174.原動力
「俺への興味か……そっか。よくわかったよ」
アーデラの原動力はあくまでも『俺を超えること』なのだな。それは黒い森で共に過ごしていた頃から少しも変わらない、彼女の人よりも大きめな自尊心がもたらす確固たる動機である。俺以上に優れた魔法使いになりたい、という欲。それと隠遁者である俺を世界の支配者の一員へ祭り上げんとする行為とがあまりにズレているように思えてこれまでは疑問で仕方なかったのだが──気付いた。このふたつは必ずしも矛盾するものではない。
越え難き壁。優秀極まりない自分が越えられないとすればそれは世界一高い壁であるはずだ。あらねばならないのだ、と。そりゃあアーデラならばこういったメンタリティにもなろうな。俺を下に置きたいがその難度は高ければ高いほどいい……ただしハードルはひとつだけで充分。越えられない壁が他に六つもあったのでは堪らない、我慢がならない。そんなものは消し去ってしまわねばならない。つまり彼女が言っているのはそういうことなのだろう。
会談を破滅ないしは失墜させ、そして俺個人を会談の位地に。こうなれば名実共にアーデラよりも上は、師匠たる俺しか存在しないことになる──。
「親としても師匠としても。お前にとって高いハードルでありたいとは俺も願うところだけれど……もっと言うなら実際、もう百年ばかし研鑽を積めば、お前も魔女の一員となって俺と横並びの地位にいた可能性は大いにあると思うけれど」
水面下でオレクテムの野望が蠢いていなければ、会談入りしたアーデラももっと長く雌伏の時を過ごし、本当にそうなっていたかもしれない。そうしてなんらかの理由で俺と会談の衝突が起こった場合には、クラエルやフォビイと一緒になってアーデラも俺と敵対していたのかもしれない……悲願の師匠超えを果たすべく、魔女の一人として挑んできていた未来も、あったのかもしれない。
それはそれで非常に面白そうだ──が、そうはならなかったのが現在であるからして。
「ただお前としては残念だろうけど、会談は存続かな」
「仕方ありませんね。オレクテムの展望が想定以上に壮大でくだらない。あなたでも処理に困るあの男と対するためには会談の力を捨て置くことはできない。そうでしょう?」
「そうだな。俺は元より積極的に会談を潰しにかかるつもりもなかったけれど……ふふ、色々と惜しかったねアーデラ」
アビスは封印され、それをしたクラエルとフォビイは責任能力を失いオレクテムの人形と化している。会談の主要たる七魔女のうち三人が欠けた状態である。その中に責任者が含まれている以上、現状の会談は既に半壊していると言っても差し支えないだろう。ここで更にもうひと押し何かがあれば、正真正銘の壊滅を果たしてしまうのだろうが。オレクテムは引いたしアーデラの手綱は俺が握る。そしてもちろん、俺だってこれ以上会談に弓引くことなどしない。もはやそれどころではないからね。
こうなると必定、残った魔女たちの安全は──少なくともオレクテムが動き出すまでのしばらくの間──保証されているも同然ということになる。
「致命まであと一歩だったのですがね。しかし、あなたが思い通りに動いてくれるなどとは微塵も思っていませんでしたし、その無制御がかえって良い方向に働いてくれたのも事実。幸運に助けられてなお『魔女会談』は健在であろうとしている……充分に次の責任者となり得るルナリス様も残っておいでですしね。これでは『惜しい』などとはとても評せない」
「確かにそうだ。偶然に依るところが大きいんだから成功でも失敗でもなんとも言えないか」
思い返してみれば事の発端も。セリアの訪問から俺が国務に携わるまでの流れだって、エイドス魔法を使えるモロウがアーデラの網にかかったからこその誘導ではあっても、結局のところ要所要所は偶然ばかりだ。
まあもしもこれが不発に終われば他にも手を次々と打ってきたのだろうし、ともすれば始まりはセリアより前だった可能性もある。まさしくそちらは不発だったというだけで。小さな魔法学校ともコネクションを持ち、フラン君という特大の才能持ちを目敏く発見することもできていたアーデラのこと、使えるものはなんでも使って何がなんでも俺と会談を接触させていたとは思うが──こうしてその結末は上出来とも不出来とも言い難い微妙なところに落ち着いてしまったわけだ。
「ただ結果としては良かったんじゃないか? 俺っていうハードルと同列扱いが気に食わないと言っても、現時点で魔女の誰しもがお前にとっての壁であることに変わりはないんだ。それをまとめて取り除くなんて勿体ないじゃないか」
「ふむ。勿体ない、ですか。師匠の好きな言葉ですね」
「むしろ嫌いなんだよ、勿体ないことをするのが」
「大切なものはとことん大切にしますからね、あなたは。……しかし意外ですね」
「うん?」
