177.交配実験
「クラエルは魔女を拾い集めながら、同時に被支配支配者。人間の中での統治者に相応しい人材を収集しました。それはつまり才ある人間。クラエルの望む通りに魔法体系を作り完成させるに至る、その可能性を持った者たちだけで構成された村落──ステイラクルシュ。才者同士で学び合い、子供を設ける。より深くより強く才能を濃くしていくこと、それを目的とした交配実験場の、オレクテムは第一世代にして創設の協力者でもあるのです」
「ふむ、交配実験場。作られた才能を産む村の出身か」
駿馬をかけ合わせてサラブレッドを作らせる、というわけだね。現代社会を形作る第一歩となった『始まりの村』とは思いのほか道徳的ではない構造にあったようだ。オレクテムもまたそこに集められた最初の世代の人間だったと。
「少なくともクラエルとのファーストコンタクトはその時期になります。聞くに彼が自我──のようなものに目覚めたのはクラエルが生まれるよりも前のこと。あたかも協力的で優秀な人間を演じてわざとクラエルの目に留まったオレクテムは、まんまと召し抱えられることに成功した……ということなのでしょうね。そうと知らずクラエルは彼を始まりの村の礎に選んだ。より正しくは、彼という飛び抜けた人間を知ったことでそれを発想した、と言うべきですが」
「オレクテム並みに優秀で従順な人間を、各地の支配者とする計画だね」
要は中間管理職。『魔女会談』と人間社会との間に組み込まれた伝達器具のようなものだ。その軋轢に耐えられるよく出来たパイプ、あるいはクッションとしての性能を期待されて、人工的な手法で増やされた支配者たちはやがて各地へと散らばり、やがてあちこちに『ステイラ』の名を残すこととなった。魔女が規律である現大陸のまさに基礎となったのが始まりの村の住人たちであるわけだ。
「その第一世代だというならオレクテムにも子はいるのかな? あくまで体のほうの子供ってことになるが」
「いいえ、クラエルはそれを促したようですがオレクテムは拒否した。家族を持つ気はなく、自分は全てを会談に捧ぐと。そのように宣言したのです。破格の才能を持ち、人としては恐ろしく長命である彼のこと、会談員として共に過ごすうちに彼の選択は正しかったのだろうと私もクラエルも思うようになりましたが──その本性を知った今、そこには別の意も見えてきますね」
「会談への協力と茶々入れを当座の目的としていたようだからね。父親となって我が子、その子孫まで管理するのはただの手間だと考えたかもしれないし、もしくは矜持か何かで人間的な行為を忌避したのかもしれない。宿主を乗っ取った時点で繁殖機能が肉体からオミットされた可能性もあるね。神の補助具であり殺されなければ死にもしない彼は、俺同様に交配の必要性がないから」
「勿論それも充分に考えられます」
特に何を思う様子もなく肯定するルナリス。色濃く俺の影響を受けて誕生した魔女もまた交尾と繁殖を必要としない不老長寿の存在である。故に理解が及ぶのだ、生み増やさねばならない生物のなんと未完成なことか──生と死の循環から外れた者は誰しもが最初、その輪に囚われているものを自覚なく見下す傾向にある。俺の姉妹も、そして俺になり立ての俺自身もそうだった。
何せ四姉妹を創造するにあたってオルトーの着想の根幹は天使である。彼がどこまで具体性をもって創ったかは定かではないが、姉妹共にほど若い容姿なのもこれが理由だろう。つまりは処女性と少女性。本来は未完成の美であるはずの幼い少女がそこで完成となり、完全となる。それを穢れることなき永遠の象徴として俺たちにインプットしたのだ。創造神に仕える永久に清らかな守護天使──なんて、元よりそんなものが俺に務まるはずもなかったのは今更取り立てるまでもないことだろうが。
「ちょっと、人間みたいな増え方をしてないっていうならオレクテムはどうやって仲間を増やすってのよ。私たち魔女以上に妙ちきりんな男なんだからそう簡単に賛同者なんて得られっこないでしょう。だったら『親族』ってのはどこから湧いた存在なわけ?」
「そうだな……その点に関してまず俺なりの考えを言わせてもらうけれど」
ティアラの問いかけに対して残念ながらまだ明確な答えは返してやれないが。だけどこの時点でもある程度の推測なら立っている。
「さっきも言ったように、本体と分体。オレクテムには『子機』を増やす能力があるんじゃないかと思う。奴の元々の役割は実存世界の生物としてその変遷を記録して保管すること。そのために神に人の身へと埋め込まれ、宿主となった人間はそうと知らずに子を作るのを使命として生きる。そういう仕組みだったんだろうが、だけど記録装置が一個だけというのは如何にも頼りないと思わないか?」
