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192.忠実で愚直

 領域の解除。それがノヴァの出した答えだった。たった今魔の手・・・から自身を救った防護服を脱ぎ去った弟子に、イデアが少し意外そうにする。それに対してノヴァは笑って答えた。


「これが俺の『正解』だ。リスクが増えようが攻めてなんぼってもんだろ? そもそもあんたを相手にしてる時点でそれ以上のリスクなんざねーんだからな!」


 被弾による即戦闘不能の危険性は高まった。だがそんなことに怯えて縮こまった戦い方しかできないような者に彼女の前に立つ資格などない。優先すべきは身の安全よりもイデアへ攻撃を当てること。そこを履き違えては勝機は遠のく一方となる──そう結論し簡易領域を捨てた弟弟子の決断に、姉弟子が頷いた。


「良い啖呵だね。援護に回らせてもらおう」


 独自魔法【マジックハンド】の再展開。一直線にイデアを狙うのではなく、その周囲を取り囲むように十五本が散らばって少女の背後と左右の空間を埋め尽くす。捕まえるというより逃げ場をなくすための配置。そしてそこに、簡易領域越しに頭に巻き付いていたローブをようやく引き裂いて視界を取り戻したミルコットも参加。逡巡を介したノヴァと違ってやはり彼女は一切の考える間を設けずに飛び入り、末弟と魔力腕に取り囲まれたイデアに唯一残された逃走経路である上方を自らが陣取ることで塞いだ。


「ふむ……」


「『増殖』!」


 あからさまに再び地中へ潜ることを誘われている。乗ってみるのも一興ではあるが、しかし今の三弟子を前に同じ手法を繰り返すのはさすがに軽視と軽率が過ぎるというもの。さてどうしたものか、と迷いつつ頭の上で巨大化したミルコットの腕に目をやったイデアの、微かな気の弛み。自分へのマークが若干なりとも薄まったのをノヴァは鋭敏に感じ取った。


「っはぁ!」


「……ッ!!」


 転移もかくやという速さで距離を詰め、イデアの顎を力いっぱい蹴り上げる。衝撃を受けた顎下部と首の骨が上げる悲鳴を耳にしながら打ち上げられたイデアに、今度は巨拳が押し付けられた。メギッ、と体の前面を圧倒的な質量とそれに負けないだけの腕力によってひしゃげさせられた彼女の肉体が墜落──その途上、待ち構えていた十五本の魔力腕に掴まれありとあらゆる部位を握り潰され折り畳まれた。


 鮮血が舞う。三弟子のコンビネーション攻撃を一身に受けたイデアの身は文字通りに粉々となった。肉も骨も皮も臓物も一緒くたに混ぜ合わされ、流れ出る血液はまるで果物から絞り取られた果汁のようである。──イデアの死は凄惨であればあるほどにいい。対戦者たる自分たちにとっては間違いなくそうだ。師と仰ぐ人物のスプラッタな光景にもごく冷静にそう思考するアーデラは、されどもこの戦果に固執することなくまた次の一手に思いを巡らせ、イデアがどこで復活するかを見極めようとし。


 そこで違和感を覚えた。


 苦悶の声を上げる間もなくぐしゃぐしゃになった師匠の矮躯。そこから溢れ出る血の量が、あまりにも多すぎやしないか──?


「防御態勢! ッづぅ、」


 死した師の真下、地面にできている血溜まり。先の気体化を連想してこの直後に何が起こるかを察したアーデラの叫びは、しかし僅かに遅かった。着地したミルコットも、アーデラと同じく復活点をいち早く発見しようと努めていたノヴァも、その必死な声に従って咄嗟に身構えはしたものの──三方向へ噴射された血。高圧のかかったそれが生む勢いは凄まじく、あっさりと血のレーザーによって防御ごと胴体部を貫かれてしまった。


 がふっ、と口から血を吐き出す三弟子。領域を解いたノヴァは勿論のこと、維持に拙いミルコットもあっさりと貫通を許してしまった。領域の出来が良く、また障壁の展開にも成功していたアーデラだけは少しばかり肉体に食い込んだ程度でレーザーの進行を止めることができていたが。だがこの傷は可能な限り早急に治す必要がある、と三人が共にそれを理解していた。


「ほお」


 と、自身の回復を急ぐ弟子たちの中心にて。折り畳まれている最中に実行した液体化を解除し、悠々と肉体を取り戻したイデアが感心したように言った。


「治癒魔法か。他者を癒すのと比べれば難度はそうでもない・・・・・・自己治癒とはいえ、その速度で治せるのは素晴らしいな。いくらでも肉体を補填できるミルコットはともかく、見たところアーデラもノヴァも魔女と遜色ないレベルだぞ。賢者で言えばそれができるのはおそらく治癒に特化しているというミモザくらいかな」


