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226.家族ごっこ

 しめやかなノック……来訪を知らせる音。彼は頷く。それが入室の許可だ。ここはまだ神徒すらも立ち入らせていない、神聖にして絶対の空間。無論、招かれるべき価値がその訪問者にはあった。


 開け放たれた扉から姿を見せた真っ黒な少女は、白一色の豪奢な椅子に腰かける彼を見て薄く笑って。ゆっくりと歩を進めながら首を傾げた。


「待たせてしまったかな?」


「いいや。待ったのではなく待ち侘びていたのだ、苦痛は感じなかったよ」


 神徒が着用しているものとよく似た、しかし彼ら以上に体型にフィットさせたこちらも白一色の衣服。貫頭衣とアオザイを混ぜたようだ、と第一印象から少女はそんな風に思ったが、らしからぬ部分も多々ある。その象徴的なスリットからちらりと素肌を覗かせ、彼はすらりとしたフォルムの女性的な足を組んで歓迎の言葉を口にした。


「よく来てくれた、イデア。他の誰がどうなろうとも君だけは危なげなくこの『神託の間』へ辿り着くだろうと知っていたが、それでも私の感慨は一入だよ。父の死より数百年。補助具として生み出されてからは二千年近くだ。長い旅路がようやく報われようとしている……まったくもって君には感謝してもしきれない」


 神に造られし者が神を殺すという奇跡。それが神と同じく他世界より紛れ込んだ魂によって為されたのだから、奇跡はもはや奇跡などではなくて。全てが定められし必然であったのだろう。父の死も、自身の目覚めも。そして今こうして神殺しと相対することも。何もかもが思し召し。父やイデアを何処よりか運んだ『大いなる意思』の望むままであるに違いない。


 オレクテムはオルトーに見習い──あるいはそれ以外を知らぬように。真意の見えない神越えの意思に逆らうつもりなど毛頭なかった。


「この世界で。創造主の支配が行き届かなくなったこの世界の、絶対神となれれば私はそれでいいのだ。それ以上など望まない。君と違って慎ましやかなものだろう?」


 だから感謝したまえ、と少女を見下ろしながら彼は言った。


「君が君であったために父の時代は終わり、補助具が私となって、これより新たなる時代が始まる。永久の栄光の訪れだ──私が座する時代はいつまでも続く。いつまでも続けさせる。愛する神徒と、あとは君さえいてくれれば。真なる支配も決して夢物語ではない」


「永久の栄光? これはまた大きく出たな。君の父親だって二千年と少しがやっとだったっていうのに、よくもまあそこまでの大言が飛び出るものだ」


「何を言うんだいイデア。父がそこで途切れたのは君がそうさせたからだ……つまり。君さえ心から私に仕えてくれれば、不安材料など何もないのだよ。私を邪魔する者はいない。最後の試練は転じて最上の盟友となるわけだ」


「右腕のポジションに据えたいらしいじゃないか。それで盟友扱いとは恐れ入るね」


「便宜的なものさ。流石に横並びにするわけにはいかないことは、わかってくれるね? 私たちは血を分けた姉弟に等しく、本来ならそうすべきなのだろうが。しかし世の王位に同じく神の位に就くからには区別・・はなければな」


「血を分けたって? あはは。本当にそう思っているのか──いや。本当にそう思えているのか?」


「…………」


 オレクテムの微笑みに僅かの影が差す。イデアの否定の仕方は、先日理想領域エイドスで受けたそれによく似たものだったからだ。


「やはり君たち天使は補助具わたしを対等と認めてはくれないか……何があろうともね。君のことだ、既に気付いているはずだがあえて私の口から言わせてもらおう。この身には君を除く四天使が収まっている。彼女らの全て。力も魂も、その血肉の一片すらも。余さず私の物であり、私と一体となった。これでもまだ君と私は姉弟足り得ないかね?」


「んー……」


 緩やかな動作で黒髪をかき上げながら、イデアは何かを考える。オレクテムの言葉通り彼女はとうに気付いていた。『神託の間』への入室と同時。逃げられたあの日以来初めて彼を目にしたその瞬間に悟った──食われている・・・・・・。手の内に落ちていたアビスだけでなく、エイドスで眠っているはずの姉二人。エデンとウテナまでもがそこにいることを。それをオレクテムの気配に混ざって香る、同胞の匂いから彼女は察したのだ。


 一番の驚愕は彼にそんな真似ができたというそれそのものにある。エイドスに籠り切りであるあの二人を取り込んだ、ということは。彼女らの本領が余すところなく発揮されるかの地において二人を制してみせたということ──それに挑むのは自分を無力化させてからだろうと考えていただけに、勝利したのがオレクテム側であるという点も含めて二重三重に意外な思いをイデアは味わった。クラエルやフォビイもおそらくはオレクテムの一部となっているに違いないが、それより断然に重大なのが三天使の吸収。


