167.大いなる何者か
「それにしても、くっくく……『しがない無力な人間』。まさに、まさに。彼を評するにそれ以上のものはないだろう。アンビバレンス! その弱さを持ちながら天地創成の神となろうとはとてもとても数奇なことではあるが。だがそんな彼だからこそ神らしくあろうと努められたに違いない──このイグジスが均衡を保とうとする性質にあるのもその証明だ。まあ、それでも彼が携わった当初とはまるで様相も変わってしまってはいるがね。イデア、主に君のせいで」
俺のせい、と言うその口振りとは裏腹にやはりオレクテムは楽しげであった。いったい何をそうまで可笑しく思うのか? 本体の行いを邪魔された補助役としてこのリアクションは果たして正しいのだろうか……とはいえ肝心の本体がもうどこにもいない以上、そこに拘ってもしようがないという気持ちは理解できるけれど。それに、俺としてもそちらよりよほど注意を引かれるものがある。
「天地創成の神──まさか、ということは。この二重世界そのものが?」
何処ぞより『やってきた』命だと思っていた。俺と同様の経緯を経て、別世界に紛れ込んだ異分子のような存在がオルトーであると。そうしてあいつは新天地で神として振る舞い世界を意のままに作り替えていったのだと──だが、ひょっとするとそれは俺の勘違いで、ともすれば真相は逆なのか。
オルトーは理想領域も実存世界も含めた『一個の世界』の創造者であり──真に異分子なのは彼が彼のために作り上げたこの世界に入り込んでしまった俺一人である、と。閃きのように舞い降りたその思考に、オレクテムからの拍手という同意が贈られた。
「ご明察だ。君も違和感は常々抱いてきただろう? 支配種族が変わるに易く命は増えやすく。魔法があるにしてもチグハグに過ぎる文化レベル。特定の言葉が通じることもあれば通じないこともある。実にシステマチックなそれらは何故か? 答えは簡単、ここは彼が無意識と有意識で望んだ世界。製作者が死しても心血を注ぎ生み出された作品が後世に残るように──君や私がこうして稼働しているように、世界もまたそうであるということ。要はプログラム、オルトーの好む形にイグジスは常に変化していくのだよ! 不変のエイドスとは丁度対になっているわけだね」
「ふん、砂場遊びの子供じゃあなかったわけだ……自分で砂を撒いてそこに遊び場を作ったと。しかもその砂粒のひとつひとつすら自分で生み出して? はは、まさしく神だな」
「神と、神の住まう理想郷の守護者である四人の天使。真にオルトーの作品と言うのならそれは君たちである。そこには私も異存ない、君のその感覚は非常に正しく、オルトーだってイグジスを自らの傑作と称することはなかった。所詮遊び場でしかないのはその通りなのだから」
「つまらないことを訊いてもいいかな」
「近縁でこそないが、同じ親を持つ者同士。私たちの間に遠慮なんていらないさ」
逆さ十字の瞳を細めて美女のように嫋やかに、しかし偉丈夫のような底知れない笑顔を作る。常に笑みを絶やさない部分だけは二人きりで相対しているときのオルトーを見た目にも思わせる……そこ以外の何もかもが違い過ぎるがな。
「世界が先か、オルトーが先か。あいつがいなければこの世界はなかった、と言っているように聞こえるが。だが転生者であるあいつは来訪者でもある。行き着く先がなければどこにも辿り着かない。どちらが先に生まれたんだ?」
「ふむ。オルトーが持つ認識から答えさせてもらうのなら『世界が先』だ。厳密にはそれの元となるものが、オルトーよりも先にここにはあった。そしてそれは彼以外の者の手によって用意された」
「オルトー以外の者?」
「彼自身それを正確に把握できていないが、しかし帰結としてはそうなる。そも、転生という現象自体が大いなる何者かに手を引かれなければ起こらないものであるからしてね」
「うむむ……それはまあ、そうかもしれないが」
転生の故。オルトーの創造物という器に『俺』という魂が入り込みイデアとなった……というのが一応の自説なのだが。これがまずどうしてそんなことになったのかがわからない。転生自体も、その仕方も。誰に仕組まれたようにも単なる偶然のようにも思えてならず、また言っておいてなんだが俺自身未だに『魂』というものの実在を確認できていないのでなんとも言い難いのである。が、オルトーはそうではなかったようだな。認知の差か、あるいはオレクテムのようにそこにあまり拘りを持たなかったか……。
「摘まむ指先があったのだよ。それに拾われた命がオルトーとなった。空想好きで好奇心に強かった元人間は、与えられた世界の種を大きく成長させ自らもまた命を生み出した」
「よくもまあ、ただの人間だった男がそんなことをできたね。いくら神のような存在になったからといって、そうもすぐに馴染むものかな」
エイドス時代、この体にしっくりとくるまでにかかった決して短くない時間を思い出しながら呆れる。それに対してオレクテムも肩をすくめて言った。