 上々の機嫌でイデアは、年齢の上から順に完治した姉弟たちを見やる。単に治っただけではない、というのが彼女にとって最大のポイントだった。


「体内に残した俺の血も見事に排出できている。布石を見破られてしまったのもそれに対処されてしまったのも予想外ではあるが……だけどこれは嬉しい予想外。思った以上に息も合っていることだし、なんとも喜ばしいことだ。いいぞ、三人とも。その調子で俺の想定なんぞどんどん飛び越していってくれ」


 どろり、とイデアの右腕がとろける。汚泥のような──否、それ以上の重みと粘性で揺蕩う液体の表面にゾクリとした三弟子。彼らが何かしらの対策を打つよりも先にイデアは蠕動する自らの腕を振るった。


「常態変化──魔力鞭」


 水銀以上の密度と重量を持った鞭が高速で閃く。それを予見していたアーデラは重力魔法で打点を逸らし、ノヴァは攻撃以上の速度でその場から退いて避け、ミルコットは『増殖』をかけた両腕で受け止めた。鋭い音を立てて当たった鞭が領域の上から腕の肉を剥がしたが、傷に怯むことなく彼女は前進することを選ぶ。複雑に軌道を変えながら、速度を増しながら何度も振るわれる魔力鞭。綺麗な回転ではないからこそ予測し辛く対処に難しいその連撃に姉と弟が守りに釘付けになる中で、唯一ミルコットだけは被弾しながらも少しずつ師匠との距離を縮めていった。


「ウッ、ぐ、ぅううううっ……!」


 痛みを感じていない──のではない。増加した部位とて肉体の一部だ、削られて痛くないわけがない。特に鞭による打撃とは痛みを与えることに特化したもの。領域によっていくらか和らげられているとはいえ当たる度に彼女の体がこそげ落ちているのも事実。とても平気でいられなどしない……ミルコットは苦痛を必死に耐えているだけだ。削られた傍から『増殖』で増やし、治す。奇しくも再生能力を防御力に転換する己が師とよく似たやり方で、彼女は根性だけで魔力鞭の台風の中を前へ前へと進む。進んでいける。


 全てはそう、少しでもイデアに認められたい、褒めてもらいたいがため。ただそれだけの欲にどこまでも忠実で愚直になれるのがこのミルコットという少女だった。


「──圧縮『増殖』!」


「!」


 距離が残り僅かとなったところで、イデアが一際に強く自分へ向けて鞭を振り被ろうとしたのを受けて。天啓にも似た戦闘勘で今が攻め時と解したミルコットは、そこで一気に師へと肉迫。懐に入られれば鞭は無力。そんな理屈が彼女の中にあったかはともかく、一瞬の間。攻撃を封じられたイデアに生じた無防備に、ミルコットは全身全霊を叩き込まんとする。


 巨大化させない巨大化。大きさはそのままに質量だけを『増殖』させる必殺技──一個の呪文しか唱えられない彼女の最大火力は、『至宝の魔女』にも通用した確かな実績のある一撃。それが再改造によってどれだけの高みに達しているかは術者たるミルコットにもまったく想像のつかない未知であった。その証明を、師匠にしてもらう。師匠に測ってもらうのだ。それは今の自分の全てを曝け出す拳。


「あぁあああああああぁっッ!!!」


 鞭が収縮し、ひとつの塊へと変化。固形化したそれが盾となって拳を塞き止めたが、ミルコットはそんなことに構わなかった。何に止められようと関係ない。押し込む。突き破る。殴り抜く。その気迫が形になったように、拳に負けず劣らずこちらも超質量であったはずの盾を粉砕。その奥にあるイデアの玉体……ミルコットにとってはまさしく世界で一番大切なものである彼女へと届き、そして打ち砕いた。


「ッア……!!」


 声にならない声を上げて、打たれた胸部だけでなく全身の至るところから血を撒き散らしながら吹っ飛ぶイデア。やがて地面を抉りながらなんとか止まったその身体は、見るも無残な有り様となっていた。一目見ただけでわかるほどに無事な箇所などひとつもなく、またその中身も外見以上にズタボロであることは疑いようもない。たった一人で師匠から一殺ワンダウンを取った。この成果にノヴァとアーデラは口角を上げる。


「ひゅう! さっすがミル姉だ、どんなに魔力があったってありゃ俺には真似できねえ」


「大したものだ。一辺倒は好ましくないが、それでもやはり攻めの主軸にはミルコットを据えるべきか……」


「ふうっ、ふうっ……」


 拳を振り抜いた体勢のまま息を整え傷を埋めていくミルコット。万感の手応えとそれ以上の喜びをその手にしながらも、彼女は決して倒れ伏すイデアから目を逸らそうとはしなかった。


「あいたたた……やるね、ミルコット」


 カラスに食い散らかされたゴミ袋。と見間違えられてもおかしくない姿のままに、千切れかけの手足を繋ぎ直しながら少女が起き上がる。飛び出した血も肉片も元の位置に収まりピカピカの状態になったイデアは、並び立って陣形を作る三人を見据えて──。


「──『完孔』開門」


 性能試験の最終段階へ移行することを決めた。



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