206.大捜索
「そーっす、俺は待機なんすよ。探し物も戦闘も俺の領分じゃないっすからね。言ってて情けないっすけど」
「何も情けないことなくなぁい? うちもお留守番だけどちっともそうは思わないなぁ……はっきり言って私たちじゃあ足手纏いにしかならないんだから賢明な判断ってものっしょ」
「ちょっとディータ、あんたそれ何食べてんの?」
「コオロギの素焼き」
「……なんでそんなの食べてんの?」
「戦いに備えての栄養補給」
「答えてくれてどうも。ちっとも意味わかんないわ」
「昆虫は栄養食と聞き及んでおりますよ、ティアラ様。質実なディータ様の好まれる携帯食なのでしょう」
「へえ、そうなのかモーデウス。初めて知ったぜ……よければディータ様、俺にもひとつ頂けませんか」
「ん」
「うお、こんなに」
「一匹から取れる栄養はたかが知れている。最低でもこれくらいは食べて」
「なに藪蛇だったみたいな顔してんの? あんたから言い出したんだからしっかり食べなきゃね、スクリット」
「やれやれ、ティアラ様は手厳しいですな。わかりました、頂戴しますよ」
「──来ましたね」
銘々が好きな立ち位置で、普段よりも砕けた雰囲気でお喋りに興じている様は、まるでさっきまでの俺と弟子たちの焼き直しのような風景だった。張り詰めた円卓の間しか知らない俺にとって魔女と賢者の思いの外親しげな、言ってしまえば気の抜けたようなやり取りは良い意味で意外だった──しかしそれも、始原の魔女一行(つまり俺たちである)の到着に気付いたルナリスが一人静かに下ろしていた瞼を開けた瞬間からガラッと様変わり。彼女の発言に合わせて全員が指定の場へと立ち、よく知るあの緊張感が空間に満ちた。
「時刻となりましたのでこれより『大捜索』決行の最終ミーティングを行いたく思います。さあ、どうぞイデアも自分の席へ」
「了解だ、議長殿」
今作戦にはアーデラだけでなく弟子の全員を参加させる、という旨を事前に伝えてある。俺が直接そう報告したのは会談のリーダーであるルナリスだけなのだが、こちらの顔触れを見ても誰も疑問を覚えていない様子からして既に周知済みであることが窺える。反対に、会談の構成員なんて一人も知らないミルコットとノヴァのほうが──いやミルコットはティアラとだけ知己だったか──きょろきょろと興味深そうに顔触れを眺めている。ふふ、これじゃまるでお上りさんだな。
俺が第一席、『始原』用の席に腰を下ろしたところで『魔女会談』のスタートだ。と言っても常会でもなければ臨時会でもない、ルナリスの言う通りにこれはただの打ち合わせなのだが。
「ていうか何を打ち合わせんの? もうやること全部決まってるはずでしょ?」
「ですからそれを最後に見直すのですよ。全員で共に、齟齬も誤謬もないように。よろしいですか?」
「あーはいはい、よろしくってよ責任者様」
どちらもがふんと鼻を鳴らしながら互いに視線を逸らす。うーむ、ルナリスとティアラの相性の悪さは会談の人数が減っても相変わらずのようである。こんな一大事の日にまでこの調子とはなんとも頼もしいことだ。
「では確認をしましょう──」
西方の捜索は八方向から、外から内へと向けて行われる。逃げ出す暇のない電撃作戦を予定しているが、逃げられたとしてもその尻尾さえ掴めればいいのでそこまで速さに拘らなくていい。概要としてはそう難しい作戦でもない……動かざる『始まりの民』が未だに西方から動かずにいてくれたなら、の話だが。しかし居座っている可能性は決して低くないのだからそれに賭けて行動するのがベターというものだろう。
追跡ないしは新たな手掛かり──オレクテムの思考や動向を類推するに役立つものという意味で──の発見を目指すなら速度はともかく見落とし・見逃しはなんとしても避けねばならない。地方線の境八箇所からの同時進行、その全てが丁寧かつ足並みを揃えたものである必要があるというのは、協調性があるとはあまり言い難いこのメンバーで行うには少々難度が高いようにも思えるが、まあ。そこは最大の不安要素であるからこそ入念に意思疎通を図って大方解決させている……なんて如何にも手の込んだ対策をしたような言い方をしてしまったが、種を明かせば俺のトーテム(特注品)を全員に持たせて相互通信と居場所の把握を可能にしたというだけのことだ。単純だが最も効果的な策ではある。
八方の内訳としては、まず俺を含めて魔女の四人がそれぞれ一人ずつ。賢者のモーデウス、スクリット、アーデラがこれまた一人ずつ。そこに唯一コンビでミルコットとノヴァを加えての九人八班となる。何故二人だけを組ませているかというと、そこは単に力量の問題だね。捜索に要する能力と戦闘に要する能力はまったくの別物であるからして、一応の能はありつつもそこら辺が甘いノヴァと、感覚頼りではあるが野性的な勘に鋭いミルコット。この組み合わせで相互補完してもらおうという采配だ。必然、残りの七名が単身でも充分に役目を果たせると判断されていることは言うまでもないだろう。
