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221.神の右腕

 シアンズ。そう名乗った男の恰好はこれまでの三人同様に白一色の服装で。そしてこれまでの三人同様に幾箇所かのアレンジで個人の差異を出していた。やたら長い袖に長い裾、全体的にオーバーサイズ。ひとつ前の部屋の住人とは対照的な極端なまでに素肌も体格も晒さない、隠すことに躍起になっているような出で立ち。やや猫背気味なことも相まって彼からは陰性の雰囲気が漂っている──一言で言うなら『湿り気がある』といったところか。それはその目付きにもよく表れており。


「……なんだ? どうして動かない。俺の声が聞こえていないのか?」


 不機嫌そうに──もしくは何かしらの不安でも抱えているかのように。眉をひそめてイデア一行を見ながら、しかし誰とも直接は目を合わせようとせず。あくまで四人を俯瞰しながら彼は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。


「イデアは進め。残りは残れ。そう言った。何も難しいことではないはずだ。聞こえているなら実行しろ……わからないのか? 敵と同じ空気を吸っていたくないんだ。この状況に俺はとても耐えられない。一分一秒でも早く頼む」


「──だってさ。どうする?」


 冷や汗すらかいている様子のシアンズに少々困惑しつつ、イデアは残れと言われている弟子たちに問いかける。どのみち自分が先へ進むのは既定路線なので、思案すべきはここに何人を残していくか。その決定を彼女は三人へ委ねることにした。


 ふーむ、と弟子たちは三者三様に考えるためのひと息の間を置き、代表して口を開いたのはアーデラであった。


「私としては第一の間で聞かされた内容と少々食い違いがあるのが気になりますね。この先はまだオレクテムのいる最奥ではなくそのひとつ手前。第五の間があり、そこには最後の神徒であるオーゼムが詰めているはず」


 イデアに戦わせることなく最奥まで進めさせる、というのがオレクテムの指示であるはず。神徒の視点からすれば彼女の護衛兼人身御供が自分たちの役割──マリリンの説明からそう受け取ったアーデラからすれば、未攻略の部屋がもうひとつありながらこの段階でイデアに単独行動を取らせようとするシアンズの指示は素直に聞き入れ難いものである。


 これはどういうことかな? と。そう飄々とした、けれど穿つような強い視線を投げかけられてシアンズは──「ちっ」と鬱陶しそうに舌を打った。それは痛いところを突かれたというよりも、レスポンスの発生が嫌で嫌で仕方ないといった具合の実に嫌厭的な感情に溢れたものだったが、けれど一応は疑問に答えるつもりもあるようで。


「オーゼムは確かにこの先の第五の間にいる。だが戦力を削ぐように指示されたのは俺たち四天王だけ……あいつだけはオレクテムからなんの指定も受けていない。つまり、戦う理由なんてないんだよ。オーゼムに任されたのはオレクテムの下までイデアを連れる、案内人のようなものだろう」


「それを信じろってのか?」


「……? 何を言っている? オレクテムは最初からイデアのみを膝元へ招いている。下らない罠を張る必要がどこにあるというんだ。そもそも──」


 彼はそこで初めて人と、彼からすれば下衆の勘繰りもいいところの発言をしたノヴァと、しっかり目を合わせて。僅かに強い口調となって続けた。


「神の言葉を疑うんじゃあない。それは許されざる冒涜だぞ小僧」


「そーかよ。他の連中も大概だったが、やっぱこいつも相当にキマってやがんな」


 へ、と銀の髪を揺らしてせせら笑う少年にシアンズの双眸はますます剣呑なものとなっていく。射貫くその瞳を遮るように、ひょいとイデアが両者の間へと体を入れた。


「わかったわかった。俺は一人で構わないし、疑うこともしない。だからドンパチ始めるのは俺が先へ行ってからにしてくれないか?」


「でもお師匠様を一人にするのは……」


「いいんじゃないかな、それで」


「え」


 アーデラのあっさりとした肯定にミルコットとノヴァは呆気に取られる。イデアを万全の状態で敵の首魁と引き合わせることの重要性を誰より強く説いていた彼女の、突然の方針転換。混乱するのも止む無しである──が、何もアーデラは急に弟子として自身に課していた責務がどうでもよくなったわけではなく。


「君たちも感じただろうが、思いの外にオレクテムは楽しんでいる・・・・・・。『ゲーム』という表現は実に的を射たものだと思わないかい? 第五の間の神徒オーゼムが果たして師匠を素直に送り届けるか否か。そこの保証は確かにないが、されどきっと意味はあるのだ。共連れの同行を第四の間までしか許さない、許したくないわけというのものが、オレクテムにはあるに違いない。だとすればそれはとても重大なことだと思うんだよ。私たちからすればそうでなくとも──オレクテムと、そして師匠にとってはね」


 それを邪魔してはいけないだろうとアーデラは思う。オレクテムの下まで連れ添う以上にそちらこそが重要なのではないかと、まさに『神成の宮』などという仰々しい名付けがなされたこの建物に足を踏み入れて以降にそう感じたのだ。理解不能なオレクテムの待ち構え方にも彼なりの流儀というものがあり、そしておそらくイデアは──それに則った上で彼の全てを。力も野望も、その後悔すらも叩き潰さんとしている。前を行く彼女の背中からそういった意志を見て取った。