 確かに今のオレクテムであれば。神徒においてもより彼に近しいオーゼムにすらも、もはや元のオレクテムとは異なる存在だと言わしめる『この段階』であれば。そこに同化した天使の血も合わさり、唯一イデアと同質・・であると……姉と弟のような関係であると称することもできるだろう。オルトーが道具として生み出した命も今となっては彼と彼女しかいないのだから尚のことに──しかし。


 イデアはそれをきっぱりと否定する。


「誤解があるようだから念のため正しておくと。俺が自分とアビスたちを四姉妹と評しているのは、器の中身こそ違えど造り自体がまったく変わりのない、言うなれば同位体だからだ。家族の絆なんてものじゃあ断じてない。製作者が同じなだけのシリーズが俺たちであって、それ以上でもそれ以下でもないんだ。そもそも、ただ造られただけの存在に家族もクソもあるものか」


「ほう……」


 その思わぬ言い分に興味深そうにするオレクテムへ、イデアは「むしろ」と何かを告発するように彼へ指を向けた。


「お前までもがアビスたちと同じように。オルトーを本当の意味で父親だと、自らをその子供だと。そんな風に自慢げ・・・に考えて、姉妹だ姉弟だとどうでもいいことに拘るのかと……そこについ笑ってしまったんだよ。その考え自体は否定しないさ。用途が違うとはいえ同じ道具同士、俺とお前に確たる差なんてありはしないとも思うから。ただし、家族ごっこに巻き込もうとするのだけはやめてくれ。俺はお前にとっての良き姉にはなってやれないよ」


「……私が、君にとっての良き弟とはなれないようにかな?」


 イデアが笑い、それを見たオレクテムの微笑みにも影が消える。明確な拒絶。だがそれが心地良い。そうやって自分を取り巻くものすら、切っても切れないはずのものですら、興味がなければ簡単に捨て去ってしまえる彼女だからこそ。欲しくて欲しくてたまらない──己が庇護下に置き、その心身の永遠の所有者となりたい。これは神を目指さずとも抱いていたであろう嗜好としての欲求。故に、どれだけ自制しようとも抑制の利かない情動でもあった。


 無論、彼はそれを自制しようなどとは露とも思っていない。


「君がなんと言おうと、君は私の姉さ。尊敬してやまない偉大なりし姉だ。そう思うからこそこの試練は少々物悲しくもあった。魔女とは君の娘も同然の者たちであり、そして神徒とは私の息子も同然の者たち。つまりは親戚同士のようなもの。それが我が神殿で殺し合っている……まるで絵に描いた悲劇のようじゃないか?」


「悲劇的、だからいいんだろ? どうせ魔女そのものに価値なんて感じちゃいないんだろうしな」


「ふふふ。処分のついでに試練を演出できれば……などと、そこまで悪し様には考えていないとも。だが君以外を残すことに価値を感じていないのはその通り。天使ですらも咀嚼したのだ、それよりも魔女を優先する理由なんてどこにもありはしない」


「見解の相違だな──どちらかと言えばこの先、より価値が残るのは魔女のほうだ。俺の見立てではね。あくまで相対的なものだからどのみちお前からすればなんの関係もないことだが」


「おやおや、いくら君の言葉でもそれは理解に苦しむな。やはり姉妹を食われたことにご立腹かな? それとも思いの外に会談を大切にしているのか……安心してくれていい、好き嫌いはしないとも。君を跪かせ、それからきっちりと。死したる魔女たちも私が頂かせてもらうよ」


 オレクテムの軽やかで優雅な態度と口振り。それはまるでデザートを楽しみにしている乙女のようですらあった。そんな彼とはひどく対照的に、「ああ」となんの感情も伺わせない声音でイデアが頷いた。


「そういえばフォビイの力は対象の生死に関係なく発動するんだったな。改めて実に素晴らしい力だと感嘆するが──するとお前の中の全員はもう?」


「いいや、生きているよ。少なくとも私の認識の上ではね。彼女の特性上、死なせてしまうと取り込んだとしても著しく同化に手間取ってしまうのでね。最終的な適合率も落ちる。それは数値にすれば無視できないだけの大きな差だ」


「ふうん。吸収するために殺すのでは意味がないってことか。やるとしても本当に最終手段と……しかし、俺の姉たちをよくぞ生かしたまま食えたものだね」


「それなりの苦労はあったとも。私の苦心の様を是非とも君にも聞かせてあげよう──私に屈服したその後でね」


「残念だ。それじゃエデンとウテナがどんな無様を晒したかは聞けそうにもない」


「ふふ……」


 ふわりと跳んだオレクテムが重力を感じさせない動きでイデアのすぐ目の前に着地し。そしてその背後に、真っ黒な闇が立ち昇った。



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