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194.上出来

 魔力矢と称されるものの従来の【マジックアロー】は真球状をしており、その大きさは砲丸程度。見た目ではそうと言い張るに少々無理があるものを、その用途から矢に例えているだけだ。しかしながらにアーデラが開発した【ワンス・マジックアロー】は名に恥じぬ見た目──つまりはまさしく棒状の先に矢尻がついたより矢に近しい形状をしている。そのサイズは人の指より僅かに大きいか、というくらいでまるで玩具に見紛う程度ではあったが。だが多量の魔力が用いられ何もかもを穿たんとする勢いで射出されたそれを見て侮る魔法使いはいないだろう。


 そんな小さくも多大な脅威を感じさせる一本の矢がミルコットの背中に突き立ち、そのまま体内に侵入。痛みに喘ぐ彼女とそれを見て驚くノヴァを置き去りに背中から腰、太ももから足先へと肉を切り裂きながら進んだ魔力矢は外へと飛び出し──イデアの体内へと移った。ぐるぐると我が物顔で腹の内を蹂躙するそれに、ミルコットに魔化を行おうとしていた少女の手が止まる。


「うぶ、っグ……アー、デラ」


「【ワンス・マジックアロー】はただ一本の矢に全てを込める呪文。射出後の操作性は勿論、破壊力も通常の魔力矢の比ではない。とはいえあなたの魔力領域へ馬鹿正直にぶつけては大変に威力を削がれることが確実ですから。通り道・・・を用意してくれたミルコットには感謝せねばなりませんね」


 ミルコットの簡易領域くらいならば抜くことは造作もない。だがイデアを包む『完孔』の魔力はそうもいかない、となればイデアと突き刺した足で繋がっているミルコットの体内から進むのが最善。これが非情な決断であることはアーデラとて自覚しているが、しかしイデアに勝とうというからには彼女に負けず劣らず情に薄くならねば万に一つの勝機も掴めないだろう。その代わり、掴んだ勝機を確実に活かす心積りが彼女にはあった。


「ッッ──、」


一殺ワンダウン。これにて試験も終わりですね、師匠」


 一瞬のうちに胴体内部を骨ごとズタズタにした魔力矢は次に上方へと進路を取り、一切速度を緩めることなく進行。脊髄に沿って念入りに体中を傷付けながら喉を駆け上がり、そして少女の脳天から飛び出してその役割を終えた。頭の天辺から脳漿混じりの血液を噴出させるイデアの様はまるで前衛的な噴水のようであった。そんな師匠のやられ様を確かめる暇もなくノヴァは慌ただしくミルコットの足を引き抜き、彼女を抱えたままアーデラの立ち位置まで下がって抗議の声を上げた。


「おい、他にやりようはなかったのか一番弟子!」


「あっただろうね。だがこれ以上はない。君たちだってそれはわかるだろう? そもそも攻めのためにミルコットを犠牲にしたのは君も同じじゃないか」


「俺は了承を得てるしお前ほど傷付けてもいねえんだよ……! チッ、ミル姉大丈夫か?」


 肩を支えながら負傷した姉弟子へ訊ねるが、彼女の『増殖』による治癒──正確には土地の埋め立ての如く傷を新しい肉で埋めてなかったことにしているだけだが──の効力は確かなもので、すぐにノヴァの手を借りずとも立てるようになった。


「うん、平気。すごく痛かったけどもうなんともないよ」


「悪かったねミルコット。だが君の尊い犠牲のおかげでこの試験は全員合格……おや」


 言いかけて、口に手を当てる。脳を潰せば死ぬ。少なくとも一度は確実にダウンの判定となる──はずだったのに。魔力矢に殺されたはずのイデアの体が、倒れない。しかとその両脚で立ったままに魔力領域が蠕動を始めていることに三弟子は嫌な予感を抱いた。


 意識が途切れても魔法を維持する程度は、事前に己が死を見越してそう仕込んでいればイデアにとって難しいことではない。だから立ち消えない魔力領域からノヴァはすぐに距離を取ったし、アーデラも余計な追撃を行おうとはしなかった。それがどんな罠を作動させるかわかったものではないからだ。弟子として師匠の手の内を理解しているが故の用心……それが今回に限っては良くなかった、とその現象を見てアーデラは眉をひそめた。


 イデアの仕込んだ罠は攻性ではなく防性。否、無論彼女のこと攻撃的な罠とていくつか潜めていただろうが、しかしそれを動かすリスクを負ってでも『死に体への追撃』という一件無意味な行為に踏み切る必要があったらしい。確実に勝利を欲するなら絶対にそうすべきだったのだ。……だがそれももう遅い。


 魔力領域が激しく震えたかと思えば自ら収縮し、イデアへと還っていく。そしてその身に空いた穴を立ちどころに塞ぎ──少女が死を遂げる前にその肉体を完治させた。不死ながらに耐久性の面ではひどく脆くもあるイデアは、されどあれだけの重傷を負いながらも……致命傷以外の何物でもない甚大な被害を負いながらも、死と復活を介すことなく乗り越えてしまった。


