205.我が子
「何やらエーテル君に涙ぐましく見送られたのですが、師匠。彼に何かなさいましたか?」
「すぐに俺を疑うんだなアーデラは。したと言えばそうなんだけどさ」
「やはり。幼気な青少年を弄ぶのはあまり感心できませんね」
「お前にそんなこと言われてもなぁ」
というか、別にそう大層なことをしたわけじゃないのだ。同行させるに足るかどうか調べてみて、結果としてフラン君は選考に弾かれたというだけのこと。試験において俺は本気を出したが何もそれはフラン君を諦めさせるためではない。そうでなければ試験の意味がなく、またそうすることが彼の望みでもあったから『完孔』の使用に踏み切ったのだ。もしも一撃で俺の魔力防御を壊し、俺自身まで攻撃を届かせることができていたなら。そのときは喜んで彼を同行させるつもりでいた──今この場にフラン君が居合わせないのは俺にとっても甚だ残念なことである。
という旨を口にすれば、返事はアーデラではなく他の弟子からあった。
「それってつまり、お師匠様がそういう期待を持つくらいにフラン君がすごいってことですよね?」
「へえ、あいつってそんな上玉の魔法使いなのかよ? 何度か顔を合わせちゃいるがそこまでのモンは感じなかったぜ」
弟子曰く、強者とは常の立ち振る舞いからその実力が滲み出るものらしい。なるほど、これはわからないでもないかな。俺の感覚からすると魔女こそがこの好例であり、言動から何から常人には持ち得ない要素というものがありったけ詰め込まれている気がする。それに魔女だけに限らずとも、モーデウスやクアラルブルと出くわした際にも「こいつは他と違うな」と一目でなんとなく察せられたくらいだ。ノヴァが言っているのはおそらくそういった類いのもののことだろう。だとすれば、いまいち彼がフラン君から何も感じ取れないというのも当然と言えば当然かもしれない。
「性格的には素朴で真面目な子だからね、普段の彼を見て脅威を感じろというのが無茶だよ。いざ戦い、となって初めてフラン君はその力を過度なまでに発揮する──だからいい。そこに生まれる落差が彼の武器であり真骨頂だ」
フラン君の内部にはその破格の才能に見合うだけの欲求がある。煮え滾っている。抑え難いはずのそれを日常では見事に、それも無意識で抑え込んでいたのだ。おかげで彼はここ数年ちっとも魔法の腕前が向上していなかったようだが、学校長が彼に仕込んだ硬くて分厚い蓋は利用できる。爆発力だ。内に眠る本能の目覚めとともに精神的な枷が外れること、それはフラン君の『溶岩化』に更なる力を与えてくれる絶好の補助となる。
「無名呪文の使い手の特徴が殊更に顕著となっているわけですね。それでいて彼はミルコットなどとは違い、体系呪文についても造詣が深く練度が高い。ふふ、そんな実力者が平時ではあの調子で、いざとなれば巨大な牙を剥いてくる。確かに敵対者にとっては堪りませんね」
「ぶー。私と比べないでよ、アーデラ」
「無論、たったひとつの呪文だけでそこまで至った君も負けず劣らず素晴らしいと思うよ」
「褒められてるのになんだか嫌味な感じ……いいもん、私はお師匠様に言われた通り『増殖』を極めるだけだもん」
「そんなことよりもよぉ、俺には気になってることがひとつあるんだが」
「どうしたノヴァ?」
まるでこちらを射貫くかのように真剣な眼差しを向けてくる末弟へ何事かと訊ねれば。彼はぼそりと「増やすつもりなのかよ」と言った。うん? 増やす? どういう意図の質問なのなさっぱりなのだが。
「だから、フランフランフィー・エーテルを『四番目の弟子』にするつもりなのか──あるいはもうしてんじゃねえのかって訊いてんだよ」
「えっ! そうなの!?」
俺が答えるよりも先に大声を上げたのはミルコット。大袈裟なまでの驚きぶりで口を大きく開けた彼女は、しかしすぐに思い直したようにこてりと首を傾げた。
「あれ、でも……お師匠様はもう新しく弟子を育てる気はないって昔に言ってたよ? ノヴァもそう聞いたでしょ?」
「忘れちゃいねーよ、確かにそう言われたさ。だけどお師匠がコロッと考えを変えるのなんざ今に始まったことじゃねえだろ? もう弟子を取らねー発言なんて如何にも反故にしちまいそうなもんだ。俺は当時からそう思ってたぜ」
「いやまあ……否定はしきれないところだけども」
もう弟子はいらない、と言ったのは覚えている。そのとき新たな弟子を取るつもりがなかったのも本当だ。が、それを確約としたつもりがないことも確かである。つまりノヴァの懸念は至極正しいものであり、実際振り返ってみれば四番目の弟子が誕生しそうだった機会はいくらでもあった。何かの弾みで彼は末弟の立場から脱していたことだろう。ただし誰にとっての幸か不幸か、結局のところそういった弾みは起こらずに今日が訪れ、俺もまだ考えを変えてはいない。
