171.お手上げ
「プロテクトだよ。君たちのような不死不変の肉体でこそないが私にもまたオルトーの保護が──『加護』がかかっているのだ。壊れ切ってしまわないように。それは作品として生まれた君たちへの明確な『愛』と違って単なる活動保証でしかないが、大変にありがたいことだ。おかげでこうして、ちょっとした失敗をしても即座に命取りとはならないのだからね。ふふ、あれだけ濃厚な死の影が見えたのは目覚めて以降初めてのことだよ」
はらりはらりと、クラエルたちを縛る魔力茨がその身から剥がれ落ちていく。俺がそうさせているわけではない、オレクテムによる解術だ。……攻撃魔法で攻撃魔法を打ち消す場合、そこで比べられるのは威力のみ。系統や属性によって若干の有利不利はあれどそう難しいことではない。だが一部の魔法使いが使う無名呪文や、魔女たちの他に類を見ない独自魔法。これらの単純な攻撃魔法に分類されない特殊な魔法となると相殺ないしは解除の難度が跳ね上がる。魔法を見る目や干渉力を熱心に鍛えてきた俺でようやく、といったところなので世の一般的な魔法使いに同じことをやれと言っても酷であろう。
高学年生の講義に詠唱・反唱というものがあったので界隈においてもそこにノータッチというわけでもないだろうが、しかし余程に精通していない限り──最低でもステイラバートの教師になれる程度の腕前がなければ──まずもってごくごく簡素な呪文くらいしか打ち消せない。メギスティンで見てきた現代魔法使いの水準とはそういったものだったはずだ。
俺の魔力茨が中でも一等に解除の難しい代物であることは言うまでもない。オレクテムのそれとは違って別段、他者からの干渉を弾くことに注力して作った魔法でこそないものの。しかし術の対象者はもちろん、第三者であってもそうおいそれとは手出しもできなければましてや取り払うことなどできやしない──ぐらいの魔法的強度はある、つもりだったのだがな。完全に根こそぎから除かれてしまったのを見るに、このオレクテムを相手にあまりそういった自慢はできそうにないか。
魔力の出力、操作力、干渉力。どれも申し分なし。死に辛く、他者に容赦なく、そして一人ではない。神の補助具から解脱した神に成り代わらんとする者……考えるほどに厄介な奴である。
「だが死ににくいというだけで死なないわけじゃない、のなら。俺にとっては朗報なのかな。虚孔から慌てて逃げたのもそのせいだろう? どこまでやられたら自分が死んでしまうかお前自身にもわからないからだ」
「慧眼だねイデア、まさにその通り。あれだけの魔力の塊で粉々にされて生き永らえられる保証はどこにもない──何せ種として埋まっているだけの期間に宿主の死は何度となく体験してきてはいても、私として活動を始めてからは一度として命を落としたことなどないのだから。つまりまだ本当の意味での死を味わったことがないわけだ……生物として当たり前のことではあるけどね」
「よかったよオレクテム。お前が殺せばちゃんと死ぬ奴で」
とはいえ。死ににくいながらに油断なく、なるべく被弾を避けようとするオレクテムを追い込み殺し切るには相当に苦労しそうだ。加速砲も魔力レーザーも避けられ防がれ、虚孔は封殺され、ようやく命中した太陽レーザーでもダメージは確認できたが致命傷には遠かった。となると仕留めるのを目標とするならあのレベルの攻撃を二、三回連続で食らわせねばならないということになるわけで。……できるのか? そんなこと。
一点の破壊という観念からすれば加速砲に劣りはするけれど、しかし総合的な破壊力で言えば太陽レーザーはそれ以上であった。思い付きの産物とは我ながら思えない凶悪なマップ兵器。あんなものを続け様にヒットさせる絵面というのはなかなかに想像し辛いものがある……というか何かしら改良しないことには先に環境のほうが死んでしまうことは間違いない。ともかく満足に殺害レベルの傷を与えられそう──かつ周辺被害を抑えられそう──なのが加速砲くらいしかないので、魔素の影響を恐れながらも仕方なく再度射出の準備を整えよう、としたところでオレクテムから「待った」がかかった。
「駄目だな。やはり勿体ないよイデア」
「勿体ない……?」
「ああ。私は『前哨戦』だと言った。その意味はわかるね?」
「誘いに乗りはしたけれど。ここで決着をつける気はない、ってことだろう?」
「まさしく。私はこれより神となるための仕度期間に入る──色々とクリアしなければならない手順があってね。イデア、君には是非とも完璧となった私を見てほしい。神に相応しき私に敗北し、屈服し、そして私をオルトーを超えた存在として認めてほしい。そのときようやく! 補助具としての意義を失くした私に次なる生が宿る。君こそがその証人となるのだよ、イデア」
「なるほど」
