216.始まりは
「今朝の九時頃。警備や結界など存在しないかのようにオレクテムが神徒を引き連れて居城へ姿を現わし、アウグニスと接触。それから三十分ほど会話が行われた、と。始まりはそういった流れのようですね」
「三十分? そんなに何を話してたのかしら」
「皇帝なんだからそれらしく粘ったということだろう。オレクテム相手によく頑張ったが、結局はなんの譲歩も引き出せなかったみたいだね」
「土地からの立ち退きの勧告──いえ、一方的通告ですか。そして私的利用に用いられた。なんとも無惨なものです」
敷地のど真ん中をぶち抜くように鎮座する巨大な建築物。そのせいで世界最大と華々しき皇帝の巨城に威厳など今や欠片もない。一同の中では最も関りの深かったルナリスは変わり果てたカイゼウス城の有り様を見て、心から気の毒そうに眉をひそめた。
「未使用部分は壊れることなく手付かずか。それと、城の人間の退去を最後まで待ったことが譲渡と言えば譲歩かな。アウグニスもララコニフも無事なんだろう?」
首の根を掴まれておきながらなんとも幸運なことだ、とイデアが微笑む。皇帝親子に対してかそれを見逃したオレクテムに対してか。その笑みが何に向けられたものかは定かでないが、「ふん」とティアラはこの状況そのものへ唾するように鼻を鳴らした。
「死人ゼロの静かな城攻めってわけね。そいつは結構だけど、まるで神殿みたいなこれはなんなの?」
「みたいというか、そのまま神殿のつもりなんだと思うが」
「そこはどうでもいいのよ。こんなの建てて何がしたいのかって訊いてんの」
「君臨だろうさ。あるいは降臨かな? ここはまさしく大陸の、即ちこの世界の中心だからね」
「皇帝のための聖堂を自身のための神殿に造り変えた、ということですか」
大聖堂は遥か上空に据えられた天空議場の真下に位置する、まさに人界の中心地。神となって世界の支配者にならんとしているオレクテムが座すのにこれ以上似つかわしい場所も他にない──そういったイデアの予測に然もありなんと一同は頷く。十中八九、彼が欲しがったのはカイゼウス城そのものではなくこの立地であろうと。
「戦いの舞台はここ?」
「そりゃそーでしょ? 皇帝に任せずにわざわざ【コンタクト】なんて使って神様自ら私たちをご招待くださったんだから。光栄ったらありゃしないわよね」
「今日が指定の日ですから勿論、雌雄を決することに否やはありませんが……どうやって内部へ侵入するかが悩ましいですね」
設けられた十日間を魔女たちは各々最大限に有効活用した。戦闘に向けた意気込みは充分以上である──とはいえ、誘われるがまま敵地に飛び込むことを勇猛と誇るほどには誰も頭へ血を上らせてはいなかった。
開け放たれている正面の大扉。他一切が完璧に閉め切られているというのにこれ見よがしに手招きしている唯一の入口を遠巻きにしながら、四人の魔女は顔を見合わせる。
「転移呪文書はどう。アレなら、建物自体はなくとも聖堂の位置へ直接跳べるはず」
「確かめましたが不可能ですね。ページから大聖堂が消えていました」
「式ごと上書きされてしまったようだね。これだけ魔法的防御でみっちりなんだから当然と言えば当然か……」
「だったらそれごと横の壁とか天上とかをぶち破って入ってみる? 私たちならできるでしょ──特にイデア、あんた自慢の干渉力ならどうとでもなるんじゃない?」
さしものティアラも大扉から攻め込むのはナンセンスであると考えているようだが、その代わりに出した案も相当な力押しの類いであることに変わりなく、イデアは思わず苦笑しながら答えた。
「見た感じ、時間をかければ破れると思うよ。だけどできればそんなことにリソースを割きたくないというのが本音だね。俺だけに限ったことじゃなくさ」
「オレクテムや神徒と対する前から労力を使うのは確かに望ましくないことでしょうが、ではどうやって神殿へ?」
「ここで待ってても、きっと連中は亀みたいに引きこもったまま出てこないでしょうしね」
現着から既にニ十分近くが経っている。特に隠密へ気を使うこともなく堂々と敵陣の目の前に居座っているというのに、神殿内からはなんのアクションもない。となればやはりオレクテムは招く側の態度を崩すつもりがなく、あくまでも『魔女会談』の来訪を待ち構えているのだと考えられる。
「いやまあ。俺としてはせっかく開いているんだから、あそこからでいいと思うんだけどね」
「──正面突破、ということ?」
「そうだね、それがベターだ。どうせ罠なんてないだろうし、もしあるとすれば神殿のどこから入ろうと安全じゃないんだから……無駄に考えてみたり魔力を使ったりするよりもあの大扉から全員揃って乗り込んでいったほうが得策だよ」
「そういうもんかしら……?」
