214.お揃い
「とてもいいね、よく似合っているよイーディス。張り切って作った甲斐があった」
「ありがとうございます……でも」
「でも?」
「どうして『真っ白』なのですか? イデア様」
と、鏡越しに俺を見て彼女は訊ねてきた。その視線には困惑がありありと浮かんでいる。
「もしかして白はあんまり好きじゃなかったか」
「いいえそのようなことは……どちらかと言えば好きな色です。それにイデア様のお手製で、イデア様と同じ形の服を頂けたことを大変嬉しくも思っています。ですがイデア様のイメージカラーと言えば黒ではございませんか。これではその正反対……私は影武者として失格になってしまいます」
そう言われて、改めてイーディスの身を包むボイラースーツを眺める。俺と同じ形、と言っても彼女のほうが僅かに背が高いのでまったく同一ではないのだが、しかし構造自体は一緒。つまり色違いのお揃いということだ。どうせならそこは色も揃えてほしかった、というのがイーディスの主張。俺の偽物になることを目指している彼女からすれば当然の要求だな──何せ真っ黒と真っ白では見る者に与える印象が違いすぎる。無論、それが狙いだからこそこうしているのだが。
「君が俺に寄せた服装をしているとどうしても似すぎてしまうからね。同僚たちが見間違えて動揺してしまうくらいにさ。これはそれを防ぐための措置だよ」
黒髪黒目という身体上の類似点は、まあ変えずにおくとしても。服装だけでも反対の色にしておけば一目で別人と理解できるだろう……咄嗟に脳が誤認する間もないほどにね。視覚、とりわけ色覚はダイレクトに人の認識に作用するものであり、そのせいでフラン君は彼女と俺とを混同してしまうのだ。で、その色覚を逆に利用してやれば解決できるだろうと考えた結果が色違いスーツのプレゼントだ。
見た目は概ね期待通りかな。俺から見ても今のイーディスは俺に程遠い容貌となっている。このことは取りも直さず、形から入るということの重要性を思い知らせてもくれるな。
「だけど、念のために政務室内では俺らしい振る舞いを控えるように。そこ以外ならいつどこで練習してくれても構わないよ」
「政務室だからこそ練習に向いているのですが……」
「言うと思った。だけどダメだよ、皆困っているんだから」
「そう、ですか。先輩たちを困らせてしまうのは本意ではありませんね……わかりました、以後控えるとします」
イーディスは残念そうにしながらも食い下がらずに了承してくれた。まあたぶん、本格的に困っているのは俺に対して異様に緊張しいなフラン君だけだろうとは思うが、このままイーディスの模倣力が上がっていけば本当に全員の心臓に悪いことになってしまうのは目に見えている。そういた危惧が出るだけの演技力が既にイーディスには備わっており、何より上達を求めてやまない熱意だってあるものだから……それ自体は良いことなのだが、良いことの範疇で納めるためにも俺がちゃんと手綱を握っておかないとな。
「イデア様イデア様。そういえば先ほど、この服には特別な機能があると仰っていましたよねー? それがどういったものか聞かせてくれませんかー?」
「おっとそうだったね、クアラルブル。そっちも今で説明しておこう」
俺からの贈り物そのものは喜びつつも、注意を受けたことで──そして絶好の舞台から降ろされてしまったことで──消沈してしまった元生徒を見かねたのだろう。クアラルブルがそこで話題を変えるための助け舟を出してきた。イーディスの着替えを手伝って以降は黙ってやり取りを眺めていた彼女だが、俺が最初に口にしたこともちゃんと覚えていたらしい。そんな彼女の思惑通り、イーディスは落胆も忘れて興味深そうに自身の恰好を見下ろしている。
「機能、ですか? 着心地の良さと収納の多さ……それ以外には特に変わった部分はないように思いますが」
「ああ、もちろんそこにも拘って作ってはいるけれど。でも俺が言ったのは一般的な服の機能とはまた別なんだ。百聞は一見に如かず、実際に見せてあげよう」
見せる? と不思議そうにしたイーディスへ人差し指を向けて──腕あたりでいいかな。そこにピッと軽く切れ込みを入れた。
「きゃっ!?」
「大丈夫、君の体は無事だよ。服だけを傷付けたんだ。だけど……ほら見てごらん、もう直るよ」
「え……」
ずずず、と切り離された繊維同士が求め合うようにして勝手に傷跡が塞がっていく。十秒と経たずに元通りだ。その様にイーディスは呆気に取られている。
「い、一流の魔法使いのローブにはよく組み込まれているというあの自動修繕の呪文ですか……? これが施されているとケープ程度でも途轍もない値段になると聞いていますが」
「そうなの? ステイラバートでは支給品ばかりだったからその辺の事情はよく知らないな」
