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197.我が神よ

「おい……ここには最低限の防御結界しか敷いてないんだぞ。本当にバレないんだろうな? これ・・を察知したイデアが今すぐにも魔女を引き連れてやってきたりなんかしたら、全てが台無しだ」


 完成した理想領域エイドスへと通じる門。イデアが開く『完孔』と同じく、それは高次魔力を引き出すための出口ではなく入口。実存世界イグジス側から神の世界へ渡るための代物だ。それを前に並ぶオレクテムと五人の仲間──その一人からふとそんな疑問が上がった。


 門が確かにエイドスへ通じていることは作成を手伝った彼自身よく理解できている。だからこそ、その存在はイデアが気付きやすいことこの上ないだろうとも。目的を果たす前に決戦が始まってしまっては意味がない……そう不安視する仲間へオレクテムは泰然と応じた。


「確かにイデアは境界の乱れに常に神経を尖らせているようだ。なんの工夫もなく開いたなら今頃ここは戦場だっただろう……そうなっていないということは、私たちは完璧な仕事をしたということさ。大丈夫だシアンズ。実存世界こちら側は勿論、理想領域あちら側にもこの門は観測されていないよ」


 だったらいいが、と入念な確認を経ても強襲に備えて周囲への警戒を解いていない用心深き彼にふっと笑いかけて、それからオレクテムは別の仲間へと視線を向けた。


「ヤウコブ、そしてミロアナも。君たちがいたからこれは完成したんだ。尽力に感謝したい──私は良い仲間に恵まれた」


「よせやいオレクテム。俺たちがやったことと言えば多少完成までの時間を早めたってくらいのもんで、ほとんどお前一人でやり遂げたも同然じゃねーか」


「然り。あなた以外の功労者を誰か一人挙げるとすればそれは……アビスということになるでしょう。俺たちではない」


 自分たちなど何もしていないようなものだと述べる仲間たちへ「謙遜するな」と否定を返しつつ、しかしその言の一定の正しさをオレクテムは認めた。


「君たちの言う通り私が最も感謝を捧ぐべきはアビスだろうな。彼女の力がなければ門の作成は叶わなかった。ふふ……礼としてこの力、永劫に私のために役立てようじゃないか。オルトーに拘泥していた彼女のこと、新しい神の一部であれるなら本望だろう」


 自らの胸へそっと手を当てながら殊勝にそんなことを宣う主人へ、オーゼムが「わはっ」と吹き出して声を上げる。


「すごく悪い顔してるぜぇオレクテム。素直に言っちゃいなよ、イデア以外の天使たちにはちっとも価値を感じちゃいないってさ。アビスが『死生』に取り込まれることも計算の内だったんじゃないのかー?」


「まさか。今はまだ人を依り代とする身、そこまで智謀に長けてはいないよ。そうなれるのは神となってからだ──しかしまあ。神よりの脱却を果たしたイデアと、そうでない他三姉妹の価値に大いなる差があることは確かだがね。無価値とは言わないがけれども、未だにオルトーの道具である彼女たちは『私の世界』にはいらない。神となるからには使い古しなど相応しくない。そうだろう?」


「然り。あなたの守護は俺たちの任。前時代の天使など廃棄して然るべき」


「おいおいミロアナ、廃棄は勿体なさ過ぎてあり得ねーだろ? アビスと同じくその力をオレクテムが美味しく頂くんだよ。フォビイを物にしたのだってそれのためだよな?」


「今更訊ねることではないだろうヤウコブ。会談発足時より『死生』の力の入手と『晴嵐』の無力化は最優先事項のひとつだった」


「わーってるさマリリン。いよいよ計画も大詰めなんだから改めて確認しといただけだって」


「それよりも」


 会話の流れを切るように再び上げられたシアンズの懐疑的な声。それに一同が注目すれば、彼は少しばかり話しづらそうにしながら「オレクテムの不在の間についてだが」と口にした。


「お前も今更どうした。所要時間は不明、これも既に話したことだろう」


「そんなことはわかっている。問題は、イデアの動向が読めない点だ。俺が奴で、もしも俺たちの行動を把握していたなら、確実にオレクテムがいないときに攻める。その懸念を晴らさない内に実行してしまっていいのか、ということだ」


「まーそうだね。何かしら対策されてるかもってオレクテムが言うものだから、イデアとその周辺は精霊の『目』も向けられてないもんねえ。魔女たちと中央の大きな国が慌ただしくしているのはわかっているけど、逆に言えばわかっているのはそれくらい。イデアが出張ると『目』を引っ込めなくちゃいけなくなって、ろくに調べられなくなるんだもん」


「これまではオレクテムとアビスが向こうにいたんで当たり前に感じてたけどよ、いざ会談の現行が掴めなくなるとちょっと困っちまうなぁ。せめてイデア主導なのか他の魔女主導かぐらいは知りてーところだけど……そこ微妙なんだよな」


「然り。会話まで聞くためには精霊を対象に接近させる必要がある。『目』の隠密性という利点を潰す以上、そんな真似はできない。結果として会談が何に主題を置いているのかは判じられないままとなっている……」


