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222.神の左腕

 小さく畳みこまれた。そうと表現するしかないシアンズの体積の減少に伴い、アーデラの拘束魔法が解除された。「空気の壁で固定する」というイメージのそれは確かに彼が伸ばした鉤爪を捕らえており、彼自身もまた動けなくさせていたはずなのに。シアンズは当然のように動いたし、当たり前のように爪も回収してみせた。


「しばし待て」


「……!」


 球体状に纏まり、衣服の下でボゴボゴと蠢く様を見てアーデラは用意していた魔法を発動。光の矢を生み出して射出する。それはノヴァを超える速度で球体となったシアンズを撃ち抜いたが、しかしリアクションは返ってこない。クリーンヒットしたという手応えもだ。


「気を付けてアーデラ! そいつの体、見た目以上になんか変だよ!」


「ああ、承知しているとも」


 妹弟子からの忠告にアーデラは理解を示す──ノヴァの超速の先手もミルコットの大きな一撃も。更には確実に当てることだけを目指した光の矢も、その全てを食らっておきながらシアンズにはなんの痛痒もない。『変』なのは確かにそうだ。問題となるのはそれがどういったであるかということ。


(袖の中から出た鉤爪……始めはミルコットのように肉体の形を自由自在に変えられる特異な能力でも持っているのかと思ったが、違うな。ただそれだけであれば私の拘束魔法が解かれたりはしない)


 服の下で空洞を作ってノヴァの蹴りをやり過ごした。自ら潰れることでミルコットの殴打の威力を散らした。光の矢も、空いた穴の中を通過したのだとすれば単に変形能力でも充分に説明はつく……が、突如として対象を見失った魔法的感覚がその推測を強く否定する。形を大きく変えて拘束から抜け出す、ということもそれこそミルコットであれば可能だろうが。しかしそうではない、変形が始まる前に空気の壁は留めているものをロストしていた──それ即ち、シアンズが単に見かけを変えているだけではないことの証拠。


「もっと厄介な何か。それが能力の正体か……ふふ、まずはその種明かしが先決かな?」


「明かせるものか。お前たちに待つのは無明の闇だけだ」


「けっ、やってみろよ……!」


 低く構えたノヴァが最高初速で駆け出す。下半身を元に戻し、代わりに六本腕となったミルコットがそれに続く。アーデラも魔力を練り上げ高威力の呪文へとシフトさせた──各々が先の失敗を踏まえ挑んだ二度目の連携攻撃を仕掛ける、その刹那の時間に三人は確かに聞いた。


「言われずとも。背信者には裁きを、絶対なる死を。これは決して覆らない──」


 低く小さな声音で告げられた抹殺宣言。それと同時に球体が膨らみ、そして分裂。三人に増えたシアンズがそれぞれの消すべき神の敵へと向き合った。


「「「神罰の開始だ」」」


 一体目がノヴァの前に出てその動きを止め、二体目がミルコットを真似るように増やした腕で彼女の拳を全て受け止め、そして最後の一体はアーデラが放った重力魔法と同規模、同威力の魔法をぶつけて対消滅させた。


独自呪文オリジナルに対して対抗呪文だと……?」


「わ、私に負けないだけのパワーが!?」


「野郎め、この俺に追いつきやがるかよ!」


 三弟子に戦慄が走る。最高速でも振り切れないシアンズに、全力を出しても押し切れないシアンズに、自分が開発した呪文とまったく同じものを返してきたシアンズに。違う理由で、しかし同一の驚愕を味わう──神に背く者たちのその表情は神徒にとってひどく滑稽で哀れなものだった。


「『不定』。そう名乗ったことをもう忘れたか? 俺はオレクテムのため如何様にも在り方を変える男。定まらぬことこそが使命……お前たちを消したあとにはこの形もすぐに消えよう」


「ガはっ!」


 同速だったはずのシアンズが不意にノヴァを抜き去り、蹴りを見舞う。


「うわっ……?!」


 同力で組み合っていたシアンズがいきなりパワーを増し、ミルコットを投げ飛ばす。


「おやおや……これは参ったね」


 模擬戦でも使用した加重砲を始め立て続けにオリジナルの魔法を撃ったアーデラは、その全てを相殺された挙句により威力の高い魔法によって反撃を受けてしまう。守り切れずに負傷した左腕を庇いながら、されど彼女の焦燥は傷などには向いていなかった。


 弟弟子も妹弟子も、そして一番弟子たる自分も。各々の得意分野において明確に上回られた……これがどれだけ拙い事態であるか、シアンズの能力の概要と共にアーデラは大方の察しがついていた。


