227.呪式魔化魔力加速砲
「転移門か……今更どこへ行こうって?」
突如出現したそれの正体を見誤ることなく訊ねた少女に、オレクテムは両腕を広げた。
「『神託の間』。私たちの頭上には天空議場がある──つまりこここそが世界の中心だ。壊したくない。神成の宮はとても丈夫に出来ているが、しかし私と君の戦いに耐えられるような設計ではないからね。まずもってこの世界にそんな場所はどこにもないのだが。……例外があるとすればそれはたったひとつだけ」
「理想領域」
「その通り。ご明察だね」
「辿ってみればそれがどこへ繋がっているかくらいわかるさ」
「おや。そういうことができないような門に仕上げたつもりだったのだが。神徒と協力して作り上げた自慢の一品であっても君の前には形無しだな」
「行き先がエイドスだからこそわかりやすかったんだよ。それの出来については否定しないさ──俺から見ても見事な完成度だ」
何せ二世界の越境に俺が気付けなかったほどなんだから、とイデアは呟く。オレクテムは往復しており、最低でも二回。この門は開かれ、境界を跨がれた。そのどちらにもイデアが勘付くことはなかった。いや、今にして思えば『あれ』がそうだったのかと思える、小さな虫の知らせめいた感覚があったのは確かだが。あまりにも小さすぎたそれを彼女は上手く汲み取ることができなかったのだ。
それだけこの門は静かで自然的である。境界面にまったく揺らぎを起こさず、故に常にそこへ気を配っていたはずのイデアすらも出し抜かれた。結局は捨て置いたとはいえ僅かにも違和感を抱いただけその感覚器官の鋭さこそを褒めるべきかもしれないが、しかしこの件に関してオレクテムが上手を取ったのは確かな事実。想定と知覚の隙間を掻い潜られてはどうしようもない、とイデアが自分自身に対して肩をすくめる様を見て──。
「興味本位として訊きたい」
「うん?」
「仮に私の越境に気付いたとして。君は姉君らの救出に動いたのか?」
「それはないな」
迷いのない即答をオレクテムは懐疑的に思う。この身の裡からひしひしと姉妹の気配を感じているであろうに。こうなる前に助けたいと旧知の仲として、同胞としてそう願うのはおかしなことではないはずだ……一人として生み落とされたオレクテムには、イデアの姉妹たちへ向ける感情の内実とその度合いが掴めない。だから質問を重ねる。
「何故だい? あの時点の私からすれば君の参戦ほど恐ろしい事態は他になかった。君だって姉二人を味方に戦えたならそれ以上の幸運はないだろう? 戦力という意味で言えば、君が引き連れた六人を足してもあの二人には到底及ばないのだから」
「味方にできたなら、その通りだね。だけどどうせ姉上方は俺に助けられることを良しとはしないさ。特にエデンはプライドが高いものだから、恥をかかせてしまうのは忍びない」
「ほう……情の薄さではなく、よく知るからこその配慮であると。君の手に救われるよりも潔く散ったほうが彼女たちのためになるだろうと、君は考えるわけだ」
「実際のところそうだったろう? 敗北したからにはお前のことだって認めたはずだ」
「……ああ、そうだね。最後は実に大人しかったよ。そして私を称賛と共に認めてくれた──だが、それは」
あくまで『力』だけ。自分たちを負かしたその強さだけしかエデンもウテナも認めなかった──その他一切を、オレクテムそのものを彼女たちは決して肯定しようとはしなかった。
強弱のみで計られ、恐怖のみで語られるうちは神にあらず。神徒にも常々説いているオレクテムの真理にして神理は畢竟、現在の自分の否定にも繋がるもの。それを理解しているが故に彼は──。
「だがそれは私の望むものではない。私の在り方を君に、君にこそ認めてもらえたそのときが待望にして大望の成就、神成のときとなる。さあ、今日を決着としようイデア。君が生まれた父の懐の如き世界で思う存分に戦おうじゃないか」
ついておいで、と肩で風を切って闇の奥へ消えるオレクテム。その後ろにまったく躊躇することなくイデアも続いていった。空間越え特有の浮遊感や三半規管の歪みをまるで感じさせることなく門は彼女を跳ばし、世界の壁を踏み越えさせた。広がるは無限の世界。魔力のみで構成された果てと終わりのない理想の領域──なだらかな草原と青々しい空に挟まれ、オレクテムとイデアは彼我の距離二十メートル程で向かい合った。
「比較的循環の穏やかな場所に出たな」
「お誂え向きというやつだね。この世界もわかっているのかもしれない。これより全てが決しようとしているのだと」
