223.とっくに世界は終わっていた
先の部屋でかけられた言葉を思い返し、イデアはそういうことかと合点がいった。だから可笑しくなった。第五にして最後の間、神徒の終点たるオーゼムの部屋に朗らかな笑い声が響く。
「ははははは──なるほど、なるほど。君は左腕。そして俺が右腕ね。そういう言い方はオルトーもしなかったな。もっと密接に。離れがたい、離れられない関係をオレクテムはお望みか」
「そうなのかな……。実のところ、オレクテムがボクたちに何をどこまで望んでいるのかはよくわからなくてね。もちろん彼を神足らしめんとする支えとしての役割。だけでなく、共に愛し愛される家族としてもあらねばならない。それを求められていることはわかるんだけど──」
「だけど君はそればかりじゃないんだろう?」
「ああ、やっぱりイデアにはお見通しなんだね。そうさボクは、ボクだけは。補助具として作られた彼が、その使命を失って目覚めて最初に欲し、やがて作った自分のための補助具。つまり『バックアップのバックアップ』なんだ。もしもオレクテムがかつてのオルトーのように志半ばで倒れるようなことがあれば……その目標を、大いなる神威と神意をボクが引き継ぐ。この身で神となり新世界を構築する。そういう使命がボクにはある」
「そのときは残りの神徒たち……四天王と名乗った彼らも君の部下になるのか」
「うん、それも皆は受け入れている。だから迷いがない。完璧の信仰者さ。オレクテムのために戦って、もし死んじゃってもそれは神命への殉死。最上の生き方で最上の死に方だと信じている。だからとても強いんだ。凄いだろ? ボクにとっても自慢の仲間たちで──そして憧れでもある。彼らの強さは特別だ。ボクじゃあ四天王の誰と戦っても絶対に勝てやしないもの」
「そうかい? 俺の見立てでは君も彼らに負けていないけどな。勝敗はともかくとしても、誰とやってもいい勝負ができるだろう」
「実力だけで言えばそうかもね。でもさ、迷いがどれだけ人を弱くさせるか……それについてはイデア。人じゃない君にだって想像くらいはつくんじゃないかな?」
「想像どころじゃあない、実感としてよく知っているとも。どういう類いのものであれ芯が定まっている人間は強く、恐ろしい。そうでない人間じゃ太刀打ちできないほどにね。だけど軸となるそれを本当の意味で『自分の物』にできるのは、迷った末にその境地へ辿り着いた者だけなんじゃないかな。少なくとも俺はそう思っている」
「迷った末に──?」
「そうとも。オレクテムも四天王も。最初から何も迷っていない彼らの中にいったいどれだけの重みが、どれだけの厚みがある? 苦悩は人を強くさせるよ。不幸や逆境があったからこそそれを乗り越えた自分に価値があると信じられるんだ。初めから全てが恵まれた者は、脆い。ちょっとしたことで呆気なく砕ける。そうでなくともどこかしらが壊れたままでいる。一切鍛えられていないし自分の直し方も知らないんだから当然だ──迷う君だけが唯一の存在になれる。そういう意味でも天空議場で会ったときから気になってはいたが、他の神徒を見て確信したよ。話が通じるのは君しかいないとね」
「……褒められていると受け取っちゃいけないんだろうね、これは。でもいいさ、聞いたげる。ボクになんの話がしたいって?」
「ちょっとした裏付けが欲しくてね。オレクテムの言葉じゃどうにも信用ならない……というかあいつ自身、自分の意思というものがあるのかどうか怪しいところだからさ。どこまでがオレクテムという個人で、どこからがオルトーの残した未練なのか。そこの線引きはきっとできていないし、誰にもできるものじゃないだろう? だから君に訊ねておきたかった。奴が神になりたがっているのは、真実それそのものが望みなのか。そこに何か他の理由ってものがありはしないか。俺はそれが気になっているんだ」
「──わはっ、いいじゃんかイデア。話に聞いていた通りだね。実に君らしい疑いの持ち方だぜ……生み落とされただけ。寵愛を受けられぬままに神を亡くしたオレクテムが、たった一人の息子としてその跡を継ぐ。それが単なるブラフで、目晦ましに過ぎず。本当の目的が他にあるんじゃないかと君は考えているわけだ。ああいいよ、本当にいい。そいつは今のオレクテムよりも余程に人でなしの発想じゃないか。やっぱり君は彼の横にいるべき人物だよ」
「わかったわかった。それはもうよくわかったから、まず質問に答えてくれよ」