つい一年と少し前にも旧リルデン城、現イデア城となっている城へと攻め込んだ経験のある彼女の自信満々な言い分には周囲をなんとなく納得させてしまうだけの妙な説得力があった。会談での内ゲバを除けば格下としか戦ってきていない三人の魔女にとって油断ならない敵組織というものがそもそも初めての体験。必然、敵陣への攻め方のノウハウにもまったく通じておらず、結果「よくわからないけど一番経験豊富なイデアがこう言っているんだしそれでいいか」という雰囲気に一同はなってしまった。
「だったらそれでいいわよ。殴り込みって感じがして正面からでも悪くない気がしてきたわ」
「私としとは、やることはなるべくシンプルなのが好ましい」
「あなた方がそれでいいのであれば私も構いませんよ。罠の有無については元より懐疑的だったものですから……」
「うん? それはまたなんで?」
相対し、一度交戦までしたことでオレクテムの自尊心をたっぷりと味わったからこその決め打ちを行った自分と、そうでないルナリスの根拠はおそらく違うだろう。そう考えて訊ねた彼女に、ルナリスは淡々と言った。
「オレクテムが己自身と、自身が選んだ神徒以外を信じるとはとても思えないからです。ましてや今日という彼にとって重要であろう日に姑息な手を頼りとするでしょうか? ──答えは否。あなたが語ったオレクテムの本性からすれば、魔女の打倒は彼及びその仲間たちの手で直に行われるべきでしょうから」
「うーむ、なるほどなるほど……はあ。ちょっとイヤになるな」
信じる、頼る。つい先日に配下と話した内容を思い出して自分とオレクテムにある確かな共通点にため息を吐いたイデアは、しかし次の瞬間にはもうそのことを忘れて先のことを見据えていた。
「というわけでちょっと今からお邪魔してくるよ。その間、待機組もよろしく頼むね」
振り向いたイデアに頷いて応えた四人──モーデウス、スクリット、ミモザ、ルーイン。彼らは事前にイデアによって魔力のマーキングが行われたことで現在生ける目印と化している。その意味がよくわかっているだけに、待機組と言っても表情は真剣そのものであった。
「この距離なら転移阻害があってもイデアの転移は機能する。ですがそのためには、何があろうともあなたたちはここから離れられない」
「だからミモザとルーインは何がなんでも生き残ること。それからモーデウスとスクリットはしっかり二人を守ってやんなさいよ? あんたたちは目印だけじゃなくて護衛でもあるんだから」
「承知しておりますとも」
「命に代えても守り通しますよ」
もしも敗色濃厚となった際。可能ならば離脱を図らんとするのは当たり前で、そのための手段や経路を用意しておくのもまた当たり前である。会談にとってそれが四名の賢者たちであった。彼らを経由して神殿内から脱し、続けてより遠くへ転移する。オレクテムの目的を思えば会談の敗北とは即ち取り返しのつかない事態を意味するが、それでも命さえ繋ぎ止められればまだできることもあるはず──そうと信じて逃げるしかない。
しかしここは敵地。本丸に乗り込まないとはいえこの場から動けない彼らの身に何が起こるかは予想が付かない。故に、それぞれ回復特化と補助特化のミモザとルーインが援護に回り、矢面には戦闘員としてモーデウスとスクリットが立ち、最低でも誰か一人は生き残る。それが待機組に課せられた使命であった。
「罠と一緒でたぶん君たちにも危険はないと思うんだけど、絶対じゃあないから警戒はしておいてね。そして、もしも何者かに襲われても交渉の余地があるなら積極的にそれを試してみてくれ。自分たちまで好戦的になる必要はないからね」
「了解っすイデア様!」
「はぁい、頑張りまぁす」
しっかりと了承を返した賢者たちに──片方からは今ひとつやる気が感じられないがそれはいつものことなので──イデアは満足し、正面大扉へと歩き出す。それに合わせて他の魔女、そして三人の弟子も一緒になって彼女へ続く。
「さて、と……三人とも緊張は?」
「くふふ、誰に言っているんです?」
「今更そんなもんするわけねーだろ」
「そーですよ、お師匠様。むしろ早く戦いたいぐらい!」
「気が合うじゃないの肉女。なんだか私もわくわくしてきたわ」
「同意。やったことがないだけに、総力戦というのが少し楽しみ」
「何を楽しむことがありますか……これは遊びではないんですよ?」
もっともなルナリスの指摘へ、軽い笑い声と共に言葉を返したのはイデアであった。
「そうじゃないよルナリス、遊びじゃないからこそ楽しいんだろう? それに俺はね、いつだってどんなことだって。心から楽しんでいる奴が一番強いと思うよ」
誰よりも楽しげに述べられた少女独自の理屈に、しかし異論を唱える者はいなかった。




