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168.気持ちよく戦える

「ふー……よし」


 うん、わかった。オレクテムはオルトーじゃない。そこが、そこだけが俺にとって鬼門だった。魔法的な意味でもまた魂という神の専門分野においてもそれを確かめられておらず、単なる直感と所感の折り合わせでしかないが。しかし造りの理屈や真実はどうであれ俺の中でひとまずの納得は成った──なら、もういいかな。


「どうかしたかい」


「ん、なんだかいやに肩が凝った気がしてね。いい加減に俺も疲労が溜まっているようだからそろそろ最後の質問だ」


「最後か……」


 もっと問答を続けたい、とでも言いたげに微笑を曇らせるオレクテム。そんな顔をされてもいつまでも付き合ってやるわけにはいかない。物事にはそう、節目があるものだ。奴にも俺にも、それは必ずあって然るべきだろう。


「俺をどうしたい云々は置いておいて、君のもうひとつの目的。『世界の完成』……これだけ聞けば非常にそそられる文言だが。しかしいったい何を指して完成となるのかな」


「還幸だよ、イデア。オルトー亡き世のために私がその任を引き継ぐ──ならば彼に理想郷があったように、私にも私の座す世界があるべきだろう。神には神の居場所があるものだ……が、生憎と今の私にはそれが欠けている。還るべき場所がない。何せこの身は元々神の補助具、世界は私のためのものではないのだから。故に創る・・。かつてオルトーがそうしたように、私は私が支配するに値する理想へと世界を導かねばならないのだ」


「理想の世界か……会談はそのために使うつもりでいたと?」


「繰り返すが善意だよ。会談の支配の行き着く先をじっくりと見守るつもりでいた。仕える魔女なき賢者として方針へ口を挟まず助力にのみ徹していたのはそのためだ。多少、試練のつもりで茶々入れもしたが、それも記憶の後継者としてクラエルを──ふふ、そうだ。私は応援していたのだよ。純なる気持ちでね。笑うかい?」


「別に笑いやしないさ」


 だってどうでもいいし、と内心で付け足す。オレクテムはそれを知ってか知らずか「ありがとう」と心から感じ入ったように胸へ手を当てた。


「君が動き出したことによって……というより、アーデラがそう仕向けたことによって『魔女会談マレフィキウム』の盛衰を見届けるわけにもいかなくなってしまったが。だがそれもまた巡り合わせだ。しばらく事の成り行きに任せたが結局のところ予想に過たず会談の崩壊は決定的に思えた──これもアーデラの思惑通りなのだろう。だからアビスは君に挑んだ。以前から私と話し合いそう決めていた通り、君の封印へと踏み切ったんだ」


「そして負けて、そうなった」


 と、俺がオレクテムの足元に跪く一方のフォビイ、その中に閉じ込められているアビスを指差して言えば。彼は物悲しそうにくすりと笑った。


「寂しいが受け入れよう。アビスには申し訳ないが救ってやることはできない。私がフォビイにそうと命じれば吐き出すことも可能だろうがね」


「そうなのか?」


「取り込んだ対象が生きているならね。その時点での状態が維持される……つまり使い方によっては瀕死の生物の保存にも活かせるのがこのフォビイという子なのだ。面白いだろう?」


「ああ、面白い。五魔女の中で最も興味を引かれるね。その状態のままでもいいから俺にくれないか?」


「ははは、君ならそう言うだろうと思ったよ。だが駄目だ、あげられない。今はね。だってこの子は私の貴重な駒なのだから」


「アビスを取り込んでいるからこそ駒にもなる?」


「その通り。神になるのも楽ではないということさ」


「何をするつもりかは知らないが──俺は欲しいと思ったものを諦めたことがなくてね。前世も含めた生涯ただ一度も、だ」


「……挑戦的だね。戦る気なのかい? その疲れ切った体で、この私と。君にしては不用意なことではないかな」


「クラエルにも告げた通りこの程度なら心地良い気怠さだよ──俺は絶好調さ。お前はどうだ? オレクテム」


「ふ……よろしい。君がそうと望むなら、いずれ君の主人となる者として。多少の遊びにも付き合ってあげようじゃないか」


 パン、とオレクテムが柏手をひとつ。すると俺とアビスの戦闘によって充満していた周囲一帯の魔素がサッと霧散した。文字通りに霧が払われたかの如くにクリアになった空間の中心で、彼は叩いた手を広げて言った。


「お膳立てだ。これで多少なりとも晴れやかだろう」


「吸収の過程を経ずに魔素を操れるのか……」


「私の活動の場はここ実存世界イグジスだ。君が理想領域エイドスでこそその本領を発揮するように、この世界にいる私にとってこれくらい造作もないことだとも」


「尤もだな。四姉妹ドウターズ補助具プログラムス、役割が異なるのだからそれぞれに機能も異なるのは当然の話……だとしてもオレクテム。少し余裕綽々が過ぎないか?」


「喜んでほしいところだね。私は穴を用いず、フォビイがアビスを用いて開く穴はとても綺麗で塞がりやすい。これなら君も気持ちよく戦えるだろう? さあ、前哨戦といこうか」