 クラエルの力を利用しての『目』による各地の盗み見。天空議場とイデア周辺以外の全てを監視下に置けることのアドバンテージは言うまでもないが、しかしそれも完全無欠とはいかない。見るだけでも露呈しないためにはいくつか制約があり、何より接近しなければ音声が聞けないというのは盗み見の利点を思えば致命的であった。オレクテムはある程度読唇の覚えもあるがそれで理解できる範囲は狭い。何について話しているのか、という前提が得られていないと口の動きだけでの解読はまず不可能なのだ。


 つまるところ、監視を掻い潜って会談側もまたこちらの情報を入手している可能性が少なからずあるということ。だとすればシアンズの憂慮は正しく、オレクテムがエイドスへ遠征している期間こそが会談絶好の攻め入り時となる。ううむ、と顔を突き合わせて悩む五人の男たち──そんな彼らを前に、主人たる彼はあくまで穏やかな笑み形作ったままに口を開いた。


「案ずることはないよ。というより、案ずる意味がない、かな」


「そりゃどういうこったい、オレクテム」


「考えてみてもくれヤウコブ。私たちがそうであるように、会談もまたどれだけ私たちに『視られているか』を委細把握できはしないのだよ。当然に『目』の警戒をしていてもそれ以上の手段があるという懸念は払拭されない。その上で私の見解として、イデアは『待ちの姿勢』だ。彼女自身の動向は知れずとも彼女が関わった者の動向を見れば己ずと推測も立つ……私なのか、それ以外なのか。何を待っているのかまではわからないが、とにかく今すぐに行動を起こそうとしてはいない」


「うむ……それをブラフと疑うよりは、そのままに見るべきか」


 イデアについて一番詳しいのは創造主オルトーの知識を持つオレクテムだ。その推測となれば確たる証拠などなくとも一定の信憑性がある。そう認める仲間たちへ、オレクテムは「そもそもの話だが」と続ける。


「もしもイデアが私の不在に合わせて君たちを・・・・襲撃した場合。苦労する君たちには悪いがそれは私にとって最悪ではない。最も困ってしまうのは彼女もまたエイドスへついてくるシチュエーションだよ」


 なるほど! とそれを聞いたオーゼムは目から鱗とばかりに大きく頷き、


「天使との三対一! あるいはイデアを別陣営とした三つ巴の争いになったらものすごく面倒だってことか──残る二人の天使も取り込もうとしているオレクテムにとってはさ。うんうん、確かにそれが一番困るね」


 ──エイドスに座す二天使。その力の簒奪こそが現在の狙い……否、これは『簒奪』などではない。あるべきところへ戻すだけ。父の残した遺産を息子が引き継ぐという、当然のことでしかない。ただしその使い方は父とは異なるが……そうオレクテムは自身の完成を夢見て、同じ夢を見る仲間たちへと静かに目を向ける。


「どうせのことなのだ。知られていなかろうと、イデアがほんの気まぐれでエイドスを探ればそれで露見する綱渡りの工程。だとすれば過剰に怯え竦んでも意味がない。リスクは承知、だがそれすらも楽しもうではないか。私が神となる悲願の成就なのだ──面する全ては祝福、そして試練である。共に別ち、共に乗り越え、共に至ろう。我が愛しき仲間たちよ」


 必ず勝つ。たとえ天使たちが本領を発揮するエイドスにて、イデアも敵陣に加わった最悪の劣勢に立たされようとも。勝利するのは自分である。そう信じて微塵も疑わないオレクテムの在り様は、新たにその身へ宿した力も相まって確たる神々しさを彼に与えていた。それに伴い仲間たちもまさしく信徒──いや。『神徒』と呼ぶに相応しい顔付きへと変わり、自然と彼の前に跪いていた。


「マリリン。シアンズ。ヤウコブ。ミロアナ。オーゼム。君たちを四天王と左腕に、イデアを右腕に。私はこの世界を統べる絶対神となろう。かつてオルトーが落ち、空席となったままの天の座に就くのだ。その義務が! 使命が私にはある……! それまでもそしてそれからも。永く身命を賭して仕えてくれるな?」


「仰せのままに、我がちちよ」


 まったく乱れなく頭を垂れたままそう答えた四人・・に、オレクテムはそれでいいと頷いた。彼らはかくあらん。自ら力を分け与えた子であり、子よりも忠実な神徒。その無償の信奉と同じくオレクテムもまた彼らに無条件の信頼を寄せる。


「では行ってくる。私が不在の間、くれぐれも門を頼んだよ。こちらで壊されてしまうと帰ってこられなくなるかもしれない──二天使を取り込んだ後となれば無用の心配ではあるだろうがね」


「うん。こっちのことは任せて、何も気にせず頑張ってきなよオレクテム」


 唯一。跪くことも頭を垂れることもなく、普段通りのにこやかな調子で手を振る少年に、オレクテムもまた神の顔を解いて答えた。


「ああ、オーゼム。是非再会を楽しみにしていてくれ」



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