オルトー自身が熱心にイグジスを覗き込んでいた時期はそれでもよかったんだろうが、それができなくなったとき。つまりなんらかの理由で彼の目がイグジスへ向かなくなったときにオレクテムは『覚醒』するようになっていたんだろう。本来の想定とは違ったのだろうが、俺がオルトーを殺したその日が結果としてオレクテムの生誕日となった。神の目の届かなくなった世界を隅々まで観察する、より活動的な記録装置として。
「初めはオレクテムと同様、種から目覚めた補助具が他にいくつもいるんじゃないかとも考えたが……十中八九そうではないと結論した。神謹製の補助具は彼一人で、彼の言う『親族』は彼自身が選んだ人間を子機へと変えた存在を指すのだと思う」
「どうしてそう言い切れる? 子機よりもそちらの想定のほうが『あり得そう』に私には思える」
「だろうねディータ。これは俺だからわかることで、俺にしかわからないことだ。外見も口調も態度も何もかも。まるで似ていないのに、でも似ていたんだ。あれは超越者としての雰囲気なんだろうな──自分と『同格』などいないと確信し、増長している。そこだけがオルトーにそっくりなんだ、オレクテムは。俺みたいに姉妹でもいれば絶対にああはならないからね」
「だからオレクテムの親族に、彼と対等の者はいないと?」
「うん。俺はそう確信しているよ」
まあ、裏を返せば。オレクテムが存じていないだけで、オルトーの仕込みが他にも残されている可能性も考えられはするのだが。しかしそれはここで言及しても詮無いことだな。
「言ってる意味が私には正直よくわからないけど、あんたがそこまで自信を持ってるならそういうことにしておいていいわ。だけど結局のところ、そいつらがどれだけの数いて、どんなことをしようとしているのか。そこが一番の問題よね。あんたにはそれも見当が付いているのかしら?」
「いや、生憎とそちらはさっぱりだ。仲間を得ている理由は会談のような統治機構を自らも持つためだとは思うんだけど……具体的にそれがどんな組織か、その組織の支配する世界がどういったものになるかはさすがに想像もつかない。オレクテムの言う『自分に相応しい世界』っていうのが俺にはちっともわからないからさ。きっとそれはあいつにしか見えていないんだろうけど、それはともかく──」
オレクテムがどこへ還幸したがっているのかまったく不明ではあるけれど。彼の作る世界が如何なるものであるにせよ、そこに魔女の居場所はないし、人の居場所があるかも不明で、そして何より俺の居場所がばっちり用意されていることがゾッとしない。
かつての神のように、従者として俺を侍らせたいとオレクテムは言った。それも強制するのではなく俺自身がそう望み彼に跪くのが理想であると。そして未来永劫に主従の関係を築くのだと──ふざけるなとしか言いようがない。
支配されること、不自由を強要されること。俺が最も嫌うのが何かを理解しておきながら、それでもあいつはそんなことを宣った。まさしく宣戦布告、俺への挑戦状……いや、奴が真に挑んでいるのは生みの親たるオルトーか。父にできなかった俺の支配。それを為すことで父超えの証明にせんとしている彼が本当に欲しいのは俺でもなければ世界でもない。
失った存在意義の再構築。稼働前に仕える主を亡くし宙ぶらりんとなった己自身への慰めを、空いた穴を埋めることをオレクテムは望んでいるのだろう。実に人間臭い動機で、人間には決してなし得ないことをしようとしている。いっそ清々しいほどに全てにおいて矛盾だらけの補助具──あれもまたバグと言えばバグのようなもの、なのかね。だとすればそれは俺という原初のバグが引き起こした二次災害にも等しいのかもしれない。
そこに特段の責任なんて感じやないが。だがそれを背負おうが背負うまいが事は始まってしまっているし、俺自身もはや逃れられない渦中に引きずり込まれてもいる……いやそれを言うなら俺こそがこの渦の発端ということになるのだが、なんにせよだ。
「オレクテムを止める。これだけは絶対としたい。そのためにも『仕度』が終わるまでのんびりと待つようなことはしたくない──こちらからも仕掛ける。そこでルナリスに教えてほしいんだが」
「なんでしょう?」
「始まりの村ステイラクルシュ。の、現在はどうなっているんだ?」
「……! なるほど、そういうことですか」
その質問の本意を、ルナリスは正しく把握してくれたようだった。




