207.何事もなく
オペレーション『大捜索』は参加者全員の一斉転移によって開始される。ルナリス、それからディータと協力して西方外周八つのスポットにいそいそこそこそと仕込んだトーテム。それを転移のための目印として俺たちはそれぞれ担当する地点へと跳ぶのだ。
案としては他にもいくつかあったのだが、これが採択されたのは結局のところクラエルに並んで俺が転移魔法を普段使いしている魔女だからだ。つまるところ負担が軽く、不足も不測も起きにくい。初動の安定性は作戦成功率の高低に直結する重大な要素である。新たな転移門の複数設置や、ルナリスの持つ転移呪文書に西方圏で唯一記載されている国から放射状にバラけていくアイディアよりもローコストかつローリスクかつより獲物を逃がしづらい、となれば他の方法を優先する意味もない。
ということで皆を一斉に転移させよう。これまでにやったことのないトーテムの使い方なのでちょっとばかし調整が要ったが、間違いなんて起こるはずもない。そうと言い切れるだけ練習したからね。いやホント、この一週間とちょっとは新王国内での仕事だけでなくやることが各段に多くて大変だったよ。
「皆の探し物運と武運を祈るよ」
いよいよ転移を行うという直前にそう声をかけた。無言だが視線にしっかりと覚悟を乗せて応じた一同に俺も頷きを返しつつ、魔法を発動させる。一斉他距離転移。『大捜索』が終わるまで天空議場で待機する予定のルーインとミモザを残し、俺たちは一瞬のうちに西方へと移動した。
「成功……かな?」
南方圏に面した地。正確な方角上で言えば南東の位置に降り立ちながら、各所トーテムを探って他の面々もちゃんと跳ばせていることを確認する……うん、どこも大丈夫なようだ。まずは一安心。こんなときに限ってミスでもしたら面目が無さ過ぎるものな。しょうもないことにならずホッとしたところで、進むべき西方の中心を見据えて浮かび上がる。
さあ、一地方を隈なく調べ上げる『大捜索』の始まりだ。
◇◇◇
「はい、作戦終了だね。皆お疲れー。じゃあ解散しようか」
と、あえて軽く言ってみたのだが円卓の間の空気は頗る重く、俺の軽口も浮かばれずに死んでしまった。ううむ、どんよりとしているな。しかし無理もない。何日もかけて計画と準備をしてきた、社運ならぬ会運を賭けてオレクテムへこちらから攻め入るという決心の一手。そのつもりだったものがこうも見事に空振りしてしまったのだから能天気に明るくいられるはずもない。
危惧していた遭遇戦もなく無事に、何事もなく『大捜索』は終わった。まさに何事もなくだ。見つけるべきものは見つけられず、出会いたい相手とも出くわさず。トラブルその他一切起きず俺たちは西方中を見て回り終えた。成果ゼロ。意気も高らかに団結して挑んだ結果がこれなのだ、その心中は充分に察せられよう。
「はあ……待ってくださいイデア。今すぐに解散というわけには参りません。むしろ『大捜索』が無為に終わった今だからこそ今後について早急に話し合わねばならないでしょう」
誰も何も言い返してこないのでちょっと慌て始めた頃、ルナリスがため息混じりながらに冷静に引き留めてくれた。さすがリーダー(代理)、君ならそう言ってくれると信じていたよ。本当に帰宅の流れになっていたら俺が困ってしまうところだった。……ジョークが場を和ませるかどうかは時と場合を考えなくちゃいけないな。
「もちろんだともルナリス。ここで不貞腐れては『大捜索』に捧げた労力が真実無駄となってしまう。そんなのは発案者の一人として俺もご免だからね──『西方には何もなかった』。唯一得られたこの情報だけでも頼りにして、会談の次の手立てを考えようじゃないか」
「ねえ。そもそもの話をさせてもらうけど」
戻ってきて以降、それこそ不貞腐れたようにしてら突きっぱなしだった頬杖を外し、代わりに尊大な様子で腕を組んだティアラがじろりと一同をねめつける。骨折り損をしたことに人一倍の不満を露わとしている彼女は、そのぶすっとした表情のままで言った。
「マジに『何もなかった』んでしょうね? そこがあやふやだと先に進めないわよ。つまりね、『絶対に見逃しなんかない』って断言できるのがこの中に何人いるのかって話よ。……そうじゃない奴は手ぇ上げなさい、恥ずかしがったりせず正直にね。怒らないから」
そう告げて、名乗り出る者がいないか確かめるための間を取ったティアラだが。しかしどれだけ待ってみても沈黙が続くばかりで誰も手を上げることなどなかった。どうやら参加者は皆が皆完璧な仕事をしたという自負を持っているようだ。それが真かどうかはともかくとして、自身の手際を不安視している者はいないと。
「そう言っておきながら自分が挙手するんじゃないかと思ったんだけど、ティアラも自信ありか」