「師匠が一番大切になさっているのは『自分自身』。御自分の矜持や教義でしょう。それに泥を被せたオレクテムを逃してしまった挙句、いずれ被支配の身に落とすとまで宣われた。これだけの屈辱を受けていながら、存外に淡々としてらっしゃるのが私にはとても驚きでしてね」
「もっと荒れるとでも?」
「思ってましたねえ。あなたが戦われている最中にわくわくしていたんですよ。ややもすれば師匠の可愛らしいところが初めて見られるのではないかと」
「相も変わらず趣味の悪いやつだ」
こういうところも変わりない。いやむしろ、修行時代より露骨になっている気もする。ミルコットやノヴァではまったく考えられない不義の態度こそがアーデラ最大の特徴であり好ましい部分でもある──生まれ持った資質と同じくらいにこの挑発的な鼻っ柱の強さも彼女の魔法的技量に深くかかわっているとも思う──ので、大事にしてやりたいではあるのだが。
「だけどまあ、『全て上手くいって当然だ』という。持っている側の物言いだな、それは。才能に裏打ちされた気高い傲慢さだ」
「どういうことです?」
「俺はお前みたいに要領が良くないからね。何をするにもコツコツと積み重ねてきた、元々泥臭い努力型の人間さ。上手くいかないことなんて過去に山ほどあったし、大抵のことは初見では必ずと言っていいほど失敗する。他人に泥をかけられる事態なんて慣れっこさ、それで傷付く潔癖さは最初から持ち合わせていないよ」
「ほお……言われてみれば幼少の折、あなたが思いがけないところで悪戦苦闘していた記憶もあるにはありますね。ですがミスは最初だけ、すぐにもどんなことにも対応できてしまう──では、今回もそのように?」
「ああ、これまでと同じだ。大きな厄介事を前にはまずひとつひとつ。片付けられるものから片付けていくのが鉄則だからね……そのために天空議場へ戻ろう。ルナリスたちがきっとクラエルか、あるいは俺の帰還を待っているはずだ」
言いながら手を差し出せば、すぐにアーデラも手を出して重ねてきた。それれ久しぶりとは思えない自然な所作だった。
「交渉が成立するにしろ決裂するにしろ、どちらかは円卓の間に戻ってくると当然に予想しますよね。ふふ、まさか送り出したクラエル様とフォビイ様がオレクテムの餌食になっているなどとは夢にも思わないでしょう──何せ魔力探知で遠方の状況を探れるのはオレクテムだけですから。魔女様方が何も知らずに円卓に座したままかと思うと少し笑えますね」
「だから状況を伝えて、しっかりと理解してもらわないとな。そして協力してもらう」
「会談からしてもあの男を放ってはおけないでしょうから、呉越同舟にそう難儀することはないでしょうが……しかしどうやって戻るおつもりで? ノヴァとやったように仲良く手を繋いで飛んで行きでもしますか? 私はそれでも構いませんが、流石にこの西方の果てから中央の中心地までは些か遠すぎるのでは」
……なんでノヴァとそうしたのをアーデラが知っているんだろう。いくら東方中に網を張っていると言っても異常な情報収集力ではなかろうか? と思ったが別に訊ねるほどのことでもないのでスルーしておく。なんにせよ抜け目がないのは悪いことではないしね。
「さっき円卓には俺の魔力が記録された。それはつまり俺にとっても円卓が目印になったってことだよ。仕込む手間が省けてラッキーだった……と言っても今となってはあの場でそこまで警戒していたのが馬鹿らしくも感じるが」
「然もありなん──しかし未来を知るなどそれこそ神の御業ですよ」
「いや、俺の知る限りだと神でもそれはできなかったよ。紛い物の神だけどね」
オルトーの遺物が消えた空へ視線をやって、何もないそこを少しの間見つめてから。俺はアーデラと共に跳んだ。
◇◇◇
「お帰りオレクテムー……わはっ、お疲れじゃん! けっこうやられた感じ?」
「手酷く削られたね。しかしあの規模の攻撃でも核が守られると知れたのは運がいい。自分では性能限界を試すこともできないからね」
「どーでもいいけどさぁ、やっぱ一人で行ったのは無謀だったんじゃない? どんなに強いったって実戦はほとんど未経験じゃん? 数を頼りにしていこうぜー」
「駆け付けられる距離に待機していたら確実に見つかっていたと思うよ。そうなると離脱も難しい、この子の裂け目の恩恵に与れるのは会談のメンバーだけなのだから」
「あー、自己認知を歪めているだけだからなんでも言うことを聞かせられるってわけでもないわけね。便利だけど不便だねー、その術」
「そこが面白いところさ。魔法は万能ではない。ただ使い方次第で限りなくそれに近づけることはできる──そして私は万能を超越し、全知全能となる」
「いよっ、我らがオレクテム! 応援してるよー」
「……どうにも気が抜けるね、君と話すのは」
「それが持ち味ですから。さ、片方持つよ」
「悪いね、それじゃあこっちを頼む。くれぐれも丁重に扱ってくれよ」
「はいはいりょーかい。資源は無駄にはしないよ──いずれ頂くイデアに、こんなことで嫌われたくないもんね」
「ふ──それじゃあ帰ろうか。愛しき同胞たちの下へ」