 ま、確かに。リスクが大幅に軽減されたのは間違いない。ここは彼の思わぬスポーツマンシップ(?)に感謝しておくべきかもな……では、その印として手始めに受け取ってもらうとするか。


「──『完孔』開門」



◇◇◇



 汚泥のような高次魔力が広がり、そこに領域を形成する。空も海も氷ものべつ幕なしに飲み込んだその暗く重く黒いそれにオレクテムが笑みを深めた、次の瞬間。


「魔化魔力加速砲」


「!」


 魔力で出来た鳥が、魔力で出来た鎧を纏い、魔力によって撃ち出される。無限の加速に乗って飛翔したそれは進行の余波だけで天地を割った。大蓋の如き氷地が割断されてせり上がり、それと共に噴き上がった海水はその大半が落ちてこない・・・・・・。両断された天上の雲の群れと混ざり合って散り、そこに一瞬の蜃気楼を発生させる。一射刹那の内に自然環境すら書き換える脅威の一撃──だがそれを成した攻撃手の顔に満足はなかった。


「当たらない、か。避ける余裕を与えたつもりはないんだがな」


 ──どれだけ大規模の被害を巻き起こそうと肝心の獲物に逃れられたのでは意味がない。手応えから撃ち損じを確信し眉をひそめる少女に、そうさせた男から声がかかる。


「いやはや凄まじい出力だね。開幕からこれとは容赦がない……クラエルに裂け目の用意をさせていなければ危ないところだったよ」


「……!」


 イデアの感覚器官を掻い潜る『裂け目』による移動。その動作も時間も必要としない避難によってオレクテムは逃げるのみならず彼女の死角へと渡っていた。背後の頭上から聞こえた声に振り向いたイデアの表情にはハッキリとした警戒の色があった──静かなる精霊魔法。元来の使い手であればともかく、その使い手を利用しているのがオレクテムであるというのは彼女にとっても油断が許されない。実際、今し方オレクテムが言葉ではなく魔法をかけることを選んでいればイデアがそれに対処できたかは非常に怪しいところだ。


「おいおい、そう睨むことはないだろう? これは余裕ではなく慎重を期しているんだ。そうやって領域が君を守っているのだから逸って不意を打ったところで大した成果も上がるまい。ならばじっくりいこうと思ってね」


 ひょい、と傍らのフォビイを放るオレクテム。投げ捨てられた子猫のように力なく落下する彼女はそのままなら氷の上に落ち、打ちどころが悪ければ怪我のひとつもするだろう。イデアの思考は回る。寄越せと言われて拒否した駒をこうも無造作に扱う理由はなんなのか。どんな思惑あれども傍から離したのならこの上ない好機、鹵獲し拘束でもしてしまえばいい。と思う一方で、手出しを誘うわざとらしい罠の匂いを感じたことで逡巡が生じ──虚ろだったフォビイの目が、突如ぎょろりと剥いて自身を捉えた瞬間にイデアは思考を置き去りに領域を前方へと集中させた。


 ゴウッ、と三重かつアビスのそれより更に太さを増した螺旋奔流が密集した始原領域に衝突。吸い上げによる無力化を行いながらイデアは思わず感心してしまう。つい先ほどまで多少操るにもあくせくしていた力を既にこうも使いこなすとは。そこには当然オレクテム主導の操作という手助けも大いに関係しているに違いないが、それで引き出せるだけの中身がフォビイには備わっている。ということは即ち、彼女の──正確にはその能力の──ポテンシャルがそれだけ凄まじいことの証明にもなる。


 やはり欲しい。というよりも。

 これをオレクテムに渡してはいけない──。


「ッ、」


 螺旋奔流を抑え込む上からいくつもの攻撃が降ってきた。それは精霊魔法の雨だ。


 精霊と契約して力を行使するクラエルはその実行においてリソース管理の割り振りを自身・精霊各種の間で自由に設定できる。それ故に彼女はいくつもの属性魔法を最大火力で同時多数的に展開することが可能であった。会談の最高火力を自認するティアラに、一撃の火力では劣りながらも決してクラエルが押し負けることはない、とルナリスが断言する理由がここにある。その気になればクラエルは残る四魔女が合わさった以上の規模で、攻撃ではなく攻勢と呼べるだけのものをたった一人で作り上げられるのだからその力は脅威の一言だ。


「これはなかなか……!」


 オレクテムの指示によってまさしく今、精霊たちを総動員させて最大規模の攻勢に打って出ているクラエルの圧力は凄まじく、フォビイの螺旋奔流と合わせてイデアの『完孔』の処理能力を限界いっぱいまで引き出すことに成功していた。深淵領域内でのアビスがたった一打でこれ以上の負担をイデアに与えていたことを思えばなんということもない場面に思えるかもしれないが、しかしエイドスの外の住人によってイデアのリソースが大幅に削られていること。その事実がどれだけ有益なものであるか──オレクテムにはよくよく理解できていた。


「そう、なかなかに。君の娘らも捨てたものではないだろう?」


「っ……!」


 いつの間にか。自身の領域内に、どころかすぐ横に。自然と佇むオレクテムを見てイデアの目が大きく見開かれた、そこへ彼はついと軽やかに指を振った。その結果。


「魔力因業」


 少女の胸部が内側から爆ぜ散った。



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