「フラン君を指導してはいるけれど、それはセリアやミザリィも同じだ。そして全員一概に弟子扱いとはしていない──そもそもの話、何度も言っているけれど。俺は別にお前たちを『弟子』として引き取ったわけじゃないんだ」
魔法使いとして育て上げることは俺からすると普通の子育てと同義であり、それ以外にやり方を知らないし知ろうという気もあんまりない。あくまで気の向くままにやっただけ……なので最初から下学上達を見越して才能を育ませるのとはちょっと訳が違う。いやホント、以前にも言ったようにここら辺の機微はかなり説明が難しいのだが。ともかく俺はそう簡単に弟子という存在を増やしたいとは思っていないのだと理解してほしい。
「私たち三人は誰も実の両親を知らない。そこが唯一の共通点。対してエーテル君は早くに亡くしてこそいれど家族の温もりを知っているし、自ら居場所を見つけることもできた。あなたの下でしか生きられなかった私たちとは決定的に異なっている──となれば躊躇われる気持ちもよくわかりますよ。あなたにとって弟子とは即ち『我が子』なのでしょうからね」
「認識としてはそうだね」
「では。エーテル君がエイドス魔法の使い手として成熟し、果てに自ら弟子入りを望めばどうします?」
「それは……うーん、そのときに考えようかな」
フラン君の成熟の度合いにもよるし、俺の気が進むかどうか、または単純に時間が許してくれるかもその時点になってみないとわからない。故にここで結論は出せないとした俺に、アーデラはやけに自信ありげに告げた。
「断言してもいい。そうと望まれればあなたは間違いなく彼を弟子とするでしょう。断ることなんてまずできやしませんよ」
むむ、失敬な……とは言えないな。自分でもそう思うもの。渋ったところで押し切られて「仕方ないな」とフラン君を受け入れている光景がありありと浮かぶ。なんだかんだで彼のことは気に入ってもいるのだ、熱心に頼み込まれては──昨晩の試験のように──なるべく要望に応えてやろうと思ってしまうのが人情である。あるいは、自分の歳もわからなくなるほど生きているせいで見た目の若さだけでは誤魔化し切れないくらい俺は老いてしまっており、本物の若さというものにすっかり弱くなっているのかも……だとしたら少し笑えるね。
「わー。じゃあもう少ししたら弟が増えるかもしれないんだ」
「おっとミルコット、君は新入りにも好意的なのだね? ノヴァとは違って」
「おい、人の心が狭いみたいに言うんじゃねーよ。何も増えること自体に文句があるんじゃねえ。それならそうと予め教えてくれりゃそれでいいんだ、俺は。ま、その気がねーとお師匠の口から聞けただけ良しとするさ」
だけどやはり信用はしてくれていないらしいことがその口調からよく伝わってくる。ふーむ、こんなにも弟子から疑われるほど俺の言動には一貫性がないのか? 自分としては時代に限らずある程度スタンスを一致させているつもりなんだがな……。とまれ、フラン君を今後どう扱うかについては改めてじっくり考えてみる必要があるかもしれない。三弟子以外に拡張を施している唯一の存在であり、その才能もアーデラに比肩し得るもの。それを中途半端な立ち位置にぶら下げておくのは少々勿体ない行為であることも確かだ。
フラン君のほうからもいつか弟子入りを志望してくる気もするしな……仮にそうだとしても、それは彼が自分にもっと自信をつけてからになるのだろうから、今すぐにとはいかないだろうが。何せつい昨晩、ようやっと伸び始めていた鼻が──この表現に揶揄の意はない──ぽっきりと折られたばかりでもあるからね。
「アーデラは反対しないんだな?」
「私は既に二度も新弟子の参入を経験済みですからね。今更また一人増えようが何も気にしませんよ。しかし……これは言うまでもないことですが、『最優の弟子』。弟や妹がどれだけ増えようとこの称号だけは決して明け渡しませんがね」
「うわ。やなお姉ちゃん」
「こんなのが長女とか終わってんな」
「ふふふ。親が親だからね、仕方あるまいさ」
「なんて物言いだ。育て方を誤ったか……やっぱり新弟子は前向きに考えないほうがいいかもしれないな」
と、思わぬ流れからフラン君の将来について方向性が定まりかけたところで時間となった。暇潰しの楽しいお喋りも終わりにしなきゃならない。
「──もうすぐ開始時刻だ。そろそろ向かうとしようか」
「はい、お師匠様! ……でも向かうってどこにですか?」
「いやなんでわかっていないんだミルコット。これから俺たちは西方でオペレーション『大捜索』に挑む、その前に。一旦中継地点として天空議場へ転移するんだよ。何回か説明したはずだぞ?」
「そーだった!」
どうやら俺と一緒に何かができるというだけで嬉しすぎて聞いたことが頭からすっぽ抜けていたらしい。これで大丈夫なのか、とアーデラとノヴァが俺をじっと見つめてくるが、なに。心配はいらない。ミルコットは俺と同じく本番でこそ輝くタイプである……といいなぁ。