これは逃がすと面倒なことになる匂いがプンプンするな。俺は咄嗟に、至宝領域を乗っ取った際に得た着想を再利用して自らの分体を生成。元手となるティアラの宝玉がないので中身はあのときよりもスカスカではあるが、それでも爆破機能は搭載されている。別に爆破に拘る意味もないがそのほうがイメージしやすかったのでね──とにかく無数の偽俺で手早くオレクテムを取り囲んだ。
これは圧をかけると同時に視覚共有によって少しでも奴の動きを見逃さないようにするための措置でもある。もちろん注視の対象には魔法的挙動も含まれる。が、しかし。
「ははは、物理的に隙間を埋めてきたか。茨の拘束でクラエルがダウンしていることに賭けたかい? だが残念、精神干渉の重ね掛けで呆然自失に見えてもあくまで彼女は私の支配下。裂け目はいつだって機能するとも」
「ちっ」
一瞬で包囲の外に移ったオレクテムに思わず舌を打つ。全方位からしかと観察していたが、やはりそこにはなんの動作も見出せなかった。完全に無挙動。指の一本から魔力の一滴まで、オレクテム自身は少しも動くことなく裂け目が使用された。つまりまったくのノータイム・ノーモーションで命令の伝達と実行が行われていることになる。ここまでシームレスに裂け目から出入りできるとなると、なるほど確かに。
逃がさない、というのは少々難しそうだな──。
「おお、手に取るように君の思考がわかるよイデア。逃走を許してしまうのならせめて居場所を知れるようにしておきたい。そのためにどうすればいいか、と考えているのだろう? どうやって私もしくはこの子らに発信機を取り付けたものかと頭を悩ませている」
「……!」
「残念、その手には乗らないさ。なんのためにこうも念入りに魔力茨を外したと思っているんだい? 気付いていたとも、これを残したままではこの実存世界のどこへ逃げようと君から逃れられないことくらい。同じく他のどんな目印を付けられても私はそれを解除する。君の追跡は絶対に敵わない、とここで宣言しておこう。そんな真似を許すほど蒙昧だとは思わないでくれ」
ふむ……お手上げだな、これは。茨の仕込みも看破されていたのなら何をやっても通用しそうにない。それとなく目印を付ける手段をいくつか考えてみたものの、こうも警戒されていてはそのどれであっても上手くいくはずがない。こいつでなければまだやりようもあっただろうが、鬱陶しいことにオレクテムはどうもかなりの精度で俺の思考を読めているようだし。こうなるともはや手立てがなく──少なくとも、なんの備えもないことにはこの男を追い詰めるのは不可能だと認めざるを得ない。
「一旦のさよならとしようか、イデア。なに、そう寂しがらずともいいんだよ。またすぐに会えるのだし、そのときに私たちは未来永劫の主従となるのだからね」
「…………、」
耽溺の笑み。整った顔立ちに過剰な色気を漂わせてこちらを見据えるその陶酔具合に嫌気を隠せず、俺はクラエルたちを巻き込むのも厭わずに分体を集合させた。そして爆発。八十八体の偽イデアがオレクテムへと殺到しほぼ同時に全て吹っ飛んだ──が、やはり。手応えは返ってこない。もうもうと立ち込めた煙を魔力風を送って払ってみたが、そこには案の定誰の姿もなかった。オレクテムもクラエルもフォビイも。裂け目に入ってこの地帯から離脱したのだろう……まったく、なんと疲れさせてくれることか。ここまでやって結局まんまと逃れられてしまうとはな。こんなにも他人にやり込められたのはいったいいつぶりだろうか?
「くすくす──見たところ完敗ですか、師匠?」
「いたのかアーデラ」
「ええ、ずっと」
多少なりとも気落ちせずにはいられないところへそれを嗅ぎ付けたように──嗅ぎ付けたのだろう、実際──憎たらしき一番弟子が寄ってきて、これ見よがしに可笑しそうにする。生意気さが留まるところを知らないやつだ。
「いやあ、お楽しみでしたね。最初から最後まで観戦していましたよ。師匠がこちらへ跳んできたのには少々肝を冷やしましたが、流石は私。あなたにもオレクテムにも露見はしなかったようで」
「あーそうだね。互いを見るのに忙しかったからね、ちっとも気付かなかったよ」
「実を言えばこちらの勝敗は早めについていたのですが。しかしクラエル様とフォビイ様が姿を見せたところでこれは大人しく隠れていたほうが楽──もとい、いざという際に備えるに賢明だろうと判断して息を潜めていた次第です」
「本音が隠せてないぞ。お前に限ってはそもそも隠す気なんてないんだろうけどさ」
師匠が大変な目に遭っているときにこいつは……などと言っても、そこで献身的に助けに来られでもしたらそれはそれで気持ちが悪い。そんなのは俺の知るアーデラではないからね。こうやって後から出てきて小馬鹿にしたような態度でいてくれたほうが安心できるというものだ……自分で言っていて、なんとひどい師弟関係もあったものだと思うけれどさ。




