203.どうか自分も
頼みたいことがある、か。フラン君がそんな風に言ってくるのは珍しいな。ちょっと弱気なところがあるのと、特に俺に対して遠慮がち……というか明らかに委縮している彼である。これが相当に意を決しての発言であることは間違いないだろう。その証拠に握り締められた手もこちらを見つめる表情もガチガチに固くなっている。なので、彼の緊張を解きほぐせるよう俺はなるべく柔らかく応じることに努める。
「何かな? なんでも叶えるとは約束できないが聞くだけ聞こう。とりあえず言ってごらん」
「えっと……イデア様は明日、西方へお出かけになるんですよね」
「その予定だよ。君もオレクテムという賢者……いや、元賢者か。そいつが世界征服を企んでいるっていう話は耳にしているだろう?」
もちろんとばかりにフラン君は頷く。なら話は早い。……まあ『世界征服』という言い方はだいぶ要約されているというか、オレクテムの趣旨とは若干ズレたものだとは思うけれど。
しかし真に奴が望んでいること──つまりは『神に成る』ことと『神として支配するに相応しい世界を手に入れる』こと。これらの端的な説明が困難である以上わかりやすさを優先して共有したほうがいいからね。それにオレクテムが大陸全土、そして大陸の外までも丸ごと手中にしようとしているのは事実なのだから、征服という表現だって何も間違っているわけではない。
ともかく、王宮勤めの面々には現在『魔女会談』が直面している事態と、それに対応しての俺の今後の大まかなスケジュールを伝えてある。フラン君が明日の西方圏への出張を存じていることは何もおかしくない。が、彼が聞き及んでいるのはどうやら俺の予定だけではないようだった。
「それにお弟子様も──アーデラ様始め、三弟子の皆様も同行させるというのは本当なんでしょうか」
「ん、本人から聞いたのか? ああ、連れていくつもりだ。三人ともね」
そう聞いてフラン君は口を噤み、視線を彷徨わせた。なんだか言葉に迷っている感じだ。三弟子を引き連れて出向くことの何がそんなに引っかかるのだろうか……と考えてみて、ピンときた。
「ははあ、アーデラは賢者であるからともかくとして、何故会談の構成員でないミルコットとノヴァまで揃えるのか疑問なんだね。だがこれに関してはなんということもないさ。確かに明日の西方行きは会談案件ではあるけれど、会談員のみに拘っていられるほど人手が潤沢でないってだけ。今の俺たちは猫の手だって借りたい状況だからね」
そりゃあ、戦闘も見越しての大捜索だ。戦力は上澄みだけに限りたいところではある──要は賢者たちをお留守番させて魔女だけで作戦に臨むのが安全上で言えば望ましいという意味だ──が、しかし。オレクテム含めて敵の頭数は推定六である。魔女四人だけで挑むにはちょいとばかりバランス的に釣り合わない。ので、賢者以上魔女未満といった程度の戦力である三弟子も是非とも駆り出さねばらないわけだ。
敵は全員が最低でも魔女クラスの実力を有しているであろうことは想像に難くなく、性能試験で及第点を取った弟子たちであってもぶつけ合わせるにはやはり力不足が否めないではあるが。けれども三人合わせてひとつの戦力として数えるのであれば、魔女未満から未満の部分を外してもいいくらいの力はあるとも思っている俺だ。……うん、多少師匠バカの入った推定であるのは否定できないけどさ。だが俺を相手に及第点が取れるというだけでもあの三弟子を遊ばせておく選択肢があり得ないことはわかってもらえるだろう──猫の手も借りたいとはつまりはそういうことだ。
ということをつらつらとフラン君に語ったわけだが。疑問が解消されて納得が見られると思いきや、彼は一向に難しい顔をしたままで、むしろ物言いたげな雰囲気が刻一刻と強まっていくではないか。おや? この感じ。ひょっとすると彼の『頼みたいこと』というのは……。
「自分も連れていけ、と言いたいのか」
「……!」
「図星のようだね。……ふーむ。一応、どうしてそんなことを希望するのか動機を聞いても?」
そうやってこちらから促すことで、重くなっていた彼の口はようやく開いてくれた。ただしそれでも重々の調子であり、とても言い辛そうにしているのは変わってないが。
「──講義と後天拡張。イデア様のおかげで自分、ようやく『強くなれた』っていう実感が湧きました。これまでも成長を感じていたことは確かですが、それは元からやれることの再確認に過ぎない気がしていて……お父さんとお母さん、二人から貰った才能を伸ばせているとは思えなかったんです。学校長にはとてもお世話になりましたけど、教えてもらったことの大半は力を暴走させない精神修行。それだって魔法使いには必要で、とても重要であるのはわかっています。だけど自分が欲しかったのは──この力を思い切り発揮する機会。そして更なる高みへ達すること。イデア様がそう気付かせてくれたんです」