「つまり。まずは敵の能力値と同値・・となるのが君の能力であり、そしてその数値に一を足して上位互換となること──それが『不定』のシアンズの戦い方、というわけかな」


「んだよそれは……じゃあこいつはどんな相手だろうと自動的に上回れるってことかよ」


「ず、ズルいよ! 頑張って身に着けた力を見ただけで真似っこできるなんて……しかもそれを追い抜けるなんて、インチキ!」


「なんだって真似られるわけではないさ……お前たち如きなら別だがな。恨むのなら容易に写し取られる程度の力しか習得できなかった自らの非才だろう? まあ、オレクテムより授かったこの素晴らしき力へ『インチキ』などと子供の悪口のような謗りを口にする者には……所詮何を言おうと無駄だろうが」


「むむむ……中身空っぽの空洞人間のくせに、なんでこんな偉そうなの」


「──殺す」


 ミルコットの思ったままを吐露した言葉は、何かしら彼の堪忍袋の緒に触れるか切るかしたらしい。多腕のシアンズが険しい形相となりその戦意も剥き出しに迫っていく。それを受けてミルコットも同じだけの数の腕を構えて迎え撃とうとした、が。


「ッ、なに……!」


「スイッチだ、ミルコット」


「! わかった!」


 六腕シアンズが急に後方へと引き寄せられていく──その原因はアーデラ。彼女の行動と『スイッチ』というワードからミルコットは六腕の相手をアーデラが勝手でいることに気付き、必然として自分に求められているのがなんなのかも同時に理解した。それはノヴァも同様であり。


「おらぁ!」


 加速シアンズとの追いかけっこを放り出し、反転。六腕の対処のために無防備となっているアーデラを狙う呪文シアンズへ跳び蹴りをかまし、詠唱を中断させた。アーデラの身を守ったはいいがその代償に今度は彼が敵へ背中を晒すことになった──されどノヴァにはなんの不安もなく。


「そっちは頼むぜ、ミル姉」


「うん、任せて!」


 己の背なら姉弟子が守ってくれる。その確信に過たずノヴァをカバーしたミルコットが最高速で飛び込んできた加速シアンズの打突をその身で受けて、止めて、掴んで離さない。


「それでいい。何も馬鹿正直に自身の写し身・・・と戦ってやる義理などないのだからね」


 重力魔法によってベキベキと六腕シアンズの全ての腕を反対方向にへし折りながら笑うアーデラに続いて。ノヴァは詠唱よりも早く連撃を繰り出し呪文シアンズの顔を潰し、ミルコットは加速シアンズにその速度を活かさせないまま抱き締めて包み込み、そのまま一気に膂力で潰した。


「はっ、なるほどな。入れ替わってれば別になんてこともねーな」


「ホントだね! これで私たちの勝ち──」


「とは、残念ながらならないようだよ」


 どろり、とまるで泥のように形をなくす六腕シアンズを眺めてアーデラがそう言えば、その様にぎょっとした二人の目の前でも同じ現象が起こる。顔をなくしたシアンズが、肉に圧殺されたシアンズが、一瞬にして溶けて流れていく──部屋の中心で合流したそれらは寄り合い、また何か新たな形を成そうとしていた。


「今度はなんだってんだ──何をする気かはわからねーがとにかくやめさせたほうがいいんじゃねえか!?」


「異様ではあるが先の球体状のときとやっていることは変わらないよ。大きな変化の前触れといったところか……あの姿は無害だがこちらからも攻撃が通らないようだ」


「それじゃただ向こうの準備が終わるのを黙って見ておくしかないってこと?」


「いいや、そうとも限らない。あちらからも手出しできないのだからこの間、私たちにもやれることは大いにある。そうだろう?」


 それって、と口振りから即座に気付いたらしい二人へとアーデラは頷く。


「もう少し然るべき機を見計らうつもりでいたのだが。こうなったら使ってしまおうじゃないか──三弟子合作の秘儀。『三合領域』のお披露目だ」


 敵の力、というよりも持ち得る『能力』が想像以上である。出し惜しむ猶予などないと結論を下した長姉に反論は上がらなかった。



◇◇◇



 ──第五の間。そこに通じる簡素だがひたすら巨大で、しかし非常に軽い大扉を開けて入室してみれば中にはやはり。広くて何もない空間でぽつねんと佇む一人だけが自分のことを待っていた。それにイデアは微笑む。


「やあ、オーゼム。また会えて嬉しいよ」


「こんにちはイデア。こちらこそ嬉しく思っているよ──こうしてまた話す機会が持てたこと。それも二人きりでさ。ラッキーなのかどうかは、ちょっとよくわかんないけど」


幸運ラッキー以外の何物でもないよ。だって君たちの全てはオレクテム次第なんだから」


「……そうだね。うん、間違いなくそうだ」


 にへら、と柔らかくもどこか苦々しく。不思議な笑い方をした少年は自分の胸に手を当てて言った。


「改めまして。四天王ならざる神徒、神の『左腕』。君と共にオレクテムを支える片側がボク──オーゼムという一個だ。どうぞよろしくね、『右腕』さん」



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