「答えはNOさ、イデア。君が自分で言ったことだ──生まれてこの方オレクテムが悩んだことは、迷ったことは一度だってないんだ。彼にあるのは純粋な使命。天辺からつま先まで、それだけに始まりそれだけに終わる、純度百の覚悟! 行われなかった創造主の代替わりを実行すること、そのたったひとつが彼を突き動かしているんだ。……自ら欲さないと使命を得られない君とはそこだけが違うんだよ」
「ふーん? そうかい。一方の可能性として低くないと思っていたんだけど、どうもそういう感じじゃないね。君はオレクテムをそんなにも信じられている……バックアップの君が、だ。となればあいつが言っていたのは全部本心だったのかな。俺が彼なら確かに俺のことを得ようとするだろうが、それは天使としてじゃなく材料としてだからなぁ。ちょっと想定の仕方がズレていたか……いやだけど、喜ばしいことではある」
「喜ばしいって、何が?」
「思ったよりも『そっくりさん』じゃないな、ってことさ。オルトーのバックアップなだけあってあいつは彼に似ているところもあるし、それは要するに俺とも似ているってことになるからね。前世も含めてオルトー以上に気が合った奴なんていないものだから……でも違った。生みの親が同じで、共に数人の信者の熱心な信仰の対象ではあっても。俺とオレクテムには大きくて明確な違いがあるようだ」
「そりゃあそうさ、いくら境遇が似ているからってオレクテム以外にオレクテムみたいなのがいるはずもない。いちゃ堪らないよ、ボクら神徒だってさ。それは君も同じだよ──イデア以外にイデアみたいなのがいたら、とっくに世界は終わっていたはずだ」
「だから君に確かめておきたかったんだ。オレクテムを排除するその前に、さ」
「排除できるつもりでいるのかい」
「何を今更。戦いに来ているのにまさか負けるつもりでいるとでも?」
「勝算の有無について訊いているんだけどな」
「あるよ、あるある。当然だろ? 君の主人は今日負けるんだ。信じたくないだろうがこれはもう覆らない。君も身の振り方を考えておくといい」
「…………、」
「どうした? 難しい顔をして」
「オレクテムの『望み通り』に。君だけは決して傷付けない、つもりだった。少しだけお話をしたあとは大人しくこの奥へ案内しようと、本当にそう思っていたんだよ。でも」
「でも?」
「気が変わった。君の言葉を聞いてボクも神徒らしいことをしたくなっちゃった。ねえ、試させてよイデア。君の力をボクにも味わわせてくれ。君の強さ、その迷いのなさを──ここでちゃんと体感させておくれよ」
「おや、おかしいな。君らは俺に手出し無用と命じられていて、オレクテムの命令は絶対なんじゃなかったのか? 第四の間で……ええと、なんだっけな。そうだシアンズか。彼からそんな風に聞かされたんだが」
「確かにオレクテムはそう命じたけど、それは門番として置く四天王への命令。正確に言えばボクはその命令を受けていないんだ。オレクテムは改めて言葉にしなくてもボクなら当然に汲み取ると考えたんだろうし、実際ボクも従う気ではいたけれど」
「だったらそれに従わないのは命令違反みたいなものじゃないか」
「いいのさ。『オーゼム』は自由でいいんだ。それだってオレクテムの望みのひとつだ……だったらボクがボクらしくあることに間違いなんてない。誰にも間違いだなんて言わせない──君ならこれを肯定してくれるよな? イデア」
「ああいいよ、肯定しようじゃないか。どうせすぐに否定してしまうことにはなるだろうが」
「ふふふ……言っておくけど、ボクだってただ負けてやるつもりなんてないぞ。気を抜くようならボクが君を物にしてやる……オレクテムには悪いけどさ。でもバックアップなんかに及ばないようならどのみち、到底彼の右腕になんて相応しくないんだから構わないはずだよね」
「あはは。急にモテ出したな、俺。だけど生憎、君もオレクテムもタイプじゃなてくてね。物にされるのは遠慮させてもらう──逆に。君を俺の物にしてやることなら、否やはないけど?」
「君も欲しがりさんだな。でも、それこそお生憎。ボクがオレクテム以外の物になるなんて、そんなのは天地がひっくり返ってもあり得ないことさ。だってボクは、ボク以外の皆だって。神徒は正真正銘創造主のためだけの存在なんだからね」
「立派な忠誠だね。ならその本懐を遂げるところを見せてもらおうかな」
「……ッ。力を貸してくれオレクテム──高次魔力を全開だ!」
オレクテムより授けられた、彼と同じ力。疑似的な高次魔力の出力によって起こる突風にローブを揺らしながら、イデアもまた『穴』を開いた。第五の間に二種類の魔力が満ちて──。