「そうかな? ……いや、そうかもしれないね。確かに面談した日の君はまだ『魔法使い』ではなかった。その自覚がまるでなかったね。己の力を恐れるばかりのただの少年だった。変わる切っ掛けが俺だったと言ってもらえるのはとても嬉しい。だけど、どうせ遅かれ早かれのことだったとは思うよ。力の誇示と飛躍。それは魔力を扱える人間なら誰もが自然に望むものだし、才気に優れていれば優れているほど、当然に欲求はますます強くなる。とても我慢なんてできないくらいにね。魔法学校の先生にも東方の賢者にもとっくに認められていた君なんだから、『ブローカー』からの誘いや俺との腕試しがなくたっていつかきっと抑えなんか利かなくなっていたさ」
むしろこれだけ優秀な素質を持ちながら、よくもまあしがないフリーター生活なんぞを数年も続けていたものだ。よっぽど学校長の教えがよかったのだな……しかしてそれは彼を縛り付ける鎖にもなっていた。なまじ指導の才があり徳の高い人物であったために、学校長はフラン君の発芽を遅らせてしまったのだ。
皮肉なことに、往々にして教育者の人格なんてのはある程度破綻していたほうが大きな才能を開花させやすいもので。選ばれた一握り以外が残らず壊れてしまうようなやり方は残酷だが、効果的でもある。とはいえ物にはそれぞれ使い道があるというのが俺の基本理念であるからして、この手法はあまり好かないがね。そもそも、そういう指導に当たってグンと伸びたとしても果たしてフラン君が真っ直ぐに成長してくれるかはまた別の話。
故に俺は、手に余る才者であったろうフラン君を根気よく抑えてくれた亡き学校長──ダンバスとも盟友だったという彼に、深く深く感謝しているのだ。
「俺から見てもフラン君は随分と変わった。君自身、その自覚を強く持っているわけだね」
「はい。最近ようやくイデア様の言う『穴』の概念にも理解が及び、自分の意思で開くことができるようになりました。本当に開くだけで、まだなかなか安定はしないんですけど……」
「いやいや、後天的にそれができるようになっただけでも充分に異才だよ。その上で伸びしろがあるんだからフラン君は素晴らしい。これは俺の施術の腕じゃなく、純粋に君という素材のレア度が関係している。花開いたことにもっと胸を張っていいんだよ」
「そうは言ってもイデア様の手がなければ咲かなかったんですから、そんなことはとても……でも、多少なりとも自信は付いてきました。なのでお願いをしたいんです。強くなりました。腕試しの日よりもずっと、自分は魔法使いとなりました。ですから──お弟子様たちと一緒に、どうか自分も西方へ同行させてもらえませんか!」
「……ふーむ」
認識を改める。俺に対する委縮は相変わらずであっても、以前に目立った弱気な部分はかなり鳴りを潜めているようだな。そうでなければ俺へ意見することなどとてもできやしない……しかもその中身が中身だ。三弟子と同じ立場にならんとしているからには彼の中でも──そこの自覚があるかは怪しいところではあるが──自分がアーデラたちに並ぶ存在であると。少なくとも才能の面ではなんら劣っていないと、そう思っているからこそ出る要求なのは間違いない。もしも三弟子を遥か上として見ているなら、危険かつ重大な任務へ志願する気になるはずもないからね。
頼み方が真っ直ぐで好感が持てる。元々頼られたらなかなか断れない性分なこともあって、できることなら彼の願いを聞いてやりたい衝動に駆られる。がしかし、教え子可愛さにその安全を度外視するような真似はさすがにNGだな。それではこの才能を守り抜いた亡き学校長への申し訳が立たない。かと言ってにべもなく断るのでは今度はフラン君に悪い。きっと傷付けてしまうだろう。それで機嫌を損ねるような子じゃないことは承知だが、なるべく彼の気持ちを尊重してやりたいとは思う。
というわけでこうしよう。
「試験だ」
「試験、ですか?」
「何も三弟子だって無条件で同行させるわけじゃないんだ。あいつらはきっちりと試験で合格点を取った、だから使えると判断した。フラン君もそう思わせてくれ。そのためにある試験を課そう──結果に満足できたなら、明日の任務に君も参加させると約束しよう。これでどうだい? 受けるか否かは君次第だ」
「勿論受けます!」
迷いなく即答したフラン君。その頬がどんどん熱を持っていくのがわかる。これはいつもの照れからくるものではなく興奮の証だろう。いい感じだね。施術直後だが決してコンディションは悪くないようだ。
「駄目で元々のお願いでした。条件付きでも試してもらえるだけありがたく思います。容易いものだとは思ってないですが、きっと試験に合格してみせます……! 教えてくださいイデア様。自分は何をすればいいんでしょうか?」
「そうだな。ここはシンプルに……俺のことを壊せるかどうか。そこを線引きとさせてもらおう」