「…………」
士気高揚。当初の穏やかさをそのままに、だが大一番への意気を隠すことなく発露させる白き神候補に対して。黒い少女は見るからに力のない佇まいで「はあ」と重く息を吐いた。
「ウン百年のぶりのちゃんとした帰郷がこんな形になるとは思いもしなかったな。エイドスに誰もいない、なんてことも少し前までなら考えられなかった。自分でも意外なことに割と落ち込んでいるよ。俺は思った以上に姉上らに信を寄せていたらしい──」
「それは、たった四人の同胞としての信頼かい?」
真に家族とは見做せないまでも、けれどこのイデアにも姉妹の如き存在を大切にしたいという人並みの感情はあったのか。永遠に連れ添うはずだった彼女らを不意に失って、その実感が空っぽのエイドスを目にしたことで湧いて。改めて寂寞の思いに駆られているのだろう──というオレクテムの慈しみの推量を、イデアはあっけらかんと足蹴にした。
「まさかだろ? 俺の目的はエイドス自体。その楔としてあの二人は貴重だった、という話だよ。まあ今となってはそこまで重視もしちゃいないが……だけどオレクテム」
「……!」
空間が歪む──それ即ち魔力の歪み。大きく流動しイデアの身へ、その手元へと集約される。
「だとしてもお前の餌になるのは勿体ないよ。エデンもウテナもアビスも。クラエルやフォビイだってそうだ。俺がその役に相応しいかどうかはともかく、仇くらいは取らせてもらうよ。そのための切り札も用意してきた」
収束、そして収斂。異様な動作を見せるイデアの手の内の一個の魔力。そこへ追加で魔力が注ぎこまれ、更にもう一膜。魔力の上から魔力が被せられた。
「呪式魔化魔力加速砲」
「ッ!」
発射と回避はほぼ同時。そして着弾もだ。避けたつもりが軌道を曲げて自身に命中したそれをオレクテムは──受け止めた片手だけで殺し切ってみせた。
「以前に見せたものの進化系、か。際限のない加速に加え命中するまで対象を追い続ける誘導性……? なるほど、大した魔法だが。今の私を壊すには如何せん威力不足。エイドスの恩恵を受けても尚足りないな」
「だろうね。だからこれだ──二重呪式魔化魔力加速砲」
「なに……ッヅ、」
魔力へ直接魔化を施し、弾丸として加速魔法に乗せて打ち出す。それが通常の魔化魔力加速砲。そこに呪式魔化という更なる強化──内容は弾丸の耐久性向上、指定対象の永久追尾、内包魔力量に見合った単純な威力増加──を与えたのが名の通りの呪式魔化魔力加速砲。その強化をふたつ重ね掛けたのが、こちらもまた名称通りの二重呪式魔化魔力加速砲である。
「二重だから威力も速度も二倍……なんて安易な計算式じゃないことは、お前なら言われなくたってわかるよな?」
「ッく……だと、してもだ!」
此度は両手で魔力弾を挟み込み、押し潰す。エイドスの大地にその足で刻んだ轍を残しながらもオレクテムは凶弾に倒れることなく防ぎ切った。
「やはり足りないな、イデア! 今のには間違いなく! 姉君たちがこの地で見せた数々の技に等しい、あるいはそれをも超える威力があった。大見えを切るだけのことはあると言えよう、しかし、それでもだ。限りなく神体に近づいたこのオレクテムを害するにはそれでもまだ決定的に足りていない──」
「なら次だ。二十四重呪式魔化魔力加速砲」
「──!?」
二十四重。途方もないそのワードにオレクテムが反応する間もなくイデア周辺の景色が曲がり、円を描き、循環を示す。一瞬の内に目で追えぬほどの高速の渦と化したそれが、突如として決壊。イデアを発射口として尋常ではない加圧と加速に押し出されて飛び出す。
「吹っ飛びな」
音はなかった。大地を割り、天空を焦がし、空間を引き裂いたそれがオレクテムを襲いイデアの宣告通りに遥か彼方まで吹き飛ばしても。そこに音や衝撃は生まれなかった。まるで発生する自然現象の全てが異次元に飲み込まれ消えたかのように、残ったものはその圧倒的な破壊痕だけだった。
実存世界換算おおよそ二百キロメートル前後。エイドスは地形含め何もかもが流動的であるために距離の概念があまり役に立たないが、とにかくオレクテムの大まかな位置を魔力で掴んだイデアは挙手するように手を上に向けた。
「ついでにこれも食らっとけ。エイドス版魔力輪──極魔光」
ここを戦場にしたのはお前なんだからな、と。淡泊な言葉と共に軽やかに振り下ろされた少女の手の動きと連動するように、一帯の高次魔力が瀑布のように墜落。オレクテム周辺数十キロの範囲にあるもの全てを消し飛ばした。