「あなたにしてもそのほうがありがたいのでしょうね、師匠?」


「一人じゃなきゃならない理由はないが、望ましいというのは確かだね。オレクテムは罠を置こうとしないだろう、と言ったのは真実そう直感したからでもあるし……仮に読みが外れて何かしら狡い・・一手を打ってくるようなら、その矮小さごと消し去ってやる。そうしなければあいつを負かしたことにはならないと考えたからでもある」


「……!」


 相手の全力を真っ向から捻じ伏せる。そこに不純物が混ざるのを良しとせず、あくまで敵の全てを受け入れ、そして勝利することを目指す──傲慢にも思えるその言い草を聞いて誰より驚いているのはシアンズであった。


 あまりにも『似ている』。オレクテムが口にしたイデアを我が物とするための絶対条件。一分一厘の勝機も残さず完璧に勝つ。それとまったく同じことを、イデアはオレクテムという存在を滅するための条件として掲げているのだ。向かい合い、されど酷似する。まるで鏡映しのような二人にシアンズは小さく身震いした。


(やはり。天使にして魔女の始祖──そして神殺し。このイデアを右腕にせんとするオレクテムの判断は正しかった……! 彼女こそが。彼女だけが創造主の右腕足り得る。それはオーゼムにすら務まらない重大な役目だ)


 左腕に据えられるオーゼムの立ち位置は独特であり、四天王にこそ含まれないが彼とシアンズらに序列の差はない。だが右腕に関しては明確に異なるとオレクテムの前言があった。いずれイデアは四天王よりも上に立つ存在。オーゼムも原則として彼女に逆らうことは許されないはずだ。


 その出自、また魔女という存在の生みの親であるイデアを自身の上へ頂くことに懐疑の念を抱かなかったと言えば嘘になる……オレクテムが神化と並び頑として譲ろうとしないその志の正しさを疑い、実際に何度も疑問を呈してきたものだ。それを今このときシアンズは深く恥じ入る。


「進むがいい、イデア。そして新たなる神の力を味わい、真の解脱へと至るんだ。そいつら・・・・や魔女はお前のともがらに相応しくない……現在の世界への執着は全てここへ置いていけ」


 そうして俺たちの仲間となれ。シアンズはイデアを認め、オレクテムが欲するように自らもまた彼女を欲し、心より敬うことを決めた。そしてそのためには。


「──余計な荷物を処分しておかないとな」


「……俺らを荷物っつってんのか、あいつ?」


「ふふ、どうやらそのようだね。こうも侮られるのは久しいな……賢者として名が知られてからは初めてのことだよ」


「私もカチンときちゃった」


 ガン、と魔力ブーツで床を叩くノヴァ。ローブを肩から外すアーデラ。拳同士をぶつけ合わせるミルコット──臨戦態勢に移行する三人に合わせてシアンズも全身から気迫を立ち昇らせる、そのすぐ横をトコトコとイデアが通り過ぎていく。


「話も纏まったようだしここは任せた。お前たちのほうも新技が機能することを祈っているよ……それから、もしも勝てないと思ったら後先なんて考えずに逃げること。いいね?」


 それじゃあ後で、となんの重みも感じさせない口調で言うだけ言ってイデアは扉の向こうへと消えた。当然のように新技、会得した領域が露呈していることに三弟子は揃って苦笑を零して。しかしすぐにその表情を戦う者のそれへと変えた。


「今生の別れがなんとも淡白だな」


「すぐに再会させてもらうとも──『始原の魔女』に育てられし三人の弟子。それが君を討ち滅ぼす者だと覚えておくといいよ」


「死に行く者を記憶してなんになるというんだ。宣言するぞ、お前たちは俺に手も足も出ずに無惨な最期を遂げることになる。それが神に逆らった罰であり、赦しとなる」


「下らないこと──」


「──言ってんじゃねえよ!」


 音よりも速い踏み込み。刹那の間すら置かずにシアンズへ蹴りを叩き込んだノヴァがその速度を落とさずに離脱し、直後、下半身を馬そっくりの体格に変えたミルコットが肥大化させた腕を彼へと叩き付け走り去っていく。高速二連撃のヒット&アウェイ。敵がどのような力を持っていようと確実に通用するだろうと見越して用意されていた連携は、しかし予想に反し効果を発揮せず。


((この感触は……!?))


 ノヴァの脚にもミルコットの腕にも、確かに攻撃が命中した手応えはあるものの。しかしダメージを与えられたという実感がまるでなかった。残ったのは人を打ったそれではない。そこに嫌な予感を覚えた二人へ、いつの間にかシアンズの袖口から伸びた細い鉤爪のようなものが無数に迫ってきていた。


「しまっ……た?」


 回避不能、というところでピタリと鉤爪が停止する。空中に固定されたかのように動かなくなったことに二人は困惑したが、くすくすと笑うアーデラとそれを睨むシアンズを見て状況を理解する。


「面白い技を使うんだね、君は。師匠が欲しがりそうな人材だ」


「お前こそ、俺を止めるとは。たかが賢者と言えどイデアが育てただけのことはあるわけか……ふう。ひどく億劫だが。あいつらのように俺も少しは楽しむ・・・とするか──」


 そう言ったシアンズの体がぐにゃりと『折れ曲がった』。



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