「なに、戸惑う時間は当然に短かったろう。彼はそういった作品も大好きだったようだから」
「作品って?」
「転生物。創作の一ジャンルだよ」
「…………」
「そういう世界観が理想だったのだな。なんちゃってファンタジー、なんちゃって中世、などと俗に言うらしいが。君が頭を悩ませてきたいくつかの疑問の答えがこれだ──どうだい、ガッカリさせてしまったかな?」
「……いや、別に。得心がいってスッキリ至極さ。で、そこはもういいとして」
大いなる何者かが本当に何者であるのかとか。オルトーがオルトーになる前に何を好んでいたか、とか。そういうのはどうでもいい。まったく興味がないわけではないが、しかし基本俺は自分に関わりのある事物にしか関心がない。俺もまた指先に摘ままれてこの別世界へと生まれ落ちたのかもしれないし、だとしたら何故わざわざオルトーという主が既にいるハコへと振り分けられたのか甚だ理解に苦しむところではあるが、そこはもういいのだ。
原因がなんであれ。そうなったのならそれが全てであり、そこの真相が今後の俺を左右しない限りは率先して謎を明かしたいとも思わない。
優先はやはり今と、そして未来のこと。
「本音を聞かせてくれるかオレクテム。今なおイグジスに作用し続けるオルトーの遺志に同じく、君も彼が残したプログラムの一種だ。だとすれば君も守るのか? 世界の在り方というものを。それを侵す決断をしたから彼女たちはそうなった、ということか……?」
「是だ。と言っても、イグジスの規則収斂とは別個のプログラムである私だ。言ったように元来の役割は現地の者の視点での記録とその還元にある。故に、クラエルを止めたのはあくまでプログラムとしての私でなく私個人の意に沿ってのことだよ。オルトーが特段に期待をかけて誕生させたかつての統治者シースグラムと同様、その役割を引き継いだクラエルへの同調は、謀略というより善意からのものだった。無論、中央賢者の立場を利用させてもらったのは確かだけどね」
「ふうん、そうかい……善意か。それを信じるとすればアビスとはどうなんだ? 君なんだろう、あいつを唆したのは」
「唆したとは人聞きが悪いね。確かに接触し、正体を明かしたのは私の側からだが。しかしオルトーの遺志がここにあると知って彼女は素直に手を組むことへ賛同してくれたよ。元よりイデア、君の次なる暴走がオルトーの大切にしていたイグジスを決定的に壊すのではないかと。そればかりを心配していた彼女だからね」
「だからああも献身的に時間稼ぎなんてしようとしたのか。イデアという名の爆弾が千年先に飛ばされている間に、頭痛の種のなくなった会談が──あるいはそこに潜む君が、イグジスを『決定付ける』と見越して。……だけどわからないな、具体的にそこにどんな世界を見ていたのか。以前の竜の時代よりも人と魔女の時代が強固なものになると? それともオレクテム、君の君臨こそがゴールなのか? 君がオルトーのバックアップであるのならとてもそんなものが終着点だとは思えないんだが」
「言ったろう、私には大任があると。オルトーという絶対意思を失くしたこの世界はそれそのものが不完全で歪だ。何せ全ては彼ありき。誕生した意義からして彼のための世界なのだからね……承知しているよイデア、これが君の望み通りであることは」
俺の望み。オルトーではなく、俺の望み。
そうだ、かつてあいつは。だから俺は──。
「表裏一体だ。破壊と創造、混沌と秩序、終わりと始まり……神と理想郷は『一個』だった。そこにある完全を君が壊したんだ。望むべくして破綻を望み、君は彼の支配からの脱却を図った。素晴らしいことだよ、そんな真似のできる創造物など有り得ない。なんであれ神に人は逆らえないものだ。決して、何があろうともね。だが君はそれを成し遂げた」
「俺は正真正銘の異分子だろう。だから厭わず行えた」
「それでも偉業さ。何より美しいのは──オルトーもまたその死に満足していたこと。愛する者の出発のために手にかかり、微笑み逝く彼はその瞬間、ようやく神になったのだ。私はそれが愛おしくてたまらない」
「つまりどうしたいんだ」
「つまり私も! 敬愛する父と、敬服する御遣いに操を立てたいと願うのだ。君がそうしたように私も父を超えたい、その力と予想を己が身で越えてみたい、そのために。亡き父が実現させられなかった世界の完成とそして──君だよイデア!」
「ん……俺がどうしたって?」
「君を屈服させたい。身も心も完全に、だ。君自身がそうすることを望み、私という存在の遣いとして侍ることを理想とする。オルトーが御しきれなかった唯一である君がそうなれば! 私は真なる神になれるのだ……! 君もそう思うだろう!?」
「いいや、ちっとも」
思うことと言えばまあ、気持ち悪いの一言かな……なんて言っても、きっとこいつには何も伝わらないんだろうな。そう思えるほど実にいい笑顔をしていることだし。