「即死を避けるための手法。そんなものまで開発していたとは……まったく。つくづくの化け物め、と弟子にあるまじき言葉を吐かせてもらおうか」


「で、どうするよ? お師匠のやつピンピンしてやがるぜ。ここからもう一回ダウンが狙えるか?」


「何がなんでもさせるしかないよ。私が突っ込むからサポートお願い、二人とも」


 メインアタッカーに相応しいのは彼女を置いて他にはいない。そう考えているだけに言われるがままサポートを行うことに否やはなかったが、けれどアーデラは忘れていないかと彼女へ問いかける。


「そうはさせじ、と君こそが狙われていることを。ほら、引き離した『虚孔』がもう戻ってきたよ」


 あ、と言われてそれの存在を思い出したミルコットが振り返れば、確かに真っ黒な球体がすぐそこにまで迫ってきていた。どんなに対象と遠く離れてもマイペースに、されど着実に追いかけ続けるそれの執念は実にイデアの術らしい。とにかく追跡対象に指定されているミルコットと、そして彼女の傍にいては巻き添えを食らう二人もその場から飛び退き、ひとまず虚孔から再度離れようとした──が、弟子たちの警戒を素通りした球体はイデアの下へと舞い戻り、そこでぴたりと静止。


「ふーむ、ろくに分断もできずか。やっぱり遅くて使いにくいな、お前は。単体性能だとどうしたってこんなものと……うん。こうもピーキーであれば限定されはしても活用法が思い浮かばないではないな。でも、それを試すのは次の機会ということにしようか」


 考え込みながらぶつぶつと独り言を漏らすイデア。その手がさらっと虚孔を撫でれば、雪解けを思わせる淡さで純黒の物体が崩れていく。消失を最後まで見届けることなく少女はてくてくと歩き、なんの用心もない様子で近づいてくる──それを受けて弟子たちは。


「あれ? なんでお師匠様、黒い球を消しちゃったんだろう?」


「邪魔っちゃ邪魔だが俺たちをどうにかできるほどのもんじゃねーと判断したんだろ?」


「こちらがミルコットを主軸とするのを阻害するための手立てだったろうからね。つまり師匠はもうそれに拘っていないということ」


 前向きに考えるなら、とアーデラは魔力を練り上げながら言う。


「二重魔力領域。あの人ならばいくらでももっと残酷に、もっと残虐に使えたであろうそれを無為に消費させることができた。これは大きい」


「そーだな。模擬戦で『やり直し』はお師匠ならまずしない。これから何をするにもまだ使っていない手札を切ってくるだろうぜ」


「……だけどそれって、何してくるかわからないってことだよね? だったら見えてる手札より余計怖くない?」


 そうとも言える。ノヴァもアーデラも、ミルコットの素朴ながらに的を射た発言に大きく頷く。後ろ向きに考えるなら魔力領域の解除は必ずしも喜べる事態ではない。ただし戦局の分析や予測には、要所において悲観と楽観。そのどちらもが不可欠であるからして──。


「なんにしたって私たちは対応者だ。やることは変わらない……師匠からどんなものが飛び出してこようとそれを掻い潜って次こそ確殺の一撃を入れる。それだけだろう?」


「違いねえな」


「できれば一殺ワンダウンは私の拳で取りたいなー」


 気負いなく、だが最大限の意気込みで。三弟子は再び揃い立ち師匠と相対。──そして最後の激突が起こった。ノヴァが駆け、ミルコットが殴り、アーデラが撃つ。密なる猛攻に常に晒されながら、虚孔よりも真っ黒な少女はその顔に消えない笑みを浮かべていた。



◇◇◇



「十一分か。ま、上出来だろう。アクセルを踏み込んだ俺にこれだけ時間を使わせたんだからな。合格判定をあげようじゃないか」


 死屍累々。息も絶え絶えに倒れ伏す三人を見下ろしながらイデアは満足気にそう言ったが。


「──って、なんだかあんまり嬉しそうじゃあないな?」


 何か言いたげにこちらを見つめる弟子たちの視線へ不思議そうに首を傾げる。そんな彼女に、まだ呼吸も整わないながらにノヴァは声を上げることを我慢できなかった。


「はあ、はあ……このザマで合格と言われたって、そりゃあ喜べるわけねーだろ……」


「む。何を言うんだ、魔力鎧を着込ませた俺の分身三十体。それをたった三人で蹴散らしたんだぞ。もっと誇ってもいいことだ」


「そのためにリソースを吐き過ぎて、その後あなたに私たちのほうが蹴散らされてしまったわけですがね……」


「もーだめ、ミルくたくた……しばらく何もできない」


「存分に休むといいさ。だけど動けるようになったらここの掃除と整備を頼むよ。三人でやればあっという間だろう」


「お、鬼かあんたは」


 足腰を立たせなくしておいて即労働を言い付けるとは何事なのか。というノヴァの恨めしい目付きに、イデアはくすりと微笑んだ。


「連れ戻したとはいえ俺の下へ帰ってきたからにはうちのことも手伝ってもらうぞ。有事までお前たちは暇なんだから、これくらいの雑用はやりなさい」


 有無を言わさぬ師としての言葉に、三人は黙って頷くことしかできなかった。



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