「しかしなんだね。今更だけどルーインもミモザも不参加というのは……二人とも能力的には充分に見えるんだけど」
「アハハ、始原様にそう言ってもらえるのは嬉しいんすけどね。勿論人探しくらいは自分たちにも覚えはあるっすけど──」
「それ以上に激弱だからよ、どっちも。『大捜索』は探せる奴+戦える奴じゃないと起用できないんでしょ? だから二人ともアウトなのよ」
自らの賢者の言葉を遮ってそう述べたティアラに、ミモザもまた同調して頷いた。
「その通りですよぅ、イデア様。メサイスやアルクラッド君が手も足も出ないレベルとなれば、うちとかルーイン君なんかの出る幕じゃないんです」
百戦錬磨のそちらのおふた方ならともかく、と彼女はルナリスの背後に立つ二人の賢者へと話を振った。自身の実力を蔑みつつも自嘲や揶揄を感じさせないごくフラットなミモザの口調に、双子の老人たちは苦笑を見せた。
「過大な評価痛み入る。しかしあえて訂正させてもらうなら、何も私たちとて自らを戦力足り得ているなどと誇大妄想はしておらぬとも」
「兄貴の言う通りだ。お前たち若手と比べて多少の武闘派を謳ったところで、その程度の差なんざオレクテムにとっちゃあ十把一絡げにできちまうもんでしかなさそうだ、ってのが素直な感想。だからまあ、『戦える奴』っていうのは魔女様に要求されるステータスであって俺たち賢者は『逃げ切れる奴』ってのが正しいだろう。そうでしょう? ルナリス様」
「ええ。戦い、そして勝つことは私たちに課された役割。あなたたちはその支えとなればいい──無論のこと、そこには最低限以上の武力が必須ですから、己が賢者を不参加とさせるティアラとディータの判断に瑕疵はないものとしています」
戦闘面に期待しているわけではない。武闘派を自認している相手へそう宣告するのは少しばかり冷淡な気がしないでもないが、しかしルナリスの言はもっともなものであり、その口調も突き放すようなそれではない。ただただ当たり前のことを口にしているだけだ。
推定五人のステイラクルシュの民。彼らないしは彼女らがオレクテムより実力的に遥かに劣ることは間違いなく、メサイスとアルクラッドの瞬殺劇は必ずしも賢者たちの力不足を意味するものではない……というのは前提として。その前提があったとしても連れていける賢者とそうでない賢者がいるわけだ。この区分はして然るべきものだと俺も思う──これ以上頭数を減らされてはいよいよ会談が立ち行かなくなってしまうからね。
ルナリスは当然そこを憂いて電撃戦ながらに戦力のフル投入……つまりは強制参加を行わなかったのだろうが、おそらくティアラとディータはそうじゃないな。冷静に大局を見ての判断というよりも、単純に自分の賢者を危険に晒したくなかったのだと思われる。何も為せずに実にあっさりと死んでしまったメサイスたちの二の舞にはしたくない、という感情を優先した決定だ。
それが悪いとは言わない。発端がどこであれルナリスの結論と同じなら会談の意思としても何も問題はないのだから。ただ、そこまで賢者を大切に思っているのだな、とこれまた意外に感じただけだ。もちろんこちらも良い意味でね。クラエルとフォビイが囚われの身となったこと以上にサラっと流された印象のある賢者二人の死も、思った以上に魔女たちへ影響を与えているようだ。
魔女と賢者が血も涙もない隷属的な主従関係じゃないと知れたのは良かったな。俺はアーデラを使い捨ての駒扱いするつもりなんて毛頭ないので、そこのスタンスに差が出ることがなさそうなのは助かった。ケースバイケースではあろうが、ティアラたちが自分の賢者に特別措置を出せたからにはこちらも堂々と会談内において三弟子を贔屓できるというものである。
「最終確認を終了とし、これより作戦の開始へと移ります──よろしいですね?」
誰がどこから攻めるか、想定される事態への備え、そして想定にまったくない不測の事態でどうするか。幾日か前からマニュアルが作成されているそういった事項を今一度全員で共有してのち、打ち合わせの終了を告げながら立ち上がったルナリスに合わせて俺たちも腰を上げる。俺、ディータ、ティアラ、ルナリス。言うまでもなく作戦の要はこの四魔女が担う。……さすがにもう誰も日常の顔付きはしていないな。それを確かめてから俺は言った。
「全員心の準備は終えているね? ……よし、それじゃあ跳ばすよ──」