「そうですねー、魔法戦や魔法事故に備えて修繕呪文を利用する者は教師にも多くいましたね。ですが修繕を呪式魔化で定着させられるのはそれ専用に腕を磨いた仕立て職人くらいのもので、自然と全てがオートクチュールの品になるものですからー……確かにローブに満たないケープやクロークでも、超のつく上流階級でもなければ破産したって手に入らない高級品と言っていいかもしれませんー」
ふーむ、なるほど。思った以上にお宝なんだね、自動で直る服というのは。それでも一応は難度の高い呪式魔化を行える魔法職人もいるのだな……とはいえ、クアラルブル曰く彼らも修繕呪文と相性のいい衣服にしか定着させられないようだが。もっと複雑な形をしていたり複数の素材で出来ている物は、当然それだけ魔法で直すのも難しくなるからね。
何度も言っているが基本、魔法というのは壊すことにこそ向いた技術。衣服限定でも修繕に特化した者がいるのは──世間一般からすれば──凄いことだし、大いに助かることであろう。その最たる例が他人をも高効率で癒せる賢者ミモザである。
「ふふん、だけど俺の魔化は傷だけじゃないぞ。汚れも落とすんだ。加えて君の身が危なくなったときに勝手に守ってくれるようにもした。影武者っていうのは危険な職業だからね」
職業、と言っていいものかどうかはよくわからないが、イーディスが本格的にその役目を果たすようになれば安全面こそを第一に考慮しなければならないのは確かだ。この白ツナギはそこをしっかりと抑えた上でのプレゼントでもある。
「手厚い魔女の加護付き衣装……これはもはや高級云々どころではありませんねー。値段の付けようがないですよ」
「なんと恐れ多いことでしょうか! 私のことをそこまで考えてくださるなんて、恭悦の至りです……!」
はう、と見るからに幸せそうに喜びを噛み締めているイーディス。この子は言うことがいつも大仰だなー、と思いつつ。だが白ツナギの本当のお楽しみはここからだ。
「同調開始」
「!」
現在も体内で育ち、今や彼女とほぼ一体となっている、言わばイーディス専用の黒樹。受信機であるそれが魔力の合図に反応し、俺とイーディスを限りなく近づけていく。以前は意識間の同調だけに効果を限定していたが、元の自分を捨ててまで影に徹することを選んだ彼女へ敬意を表してこうすることにした。
「これは……ボイラスーツが白から黒に染まっていく──だけではないですねー。イーディスさんの顔付きまでもが変わっている」
「その通り。いよいよ俺そっくりだろう? 幻覚の類いじゃあないよ、顔立ちも体格も実際に変わっているんだ」
それに合わせてツナギは少しだけ縮み、真っ黒になる。結果イーディスは正真正銘俺と瓜二つの外見となる──それでも三弟子あたりが見れば偽物と気付くだろうが、あいつらでもなければ騙せるというのは影武者として充分な能力だと言えるだろう。
「す、すごい……これが私なのですか? 自分でもイデア様と見分けがつきません」
「黒樹だけでは丸ごと作り変えるのにちょっと無理があってね。衣服で補助することで変身と呼べるだけのものになった。これの何より優れている点はね、イーディス。君自身の意思で行えるというところだ」
「私の意思で……!?」
変身の切っ掛けは体内黒樹が俺の魔力を受け取ることだ。そして白ツナギは着用者が命じればいつでも俺の魔力を放つ。俺が関わらないとなれば互いの感覚は同調されず、彼女の肉体を操ったりすることこそ不可能となるが。しかし許可を待たずに変身できるというのはイーディスにとって手放しに嬉しいことのはずだ、という俺の予想は正しかったようで。
「よ──よろしいのですか? 私が独りでにイデア様を騙れるようにしてしまって」
「いいとも。それだけ君を信用している証だと思ってくれ」
「ああ、イデア様。イーディスはとても、とてもとても感激しています……!」
なんと、おいおいと盛大に泣き出してしまった。わぁお参ったな、さすがにここまでのリアクションは想定していなかったぞ。というか、自分そっくりの顔が乙女チックに涙を流している様は見ていて背中がむず痒くなるのでやめてほしい。
「泣いて喜ぶ気持ちもわかりますがー、イーディスさん? イデア様が聞きたい言葉はただのお礼ではないと思いますよー? 若くともあなたはもう立派な社会人なんですから、課せられた義務を果たしましょうね」
「……!」
優秀な教員だった杵柄というやつか。クアラルブルの柔らかい口調ながらにぴしゃりとした、まるで鞭のように鋭い叱咤に打たれてイーディスははっとしたようだった。すぐに涙を拭いながら佇まいを正し、しっかりと俺を見据えて彼女は言った。
「イデア様の大きな心遣い、そして頂いた信頼に。このイーディスは必ずやお応えすることをここに誓います」
「うん。楽しみにしているよ」
俺が笑いかけると「はうぅ」とまたイーディスは身悶えし始めた。だから俺の姿ではやめろって……とりあえず変身を解かせて彼女を本来の容姿に戻している最中、クアラルブルが今度は俺に対して教師らしい目を向けてきた。
「それにしてもイデア様。イーディスさんには悪いですけど……『こんなこと』をしている暇があなたにあるんですかー?」