「だとしたら私頭おかしいでしょ。当然よ、空も地上も地面の下も。蟻の子一匹見逃さないくらいに担当範囲を調べ尽くしたもの。オレクテムもオレクテムの配下も、その痕跡だって! 絶対に見過ごしたりなんかしていないと断言できるわ」
「それと同じことを全員が思っている、ということです。今作戦はメンバー間の信頼で成り立っている。今更そこに疑いを持つことはいたずらに輪を乱すだけでしょう……慎むことです、ティアラ。開始前にあなただって納得していたはずですよ」
「はん、ご立派な物言いしちゃって……。ええいいわよ、信じましょうか。きっとみんなも私と同じくらい調べ尽くしたんでしょうね。なのに何ひとつとして見つからなかったんだから傑作だわ」
……まあ。そこを認めるよりはまだ仲間内の不手際を疑ったほうが精神衛生上マシだという気持ちもわからなくはないのだが。実際、俺も自分はともかくノヴァ&ミルコットペアあたりの仕事ぶりが果たしてそこまで保証を持てるものどうか非常に気になってはいるので、『何もなかった』という結論に疑念がないではないのだ。
だけどミルコット自身はまー清々しくやり切った顔をしているんだよねぇ。それとなく背後を確かめたが、ティアラの問いにも忙しなく辺りを見渡しているだけだったし、その隣に立つノヴァも別に自信なさげな雰囲気ではなかった。なので一応は信じてもよさそうかな、というのが俺の結論。信頼で成り立つとはこういうことである……成り立っているのかこれ?
「だけどティアラ。君の言う通り、『痕跡すらもなかった』というのは連中の動きを読む上で大きなヒントになる」
「……は? よく意味がわからないわね。痕跡がないってんならつまり、ヒントになるものが何もないってことでしょうが」
「いつ拠点を移したのかという正確な時期はともかく西方圏のどこかで息を潜めていたことは確実。なのに『始まりの村』の終わりと同じく配下たちはオレクテムの行動に合わせて実に丁寧に拠点を廃棄している。念入りに何も残さずに、だ。俺たちが情報を得られなかったというのは即ち、連中が情報を残さないように留意して立ち去った証。これだけでも敵組織の性格というのはある程度見えてくる」
「ふーん、なるほどね……でもそれって組織としての性格っていうより、頭であるオレクテムの用心がそうさせたってだけのことじゃないかしら?」
「そうだね。つまりオレクテムの思想に同調的で、忠実に動き、言われたことを言われた通りにやれるだけの能力も持っている集団だと見做せるわけだ。一言で言うならお利口さんだよ。クラエル率いる『魔女会談』が同じことをできるかというと、かなり微妙なところだ。そうじゃないか?」
「同意する。人数の減った今なら別として、以前の私たちにそこまでの結託は望めない」
「ディータ、あんたね……」
「事実を言ったまで」
「そうですよ。何より結託を許さない最大の要因はあなたでしょうティアラ」
「やや、そこは流石にアビスでしょ! 私は好きにやってるってだけであってあいつみたいに進んで会談へ茶々入れなんてしてなかったもの」
「まあまあ、落ち着いてくれ。纏まりがないっていうのは運営上の短所だが、動きが読まれにくいっていう長所もある……無理に長所と捉えるなら、だけどね。その反対に纏まった集団は意図的に悪手でも選ばない限りは敵から動向を推測されやすいという欠点がある──これも無理に欠点としているだけで、本来は別に問題になるようなことじゃあないが。けれどオレクテムの配下にとっては軽視できない点であると思う」
「なんでよ? 推測しやすいなんて言ってもそれはある程度目的がわかっている場合のことでしょ? 現にあんたやルナリスは目論見を外しているわけだし」
「はは、痛いところを突くね。でも強がるわけじゃないが、成果なしという結果だって予期してはいたんだ。つまり、とっくに西方から脱出を果たしている可能性だってあり得るだろうとね。その場合はより面倒なことになるのが確実だからできれば今日で見つかってほしかったんだけど……生憎とそうはならなかったものだから仕方ない」
西方で長らく。会談の歴史と同等以上の長い時間をそこで過ごしていたのだから、捜索が行われることを承知の上でも離れることのできない『何か』が。物にしろ地利にしろ、なんにせよ何かしらの事情があるのではないかと踏んでいて、そしてそれがオレクテムにとっての致命的な弱点として利用できるかもしれない。と、俺とルナリスは期待したのだ。
もしも西方を選んだことに明確な理由があるとすればかなり高い確率で現実のものとなったであろうこの皮算用が、まさに無い皮を数えただけに終わってしまったこと。これがどれだけ頭の痛い事態であるかはもうおわかりだろう──。




