赤々とした舌が艶めかしく震え、くすくすと笑い声を立てる。


「俺の心身ぜんぶを欲するのなら。身体だけ好きにして悦に浸るんじゃあなく、心の奥の奥まできっちり支配してくれなきゃな──」


 定まらない肉塊たち。そして唯一再生された少女の口から細長い何かが溢れてくる。魔力食指。アビスを相手にも発動されたそれが、より強力なものとなってオレクテムを襲う。一瞬の内に絡め取られて自由と視界を奪われた……が、それが解かれるのもまた一瞬。


「驚いたよ。この程度の術で私をどうにかできると君が思っていることにね──む?」


 身動きひとつせずに食指を一本残らず振り解いたオレクテムは、ぱらぱらと崩れて消失していくそれらを見回して訝しむ。食指の発生源たるイデアの、肉も唇もどこにもないではないか。再生にしろ移動にしろ目立つ気配は感じられなかったというのに、どうやってどこへ消えたのか。彼はその答えにすぐ行き着いた。


「なるほど。発生させたのではなく自身が変化したのか……つまりこの食指こそが君だったと」


 加護によって保たれている自身の肉体を変化させる術を、彼女も身に着けたのだろう。数百年の研鑽の末にアビスが実現させた高難度の技術もイデアであれば一目見ただけで模倣するに容易いものだったろう──上手い、とオレクテムは思う。確かに自分が邪魔しているのはあくまで再生原則という自動的に元に戻らんとするそのプログラムのみ。彼女の意思による変身・・であれば話は別だ。


「そして今、そうと知らずに私は『壊し直した』。再生阻止を怠ったまま──ふ、これは一本取られてしまったね」


 ゆっくりと振り向く。己の背後、範囲一杯の十五メートル先で五体満足の復活を果たしたイデアを眺めてオレクテムは愉快そうに喉奥を鳴らした。それは何が起ころうとも己の優位が絶対に覆らないことを確信しているが故の、傲岸にして高貴。まさに天の頂きに立つ者が抱くに相応しい余裕というものであった。



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